冒頭とは冒険譚の頭……、つまり始まりの事である
君は小説や物語を結末から読みはじめた事があるだろうか?
あぁ答えはどうでもいい。
俺が興味があるのは、
同じ事を君の人生という名の物語で、できるだろうかという疑問だ。
人生の途中で自分の人生の結末を知る。
それは興味深い事だが、
案外……、
残酷な事なのかもしれない。
俺の名前はローレル。
幼いころ、両親を賊に奪われ、剣の修行を重ね復讐を果たした。
そして今は妻と結婚し、義理の父の跡をついで、地方の領主を務めている。
武道会で三度優勝を果たし、王国一の短剣の使い手とも言われるが、どうなのだろう。
今も俺は強いのだろうか。
ずいぶん平和を享受し、甘ちゃんになったのではないかと、つくづく思う。
俺はおそらく他人と比べて、ずいぶん幸せなのだと思う。
美しい妻。誠実な領民。安定した生活。
しかし今でもふと思うことがある。
本当にこの人生でよかったのだろうかと。
それは決まって今日のような、曇り空の日だ。
曇り空と後悔の気持ちは、なんらかの気持ちでむすびついているのだろうか?
そうとしか思えない。
以前に、幸せになりたいという願望より、復讐心のほうが、負の感情だから叶いやすいと聞いたことがある。
俺も復讐のために強くなることを決意し、実際とても強くなった。
でも今は、強くなったのは、寝ても覚めても、復讐ばかり考えて、復讐のために歩みを進めてきたからだと思うようになった。
幸せになりたいという、複雑で曖昧な願望であれば、心は揺れやすい。
しかし復讐という単純で明快な願望であれば、心は揺れにくい。
それが負の感情だとか。そういうことではなく。
ただ、単純で明快か、曖昧で複雑かの違いなのだと思う。
愛する人を守りたいでも、きっと同じだったのだろう。
両親が亡くなったのは、俺が5歳の頃。
門限を1時間破った夜の事だ。
あの日も、今日のように曇り空だった。
俺が家に帰ると、父と母はその場に倒れていた。
部屋はまっかに染まっていた。
家の中は荒らされており、秘薬が盗まれたんだと俺は直感した。
俺がついたころ、まだ両親には息があった。
人を呼んでくるというと、両親に引き留められた。
最後の話をしたいのだと、子供ながらに感じた。
「復讐なんて考えないで、賊は「涙」を流していた。そしてずっと謝っていた。なにか深い事情があるのよ。
私も父さんも怨んじゃいない。
憎しみはあの涙と謝罪で消えたのよ。
だからあなたはあなたの人生を生きて、そして母さんみたいに大好きな人と結婚して幸せになって。
母さんね。ずっと幸せだったの。
ありがとうローレル。そしておやすみ」
母はそう言って目を閉じた。
「そうだローレル。私たちはだれも怨んじゃいない。だからお前の人生を生きろ」
と父も言い残し、目を閉じた。
俺は、人を呼びに行った。薬師を呼びに行った。
しかし両親は助からなかった。
家は里の人たちが片付け、燃やされた。
この里では、秘薬の守り人が亡くなると、その家は守り人と家財と共に燃やされることと決まっていた。
父から貰ったナイフといくばくかのお金だけが、形見となった。
家は半日かけて燃え続けた。
5年間過ごした家が目の前で燃え続けた。
両親との記憶が、目の前の炎と共に、すこしずつ消えていった。
俺は弱虫で、よく泣いていた。
「男だから泣くんじゃない」
里の人はいつもそう言っていた。
しかし、その日は誰も泣くんじゃないとは言わなかった。
皆が泣いていた。
自分達の運命を呪うかのように、皆が泣いていた。
お前らも泣くんじゃないか。
俺はそう思った。
長老も、いかめしい鍛冶屋のおっさんも、みんな泣いていた。
うちの里には、万病に効くとされる秘薬があった。それを守るのが里の者の宿命だった。そして……、
両親はその宿命に飲み込まれた。
俺は父さんの形見のナイフをじっと見ていた。
このナイフは、特別なナイフで、普通のナイフとして使えるが、ある操作をすると、刺すとナイフが引っ込むようにできている。
これは奇術師だった祖父が外国の一流職人によってつくられたものを手に入れたもので、奇術のトリックに使っていたそうだ。
両親は「これはとても優しいナイフなんだよ」と言っていた。
俺は、もし両親もこのナイフに傷つけられたのなら、今も元気でいられたのに。
とそう思った。
両親の喪失という出来事は、俺に心の空虚感を与えた。
自分という存在が理解できなくなったのだ。
子供は親の背中を見て育つというが、その見るべき背中がなくなったのだ。
俺はこれからどうやって生きて行けばいいのだろう。
里では守り人が亡くなった場合、その子息は里全体で面倒を見ると決められていた、
だから孤児のように、食うに困ることはない。
勉強もできるし、食事もできる。寝るところも提供されるし、結婚もできる。
働くこともできる。
でも。
ぽっかりと心に穴が空いて、何をしたらいいのか、わからない。
俺はなんどかローレルという自分の名前すらわからなくなった。
通常はあるはずの記憶の連続性がなくなり、記憶が、世界のつながりが単発で、リンク構造がなく、世界とのつながりが断絶されたかのように感じていた。
すべての事象が、暗い宇宙にぽかんぽかんと浮かび、その一つ一つがまったく連携の取れていないような姿。
その頃の俺は、そういう姿を日常に感じていたのだ。
すべてが虚無かのように。




