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薄明の空を君と見ながら。  作者: 佐野いさ
閑話、隊員たちのほのぼの日記
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佐々木家成長記録

 佐々木が晶子と結婚して間もなく、娘が生まれた。


 その子は雪の日に生まれたから、晶子が雪希と名付けた。

 彼女はすくすくと成長し、佐々木が軍務の遠出から帰ってくるたびに、驚かされることが増えていった。


 一番驚いたのは雪希が五つの頃である。


 雪希が晶子と外に出た時、村の子どもにからかわれたのだ。


 お前の母親は何だ。なんであんな変なものを被ってる。


 皆が母を囲って可笑しいと笑う中、雪希はぴしゃりとこう言った。


「あんたたちがそれ言えた顔?鏡をあげるわ、不細工ども」


 まるで見ろと言わんばかりに、自分のお気に入りだった手鏡を渡し、雪希は颯爽と母を連れ帰って来たのである。


 なんと逞しく育ったことか、と佐々木は面食らった。


 そのころの家には雪希の一つ下に、もう一人の娘がいた。


 稲穂輝く月の頃に生まれたので、これまた晶子が月穂と名付けた。


 一体誰に似たのか好奇心旺盛で、片っ端から「あれは何だ?これは何だ?」と聞いてくる。

 時折大人でもわからないことを問うが、それはなぜか、姉である雪希が答えていた。


「ねえさん、ねえさん、月穂はなぜねえさんの『いもうと』なのですか?」

「それはね月穂、あなたが可愛いからよ」

「おお~!」


 さも真理のように微笑ましいことを真顔で言っている雪希に、月穂は目を輝かせる。


 やがてたくさんのことを知りたがる月穂に、晶子が初めて本を買い与えると、月穂は活字の世界にのめり込んでいった。


 そして佐々木が三番大隊大隊長に就任したとき、末娘、花奈が生まれた。


 言うまでもなく花の咲く季節に生まれたからである。


 しかし佐々木は以前にも増して仕事が忙しく、花奈とはほぼ顔を合わせたことがなかった。


 そんな時に事件は起きたのである。


 ある休日。

 数少ない休みに佐々木が家に帰ると、突然自分の娘三姉妹に囲まれた。


「何?どうした?」


 くつろいでいた佐々木は目を丸くする。


 七歳になった雪希は目を尖らせ、六歳の月穂は目を輝かせ、三歳の花奈は月穂の袖をつかんで離さなかった。


「どうしたじゃないわよ。花奈が怯えているじゃない」


 むすっとした雪希の言葉に、佐々木ははっと、だらりと伸ばしていた足を引っ込める。


 花奈は生まれてからの三年間、まだ佐々木のことをよく知らない。ゆえに今の花奈からの認識は、『なんかお家に知らない人が上がり込んでいる』という異常事態だった。


 佐々木は花奈が幼少の頃の晶子と恐ろしく似ているため、勝手な親近感があり、つい馴れ馴れしく接してしまったが、この子の中での佐々木は悲しいかな、ほぼ他人である。


 そんなよそよそしい花奈に、月穂は「大丈夫ですよ」ときらきらした目で、力強く腕の中の絵本を握りしめた。


「いいですか花奈。この人はわたしたちのお父さんです。お父さんはお母さんと愛し合っています。わかりますか?」

「あいし…?」

「大好きって気持ちです。今からそれを『しょうめい』してくれるはずですよ。愛のキスで!」


 そう言った途端、月穂は絵本をドンと開く。

 その頁には、どこぞのお姫様と王子様がキスを交わしている場面が描かれていた。


 月穂は期待の眼差しで、じっと佐々木を見ている。


 まさかと思った佐々木は月穂と目が合い、顔が引きつった。


「あいの、きす…」


 佐々木より絵本と顔を合わせている回数が多い花奈は、頁をじっと見ている。

 雪希もこの本が好きなのか、花奈を撫でながら、うっとりと頁を眺めていた。


「さあ、さあ!」


 そして月穂だけが父を急かしている。


「いや、他に方法があるんじゃ…」

「何言ってるのよ意気地なし。お母さんを愛していないの?」

「そうは言ってねえだろ!」


 長女の口撃に、佐々木は思わず声を荒げた。


「あいして、ないの…?」


 体半分を月穂の背に隠しながらも、花奈は小さな声で佐々木に問いかける。

 三歳にはまだ否定の否定がわからなかったらしい。


 佐々木は怖がらせないように、けれど思い通りにはならないように、優しく声をかけた。


「愛してる。愛してるから」

「二回も言ったら嘘くさいわね」

「やめろ!せっかくいい感じだったのにお前は」


 反撃が早い雪希に、回避できる雰囲気を虚しくぶち壊される。

 とりあえず雪希を膝の上に乗せて気をそらすと、月穂はまだ小さな手で両頬を抑えていた。


「では…!」

「ではじゃない!お前らほんとにろくな事考えな、い…」


 月穂も片膝に乗せようとすると、その後ろに隠れた花奈と目が合った。

 花奈は今日一番に見開かれた瞳で、佐々木を見ている。


 怖がりもせず、遠慮がちでもなく、ただ姉たちのようにじっと、その時が来るのを待っていた。


 佐々木は頭を抱えだす。


「晶子」


 やがて佐々木は疲れたように晶子を呼び出した。


 洗濯物でもしていたのか、晶子の腕は濡れている。

 それでも黒子は健在なのは最早慣れからなのだろうか。


 佐々木はそんな妻を抱き寄せる。そして黒子の口元だけを手で払い避ると、目を閉じ、唇を重ねて合わせた。


 露わになった口元からは、赤く染まっていく頬が見える。


 娘たちは驚愕し、月穂だけが拍手を送った。


「ど、どうしたの…急に…」


 戸惑っている晶子から、唇を離すと、佐々木は目を逸らす。


「いや、愛してるよって…」

「『いや』って何?嫌がってるってこと?」

「雪希ちょっと黙ってろ!」

「そうですよ姉さん!そういうのは『ぶすい』というやつなのです!」


 佐々木の代わりに月穂が姉のお口をふさぐ。

 いつの間にか月穂は粋の精神まで覚えていたらしい。

 この先を考えていなかった佐々木と、黒衣の下が真っ赤な晶子に気まずい沈黙が流れる。


 そんな中。


「きゃははっ…!」


 見たことのない家族たちの姿に、花奈は初めて笑った。


 末っ子の笑い声に、皆が振り返る。


「笑ったわ!」

「よかったです!やっぱり愛のキス大作戦はこうかてきめんですね!」


 絵本を持ち上げた月穂の言葉に、晶子は首を傾げる。


「愛のキス、大作戦…?」

「あ、あー、晶子。洗濯物は俺がやろうか?お前はゆっくり休んで…」


 深掘りさせまいと佐々木ははぐらかすように立ち上がる。しかし晶子は首を振った。


「ううん…。気持ちは嬉しいけど、今は子どもたちを見ててあげて…。あなたが帰ってくるの、楽しみにしてたから…」

「え…?」


 しらばっくれようとした言葉を止め、佐々木は娘三人に向き直る。


 恐怖心を失くした花奈を、月穂と雪希が嬉しそうに撫でている。


「ほら、撫でてあげて…。わたしは腕がびちゃびちゃだから…」


 わざとらしく腕を見せ、晶子は佐々木を見上げ、黒子の奥で小首を傾げた。


 こういうところは勝てないよな…。


 晶子は佐々木が断れないことをわかってやっている。

 それにまんまと乗せられてしまう自分に、佐々木はため息を吐いた。


 だが、不思議と悪い気はしないと思って、娘たちの頭を撫で、柔らかく微笑むのだった。

次回 本編、4月11日(土)更新予定。

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