支配者の出身はパーチの目玉なんですかぁ
「聞いているのか!フィルベルト!」
回想でぼんやりしていた僕に、エリック王子が苛立ったように叫んだ。
「あー、ハイ、聞いてますよ。それで?僕が何をしたっていうんですか?」
大雑把に返事をすると、王子の怒りがさらにヒートアップ。しかしそばにいるユリアンが、王子の腕にそっと寄り添う。
「エリック殿下、怖い顔……
似合わないよ」
その言葉に、王子の顔はみるみる優しくなった。お前もチョロいな。王子様よ!
「貴様はユリアンの美貌を妬み、彼の化粧水に毒を仕込んで、美貌を壊そうとしたな?」
ああ、相変わらず俺様気質のエリック王子。なんで僕を犯人と決めつけるんだろう。
実は僕は王子への恋心は既に、焚き火で焼いたスイカのように爆散していた。
僕が今、心配していることは、ディーナの言う通り貧乏商家に売られないかということだけ。
「えー?知りませーん。僕じゃないでーす。てか、学園に化粧水なんか持ってくるな」
僕は満面の笑みで返す。
しかしユリアンは真剣な顔で言う。
「も、目撃者がいるんです。フィルベルト様が僕の化粧水瓶に細工しているのを見たって」
「じゃあ、その目撃者を連れて来て」
「そ、それは……」
ユリアンは黙った。いないよなぁ。僕はユリアンが化粧水を使っていたなんて知らないし、そもそも僕がユリアンの美貌を破壊?
その程度の顔を?
あーはっは、君なんか僕の美貌の足元にも……
……やめとこ。こんなこと言うから嫌われるんだよね。
「そ、それだけではない!」
エリック王子が慌てたように助け舟を出す。うん。次は何をしたことになってるんですか?
「貴様はユリアンの光魔法研究を妨害し、その上、永年の成果を書いたレポートを隠して、劣等生の烙印を押そうとした!」
永年の成果?課題が出されたのは一ヶ月前ですよ?王子?
「僕がユリアンの研究妨害だって?あのレポート、僕も読んだけど、ほとんど闇魔法の悪口だったじゃないか」
観衆が「え…」とざわつく。
高位貴族には闇魔法の人 多いんだよね。
そんな人達を敵に回して大丈夫?
そう。ユリアンは光魔法使い、僕は闇魔法使い。でもどっちが偉いとか、役に立つとか関係ない。
光魔法は使うと白いオーラが、闇魔法は黒いオーラが出る。それだけの話。
「ユリアン、君、あのレポート再提出って言われてたよね?」
ユリアンが真っ赤な顔でそっぽを向いた。周りの生徒たちも「うわァ」という顔だ。
王子もなんだか焦り始めたな。
「そ、それだけではない!」
そのセリフさっきも聞いた。
「ユリアンの友人に匿名の悪口を書いた手紙を送り、彼を孤立させようとしたな!」
三つ目の罪状かな?
「悪口の手紙?匿名で?なんで?」
僕はあえて首を傾げて、王子の目をじっと見つめた。
王子はニヤリと笑って、趣味の悪いピンクの封筒を高らかに見せる。
「この手紙の筆跡は、お前の字にそっくりだと聞いた!ユリアンはどれだけ傷ついたか……!」
ユリアンは涙を浮かべて迫真の演技で俯く。役者だねぇ。君、舞台俳優になったほうがいいんじゃない?
「筆跡ねぇ?見ていい?」
「この悪辣な内容を見るといい!!」
僕は肩をすくめて、その派手派手しいピンクの封筒を手に取った。封を開け、読み上げる。
うわぁ、なんて汚い字!
「ユリアン・リーメルは腹黒で嘘つき。
あと、光魔法でモテると思ってるんだよ。
キモ〜い。
――フィ‰ベルト・アドレーより」
悪辣な手紙?頭の悪い手紙の間違いじゃない?
会場は皆「……へ?」って感じで少し困惑気味。僕に同情の目が向けられた。
「殿下?これ、僕の字じゃありませんよ。それに匿名って言いましたよね。めっちゃ署名してるし」
署名の綴りも間違えてるじゃん……
本当に僕を陥れる気ある?
ユリアンはまずいと思ったのか、
「そ、その封筒にはアドレー家の蜜蝋が!」
と付け加えた。けど…
僕は盛大にため息をつく。
「蜜蝋?じゃあ、兄様も容疑者になるんじゃない?」
会場は皆、僕の意見に頷き始めた。
僕はうっかり兄様を話に出してしまったので怒ってないかと目を向ける。
兄様は魔法学園最高学部で魔法の研究にあけくれているはずだが、今日は珍しくパーティーに出席していた。
黒い服が鍛えられた彼の体躯にフィットして優雅な出で立ちを強調している。整えられた少し長い金髪は、端正な顔立ちを華やかに見せた。
周りの女性達は(男も)色めき立っている。
今はこの茶番劇に眉間にシワを寄せているが、ひとまず怒っていないみたい。
良かった。
だいたい僕の字は代筆バイト出来るくらい綺麗なんだよ?
こんな汚い字がなんで僕の字だと思ったわけ??
---
「この手紙、僕の文字ではありません。正式に筆跡鑑定を申し入れます。
殿下、王家の魔法室では、鑑定も受付しているでしょう?」
「か、鑑定、そんな事しなくても…」
ユリアンの顔が青ざめる。やっぱりお前の偽造か……
ユリアンは震える声で被害者演技を続ける。
「ぼ、ぼく……こ、こんな酷い手紙が友達に、届いてるって知って……眠れない夜が続いて……っ」
……酷い手紙?
こんな手紙を出したと思われてる僕のほうが辛い状況だよ。
王子は僕を睨みつける。
「鑑定など不要だ!お前の字と比べればすぐに分かること!」
あっそ。僕なりにユリアンの逃げ道を確保したつもりなんだけどな。まあいいや。
スッと胸ポケットから小さなメモ帳を取り出す。
(支配者の出身はパーチの目玉なんですかぁ)と書いて王子の前に差し出す。
書いた文字に意味はないからね。
「僕の筆跡とこの手紙、見比べて?」
僕が努力の末に習得した、通信学習『羽ペンのミミちゃん』で矯正された“美文字”の筆跡。知ってる人いる〜?
ディーナがミミちゃんの事を、教えてくれたんだ。
そして、数年間、毎夜練習した渾身の成果。習得は大変だったよ。
王子は一瞬、顔を引きつらせた。
「筆跡が……ち、違うだと?後、この文章、どういう意味?」
「筆跡、違いますねぇ。残念でした。
文章の意味?自分で調べたら?」
観衆からひそひそ声。
(確かに字体が全然違う)
(匿名の手紙は雑だけど、フィルベルト様はやたら綺麗な文字)
(どっちかというとユリアンの字に似てない?)
(……あっ、察し)
(パーチ?魚の目玉がなんだって?)
ユリアンの肩がビクッと震えた。
僕はにっこり。
「殿下。罪状について、
1つ目、証人不在。
2つ目、レポート妨害の件はただのユリアン の実力不足。
3つ目、匿名手紙は筆跡が違う。」
観衆は僕と王子の出方を静かに見守る。
「僕、何も悪い事してないよね?」
王子の顔が真っ赤になり、ユリアンは青くなる。混ぜたら紫だね。
---
「ま、ま……まだある!貴様は王子であるこの俺を暗殺しようとしたではないか――!」
バンッ!!
宰相の息子メルツェルが足音高く前に出る。
黒髪に黒い瞳が黒曜石のように揺れ、首元を飾る大きなダイヤは彼の裕福な家柄を象徴している。
あ、メルツェル君だ、久しぶり。
彼は僕と年齢は同じだが、飛び級して兄と同じ学部にいる。
因みに、彼はオレンジ色の奇妙な……いえ、個性的な衣装を着ている。
その服が彼の美貌を三段階貶めている事には気付いていないようだ。彼の妹の趣味らしいが……
「殿下、それは本当でございますか?」
ギュンター兄様も苦虫を噛んだような顔。
「……殿下、それはわが弟、フィルに殺人容疑が?」
王子は顔を真っ赤にして叫んだ。
「そうだ! こいつは毎日、手作りのクッキーを差し入れてくれていたが、あのクッキーには毒が盛られていたんだ!その証拠に昨日から口の中が痛くて仕方ないんだ!」
ギュンター兄様は熟慮する。
兄様、王子の言ってる事がおかしいだけだから、そんなに悩まなくていいから(笑)
「毒? 殿下に? 僕が渡していたクッキーは学園の購買で買ったものですよ?毒なんか入ってたら学園中でもっと被害が出るんじゃないですかね?」
そう、昔王子に
「君の作ったクッキーが食べたい」
と強請られて、初めは嬉しくて料理長と一緒に作っていたけど、最近は……いや、かなり前から市販品を買って渡してたんだよね。毎日クレクレ言われるんだよ?やってられるか。
エリック王子は、僕のクッキーが市販品と知ってショックを受けている。
「い、いや、ならば何故、口の中が痛むんだ?!」
……それ、多分、虫歯だよ。はよ、歯医者行け!甘党め!
---
そう言えば手作りクッキーのお返しのプレゼントが少ないってディーナがぼやいてたなぁ。
「どんなゲームの王子も、くれるプレゼントってショボいのよね」
へー そうなん?
そう言えば僕も、王子から羽ペンとかもらったけど……そだねぇ。いらないねぇ。
---
僕は自分の手を祈るように組んで、悲しそうな顔をした。
「だいたい殿下、おかしくないですか?ユリアンの一方的な言い分だけを聞いて婚約破棄?普通は双方の言い分を聞くべきではありませんか?!」
王子は
「うっ…」
と黙り込んだ。
僕はハンカチを取り出し、わざとらしく顔を拭った。
「ああ、殿下……。僕は本当にあなたを信じて……」
涙がキラリ。笑いそうになるのをこらえながら。
美しいと言われる顔を最大限利用した。
その様子に、会場はざわめき立った。
「フィルベルト様、お気の毒に……」
「殿下、酷い!」
まあね、冷たくされてもユリアンが現れるまでは王子の事は好きだったけどね。ユリアンが現れた途端の殿下のデレっぷり。
兄様もユリアンがいるとソワソワするし、嫌味と皮肉の言い合える仲だったメルツェル君もユリアンの事となるとIQが100くらい下がるみたいだったし。
そんな様子に気持ち悪!
と思ったんだよ。同性愛が気持ち悪いんじゃなくて、無条件にユリアンを受け入れてしまうところ。
婚約者がいるんだから、駄目なことは駄目って線は引いてくれないと……
二人が自分の立場を自覚せず、恋に溺れるその姿は何かおかしかった。
二人の光景を見た途端、僕の恋心は綺麗さっぱりなくなった。
殿下に、求婚されて有頂天だったけど、王子とユリアンのバカバカしい恋愛風景を見て、ほんとうに王子を恋愛対象として好きなのか、疑問に思ったんだ。
この時、僕のBLの呪いが解けた気がする。
---
メルツェル君が冷静に口を開いた。
「それで、殿下、そのクッキーに、 毒が入っているか調べたのですか?」
王子はあたふたしながら言った。
「そ、それは……。」
メルツェル君は呆れたようにため息をつき、ギュンター兄様は肩を震わせて弟への濡れ衣に怒りをこらえていた。
ユリアンは顔面蒼白で、完全に蚊帳の外だった。
さっきから思ってたんだけど、兄様もメルツェル君もBLの呪いから解放されてる?
二人は僕とユリアンの言い分を公平に分析している気がする。
王子だけはユリアンの誘惑にかかったままのようで怒り狂っている。衛兵に命じて僕を捕えようとしたけれどメルツェル君がそれを制止した。
「殿下、落ち着いてください!
証拠もなしにフィルベルト殿を捕えることはできません!」
ギュンター兄様も王子を諌めた。
「殿下、少し冷静になってください。今回の件、あまりにも強引すぎます」
王子は完全に孤立し、誰も味方する者はいなかった。彼は悔しそうに歯ぎしりをする。
メルツェル君はユリアンに冷たい視線を向ける。
「ユリアン。私も封筒をみたけれど…君……もしかして、証拠を捏造した?」
ユリアンの顔から血の気が引いていく。
「嘘はすぐ暴かれるよ。今認めなければ、君だけではなく、ご家族にも類は及ぶだろうね」
メルツェル君の厳しい声はユリアンを震え上がらせた。
彼は
「ごめんなさい。フィル様が羨ましかったんです。」
と、消えそうな声で謝罪し、僕に深々と頭を下げた。観衆からは失望の眼差しがユリアンに突き刺さる。
さらに厳しいメルツェル君の声が飛ぶ。
「ユリアン。君の行為は、殿下に対する裏切りであり、フィルベルト殿に対する名誉毀損だ。今回の件、懲罰があることを覚悟するように」
ユリアンはガックと膝をついた。
みんなの目は冷たい。
……うーん、懲罰かぁ。ちょっと可哀想な気もするけど……
……後で救済ルート、探してあげるよ。
---
僕は心の中でつぶやく。
ディーナ、僕はちゃんと君の助言に従って泣き喚いたりしなかったよ……
「…殿下、確認したいのですが殿下は、僕の顔が好みだから婚約したんですよね?」
「そ、そうだけど……」
「もう好みじゃなくなった?」
「い、いや!顔はお前が一番美しい!」
聞いていたユリアンの顔が般若になった。
「殿下!僕こそ一番美しいって言ったじゃん!酷い!!」
ホントにな。ちょっとユリアンに同情するよ。
「そうですか。でも今はユリアンを愛してるんですよね?」
少しの間……
王子は小さく頷いた。
「か、彼は俺の孤独を癒してくれる唯一の人なんだ……
誰よりも愛している!」
人を好きになる時って顔の造形はあんまり関係ないよね……
あーあ。王子、僕に罪を捏造なんかぜず、最初っからそう言えば良かったのに。
「……そうですか。では、殿下。婚約破棄は受けて差し上げます」
エリック王子は驚いたように目を開き、僕は堂々と微笑む。
ここからはディーナからの教え、
遵守いたします。
「僕からの要求ですが
……相応の慰謝料を払って下さいね?」
ディーナの微笑がよみがえる。
「王家からとれるだけ取れ!ふっかけられるだけ ふっかけろ!」
悪魔の所業のような教えだけど、僕のあだ名、第一弾は『顔だけの悪魔』だったかな。上等じゃん。なりきろう。
「国庫から一括現金払い。
あと、僕の名誉棄損分も上乗せてね?」
エリック王子は青ざめる。
当たり前。
「だってそうでしょう?だいたい婚約は殿下からの申し込みだったはず。
なのに殿下は馬の骨……おっと、失礼。
あの淫売男に誑かされて僕に酷い言いがかりをつけた上、観衆の面前で罪を捏造したんですよ?」
「い、淫売男……
馬の骨より酷くない?」
何処かのモブが囁いてた。
周りのギャラリーも盛り上がってる。
そのとき――
「……随分と面白いことを言う」
ギュンター兄様が前に出てきた。ずいぶん楽しそうだ。
「フィル。よく言った。お前が王子との結婚を諦めてくれて心から嬉しく思う。
それから、お前への名誉毀損を公爵家として、正式に抗議をする」
(兄様……初めて僕の味方をしてくれた……)
さらに。
「シュタイン侯爵家としても異議を唱える。
王家はこの騒動の説明責任を果たしてもらいましょう」
メルツェル君まで!?
普段は冷たい人や辛辣な人が優しくしてくれるとちょっと嬉しい。
ディーナの声が頭に突然響いた。
(え!ギュンター様とメルツェル様の取り合いルート?しかも対象が、フィル様?壮絶ドエロシナリオになるわよね?異端発生キター)
……ディーナ、どこかでみてるの?取り合いルートって何?
いやいや幻聴たよね。
……気の所為。気の所為。
「ま、待ってくれ!フィルベルト!
お、俺はフィルが悪い事をしてはいけないと思って……いや、やっぱり俺は君を愛しているんだ!」
僕は王子の告白に目眩がした。
お〜〜ま〜〜え〜〜!
今さっきユリアンを、愛してるって言ったばかりじゃないかー!
僕は呆れ果てた。
「殿下。婚約破棄、感謝します。恋の心変わりは世の常ですが、あなたのようにコロコロ 心が変わる男、近くにいるだけで吐き気がします」
心のそこから全く未練なく
優雅に一礼して
最高の笑顔で高らかに笑いながら、僕は大広間を後にした。
---
背後では、エリック王子が呆然自失として立ち尽くし、ユリアンはボロボロと涙を流し、周囲の生徒は二人をやるせなく見つめていた。




