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まさかあなたが仇とは

俺は自室に戻り、顔を洗い、口をすすぎ、冷たい水を飲み、服装を整えた。

形見のナイフに、祈りをささげた。


俺は旦那様を探して回った。

あちこちに客人がおり、挨拶でいきなり決闘を申し込まれるのを、何度も断った。

酔っ払いも大勢いて大変だった。

あちこちでお祝いムードで、みんな酒を飲んでいた。


旦那様は、執務室のドアを開けっぱなしにして、一人作業をしていた。


俺は扉をノックした。


「あの。お聞きしたいことがあります」

と俺は尋ねた。


「どうした」

と旦那様は俺を見てそう言った。


「あの先ほどの薬の件なんですが……」

と俺は言った。


旦那様は、さっと視線をそらし、

「あの薬ならもうないぞ」

と言った。


「特別な薬なんでしょうか?」

と俺は言った。


「そうだ。なかなか手に入れる事はできない」

と旦那様は言った。


「ここから大人の足で歩いて3日くらいかかる所にある薬でしょうか?」

と俺は言った。



「知っているのか?」

と旦那様は言った。

表情からして、かなりの動揺が見えた。

こんなに動揺した表情を見るのは初めてだった。

俺の推測が当たっているのかもしれない。

頼む。

外れていてくれ。

そう俺は願った。


「推測が正しければ」

と俺は言った。


「そうだ。そこで貰った」

と旦那様は言った。


「俺……、

そこの里の者なんです。

その薬の守り人の……」

と俺は言った。



「……」

と旦那様は何も答えなかった。


完全に……。

黒だ。

俺は今までの人生を呪った。


「あれは、ダフネを助けるために……」

と俺は尋ねた。


「そうだ。

すまぬ事をした。

お前が強くなりたかったのは、

そうか……、

復讐のためだったのか。

どうりで上達が早いわけだ」

と旦那様は言った。

その表情はとても重かった。

時折下を向いては、悔やむような表情を浮かべた。



「そうです。仇を討つ為にこれまで修行してきました」

と俺は言った。


「そうか。じゃあやれ。

あとはベイリーフ家を頼む。

ただ、ちょっと待て。

今自殺に見せかけるために、遺書を書くから」

と旦那様は言い、便箋を取り出し書きはじめた。


俺は何も言えなかった。

3分ほどたち、遺書は書き終わった。



「待たせた。俺はここから動かぬ。腹を思いっきり刺せ。

そしてそのナイフを俺に渡せ」

と旦那様は言った。


「わかりました。お世話になりました」

と俺は深く頭を下げた。


「娘と家を頼む」

と旦那様はそう言った。


俺はナイフを取り出し、仇に向かって、かけ出す。

(ぐさ)


俺はボロボロ涙が出た。


「父さん、母さん。

仇は討ったよ。

これで満足かい。

ごめんよ。

ごめんよ。」 

と俺は言った。


「きゃー」

後ろで悲鳴がする。


俺はばっと後ろを振り返る。

そこにいたのはダフネだった。

ダフネはひざから崩れ落ち。

大泣きをする。



しばらく起ち、

ダフネは旦那様に近づく。

「えっ。血が流れていない」




「お父様。お父様」

とダフネは叫んだ。


「あぁダフネか。これは私がやったことだ。自分で腹を刺したんだ」

と旦那様は言った。


「血なんて流れてないのよ」

とダフネは叫んだ。


「なに?これは一体どういう事だ」

と旦那様は言った。


「血なんて流れてないのよ」

とダフネはもう一度叫んだ。



「なぜ復讐しなかった。

なぜだ。なぜだ。

なぜ復讐しなかった……」

と旦那様は言った。


「復讐しなかった?

何をおかしなことを言う。

オレはさっき仇を倒した。

そして父さんも母さんも救われた」

と俺は言った。



「私は生きている。生きているんだぞ」

と旦那様は言った。


「お父様。妻が悲しむから、長生きしてくれなきゃ困る」

と俺は言った。


旦那様はひざから崩れ落ち

「私を……、

こんな私を……、

お前はお父様と呼んでくれるのか……」

と言った。


「そりゃ呼ぶよ 妻のお父様なんだから」

と俺は言った。


ダフネは俺にかけより、強く抱きしめた。


それから、義理のお父様と俺が事情をダフネと義理のお母様に説明をした。

ダフネは困惑した様子を見せていたが、

俺が

「両親はダフネの中で生きているって信じているから」

と言ったら、納得してくれた。


お父様とお母様のほうも、申し訳ないといった表情だったが、

「じゃあ、両方の親を兼ねてくれるということで」

と俺が提案したら、

「それはもちろん」

と受け入れてくれた。



俺は少々複雑な心境ではあった。

こういう赦しというのは、なかなか難しい。

赦すという行為も難しいのだが、

それは別に、赦される側も、赦されることを受け入れることが必要となる。


今回の場合、義理のお父様が加害者なわけではあるが、ダフネと義理のお母様も。

そこから利益を得たという感じなわけで、ややこしいのである。


気持ち的には、赦されたんだと、思っていても、ふとした瞬間に罪悪感を感じたり、

そういう気持ちになると思う。


だから、きっと復讐をしなくても、案外もう復讐はされていたのかもなとも思ったりするのだ。


実際、義理のお父様は、ずいぶん良心の呵責に悩まされたらしい。

正直あそこで刺されたほうが、気持ち的にはスッキリしたのかもしれない。

だから意外と、復讐するよりも、赦す方が、逆説的に復讐になっているのかも。

そうも思った。



式が終わってから数日たった時

「あの時、たしかにあなたはお父様を刺したはずなのに、なぜお父様は生きていたの?」

とダフネが尋ねた。


俺は形見のナイフを見せ、その仕掛けを見せた。

数種類の手順を踏むと、ナイフが刺した瞬間にひっこむようになっているその仕掛けに、ダフネは驚いた。


「これは俺の両親が”これはとても優しいナイフなんだよ”と言っていたものなんだ」

と俺は言った。


ダフネは、その一言に笑顔を見せた。

俺は考えた。

両親はこの復讐できない復讐者の事をどう思うのか?


屋敷の窓からスーッと風が流れ込んできた。

俺はふと窓から農場の方を見る。

マザーツリーが風に揺れていた。


また、そろそろ挿し木のシーズンだなと俺は思った。


END


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