結婚
勉強をはじめて1年が過ぎ、編入試験が行われた。
俺はダフネが通う名門校に入学が許可された。
そして、ダフネと俺の婚約が決まり、学校の卒業式のあと、結婚式を行うことになった。
式は屋敷で行うことになった。
見栄えが悪いということで、屋敷の一面の覆われていた蔦は取り除かれ、レンガの壁面が見えた。
この姿にはみんな驚いていた。
暗かった屋敷は一転、明るい本来の表情を取り戻した。
俺の身分が平民ということで、多くの貴族は結婚式に出たがらなかった。
そこで結婚式はあまり盛大には行わず、小さな規模で行われる事となった。
式には歴戦の強者がそろうことになった。
みんな俺と手合わせ願いたいと申し出た。
そんなわけで、式の前日は挨拶周り=対戦という風変わりな結婚式になった。
俺は里の者は誰も呼ばなかった。
旦那様からは、
「誰か呼ばないのか?」
と尋ねられたが、
「呼ばないです」
と答えた。
もともと詮索をしない人なので、それ以上なにも聞かれなかった。
俺が里の者を呼ばなかったのは、理由がある。
どうしても、両親の事を思い出し、復讐を考えてしまうからだ。
しかし、今の俺には、ダフネという愛する人がいるし、義理の両親もできた。
ただまだ義理の両親というのは、引け目を感じた。
旦那様というのに、慣れ過ぎて、お父様とは、口に出せないのだ。
これも少しずつ、慣らしていこう。
何かに成るというのは、慣らすことだと思う。
今の俺のように、平民が貴族になるとき、自分を貴族という立場に慣らせることが必要だ。明日式をあげて、いきなり貴族になるわけじゃない。
たしかに、事実上貴族という肩書にはなるが、慣れた平民から、新しく貴族に慣れることで、はじめて本物の貴族に成れるのだろう。
ダフネは1週間前から、どんどんキレイになった。
もともとキレイな子だが、それでも驚くほどキレイになった。
目を合わせただけで、心臓の鼓動が早くなる。
俺はこの子と結婚するのか……。
俺は一人農場で両親が亡くなってからの事を思い出していた。
俺もう18歳。両親が亡くなったのが5歳の時だから、それから13年が経った。
ダフネに巡り会って、ここの使用人をはじめて、稽古をつけてもらい。
ひたすら剣の道を研鑽してきた。
国語辞典で勉強もした。
ダフネと喧嘩した。
ダフネに恋をした。
そして武道会で優勝した。
ワイナリーを手に入れた。
ただ……、復讐はまだしていない。
父さんも母さんも、復讐は考えるな。自分の人生を歩め。
そう言ってくれた。
俺は形見のナイフを取り出し、じっと見つめた。
「本当に復讐は……、しないでいいの?」
俺はつぶやいた。
風がすーっと吹いて、農場のマザーツリーを揺らした。
遠くで声が聞こえる。
旦那様と、その友人のようだ。
俺は近づき、会釈をする。
「あぁローリエ。良いところに来た。紹介しよう。彼はサイナス商会のサイナスさんだ」
と旦那様は言った。
「はじめまして。ローリエです」
と俺は言った。
「はじめまして。サイナスです。私は苗の卸商をしておりまして、ベイリーフの皆様にはずいぶんお世話になっております」
とサイナスさんは言った。
「このサイナスさんの商会は、王国全土に販路を持っていらっしゃる。お前が跡をついでからもお世話になるのだから、くれぐれも失礼のないように」
と旦那様は言った。
「そうですか。以後お見知りおきを」
と俺は言った。
「結構結構。なかなか好青年ではないですか。
しかし本当に良かったですね。
ダフネちゃんがたしか5歳の頃でしたか。
不治の病にかかって、明日をもしれない命だったのが、
こんな素晴らしい好青年を……」
とサイナスさんは言った。
「ダフネが不治の病だったのですか?」
と俺は尋ねた。
「そうなんですよ。私もずいぶん医者を世話したのですが、まるで効果がなかった」
とサイナスさんは言った。
「それで、なぜダフネは助かったんですか?」
と俺は尋ねた。
「私が聞いた話では、たしか非常によく効くお薬を手に入れたかなにかで……、
ベイリーフさん。たしかそうでしたね」
とサイナスさんは言った。
「そうです。たまたま、よく効くお薬が手に入りまして……」
と旦那様は言った。
よく効く薬……。
ダフネが5歳の頃。
ダフネと俺は同い年だ。
もしかして……、
いやまさか。
俺は悪夢のような妄想を打ち消そうと努力した。
「サイナスさんは、どのようにして苗を売っておられるのですか。お店とかですか?」
と俺は尋ねた。
「両方ですね。まず店で苗を売り、大口のお客は予約で売る」
とサイナスさんは言った。
「彼なかなか見どころがあるのでは?」
とサイナスさんは、旦那様に言った。
「そうなんですよ。義理の息子ながら、剣の腕はもちろん頭も良い。自慢の息子です」
と旦那様は言った。
「じゃあ、俺たちは屋敷のほうに戻っておくから」
と旦那様は俺に言った。
「わかりました」
と俺は答えた。
俺は1人考えた。
考えないでおこうと思っても、頭の中で疑問がどんどんわいてくる。
不治の病を治す薬なんて、
あるのか?
あるよな。
里の薬だ。
それ以外にあるのか?
もしあるなら、
両親が殺されることなかったよな。
ということは、両親を殺したのは、
旦那様。
もしくは、旦那様の依頼したもの?
ちょっと待て。
俺は仇の娘と結婚しようとしているのか?
ちょっと待て。
仇の娘は、
俺の両親の犠牲のもとに生きながらえたのか?
想像が膨らみ、気持ち悪くなった。
心で抑えつけようとしても、ダメだった。
そして何度も吐いた。
胃の中は、すっかりなくなり、胃液だけしかでないのに。
さらに出せと、うそぶいた。
結婚する前に、それだけはハッキリさせないと。
俺の心は、怒りと虚無。
そして言葉に表せない感情が渦巻いていた。
ただ、
その色は、灰色で、黒いカビのような濁点が多数混じり合う
気持ち悪いものだった。




