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薄明の空を君と見ながら。  作者: 佐野いさ
閑話、隊員たちのほのぼの日記
79/80

我ら二番大隊 後編

 業務終了後、香山夫婦は黒羽たちに見送られて、駐屯地を後にする。

 今日は魔族も出没せず、何事もなく平和に仕事が終わった。


 だが、香山明乃介の正念場はここからである。


 黒羽、剣持、小口は、チラチラとこちらに助けを求めようと振り返る彼に、容赦なく、にこやかに手を振った。

 彼は声にならない涙声をあげている。やがて駐屯地の扉が閉まると、黒羽は笑みを消した。


「あれでいけると思う?」

「さあ?」


 帰り支度をしている剣持の返事は、もう興味がないのか無味乾燥だ。「絶対いけるっちゃ!」と笑顔で返している小口の言葉を聞いていない。

 黒羽は小口の隣に座った。


「どうしてそう思うの?」

「だって香山大隊長はやるときゃやる男だべ!魔族と戦う時もそお、おら達からキュリーさんをかっぱらって行った時もそお…」

「ぐはっ!」


 小口の一言が、黒羽の傷をえぐる。

 吐血しそうに胸を抑える黒羽に対し、小口はやってしまったと顔をしかめる。そして足早に言葉をつづけた。


「よっ、要はあの人はいっつもビクビクしちょるが、能ある鷹はなんとやらで、きっとキュリーさんのハートをがっちりバッチリつかんでくるはずだあ!」

「ぐおっ!」


 勢いでまくし立てた言葉が、そのまま黒羽へと突き刺さっていく。やがて黒羽は机の上に倒れ込んだ。


「黒羽さん!?しっかりだべーっ!」

「何バカやってんだか…」


 退勤する剣持に呆れられながら、小口は必死に黒羽の肩を揺らすのだった。



 一方、そんな部下の期待を背負った能ある鷹こと明乃介は、彼女のハートに一掠りもしていなかった。というか会話が一つもないので、帰り道に流れているのは気まずい沈黙だけである。


 隣を歩くエイミーの横顔が、いつもより若干硬いのはなぜだろう。

 明乃介は瞬きが止まらない泳いだ目で、押し黙るエイミーに視線を向ける。


 瞬きが遅い。エイミーさんが何かを思案する時の特徴だ。歩調も一定ではなく、いつもよりまばらだ。これはあまり望ましい答えが出ない時、そして周囲を必要以上に意識してしまう時。


 周囲?あ…。


 明乃介は自分が彼女に緊張を与えているのだと自覚する。

 そんな彼の心境は今。


 やってしまったごめんなさいすみませんもうしません…!


 謝罪で埋まっていた。


 慌てて目を逸らした夫に、妻、エイミーは首を傾げる。

 だが、そんなこんなで会話がないまま、二人は家についてしまった。明乃介の冷や汗が止まらない。


 香山の屋敷は、初めて見たエイミーが「御殿ですか?」と問うたほど大きく、まるで絵巻物に登場するような家だった。

 嫁入りして数日のエイミーは、まだ家の造りが珍しいのか、門を見上げている。


 何をしているんだ私!誘わなくては!勇気を出して!あんなに部下たちが考えてくれたでしょう!


 門の装飾に見とれている彼女の隣で、明乃介は必死に丸まった背を起こそうとする。


「あ、あの、エイミーさん…」


 その時、エイミーの視線が明乃介に向いた。弾かれたように早く、待ち遠しかったように期待に満ちた眼差し。

 思った以上の反応の良さに、元からどもり口調の明乃介はさらに言葉を詰まらせてしまう。

 だが言わねばならない。今後、エイミーとの良好な関係性の為にも、例え失恋しても、好きだった人のことを思い、それを奪った男に知恵を授け、応援してくれた部下に報いる為にも。


 明乃介は一呼吸置いた。そして…。言おうとした瞬間。


 バーンと勢いよく門が開いた。


「おかえりなさい(めい)!エイミーさん!」

「おかえり我が息子!そして娘よ!」


 門の奥から出てきたのは、目一杯両手を広げた香山母、父。

 二人は棒立ちの明乃介とエイミーの姿を見て取ると、一目散にその腕で我が子たちをt力強く抱きしめた。絹のドレスが着崩れることも、上質なスーツが息子の冷や汗で汚れることも二人は気にしない。


「お仕事お疲れさま。どこも怪我してない?」

「はい。今日は比較的平和な一日でしたので、どこも」

「それはよかったわ。ねえパパ!」

「そうだねママ!」


 四人で団子になった状況に、息子は両親の仲良しぶりに赤面しながら顔を俯かせる。娘は圧でつぶされそうな腕の中で、冷静に状況を報告した。


 これが香山家のいつもの光景。以前は明乃介だけであったが、この家にエイミーが来たことにより、両親の出迎えは日に日に愛情を増し、加速していた。


 しかし今はマズい。今だけはそっとしておいてほしかった…!


 二人の腕の中明乃介は、これまで育てていただいた恩と、この時代ではあまり馴染みのない外国人さんの嫁を快く受け入れてくださったことへの感謝。そして今だけは、本当に今だけは放っておいて欲しかったという葛藤を胸に抱き、彼は機会を逃したかのようにうなだれた。


「おや明?どうしたんだい?」

「い、いえ…何でもないです…」


 明と呼ばれている息子は、心配したように父に頬を叩かれているが、何の反応も示さなかった。


「言い忘れましたが、ただいま帰りました。お養母様、お養父様」

「まあ、なんて礼儀正しいの!そんなに畏まらなくてもいいのに、なんて健気な子なんでしょう!」

「お養父様って呼ばれちゃったよ!ねえ聞いたママ?」

「私だってお養母様と呼ばれたわ!忘れないで頂戴。ねえエイミーさん、もう一度呼んではくれないかしら?」

「はい。お養母様、お養父様」

「「きゃあ~!」」


 はしゃぐ両親の声に、エイミーは律儀に答える。明乃介はその勢いに押され、全く会話に入れていない。

 家で会話がないのは、常に両親が妻と話しているからと言ったら甘えだろうか。


 明乃介は実の両親に気圧されながら、ほんの少しだけ両親を疎ましく思ったことに、自己嫌悪を覚え、さらに口を噤みだした。

 それを見た途端、エイミーはハッと顔つきを変える。


「ささ、寒いでしょうし中へ」

「夕ご飯にしようか。今日のおかずは何かな~?」


 ワクワクと肩を弾ませる二人に、否、三人にエイミーは言い放つ。


「ワタシ、外、好きです…!」


 突然のカタコトな宣言に、香山親子は固まっている。

 一体何のことだと困惑する両親。だが、夫は気づいた。


「あ、そ、それではお庭でも散歩しませんか?散ってしまう前に最後の紅葉でも…」


 取ってつけたような誘い文句。実際にそうなのだが、その言葉は彼のものではない。しかし彼の心が確かにこもっていた。


 エイミーは花が開いたように顔を上げる。

 両親はそんな息子たちに目を丸くした。


「パパ。明がデートに誘ってるわよ」

「成長したね我が息子よ!グスンっ」


 背を向けて、ひそひそと話す両親は、ハンカチを取り出し、互いの涙を拭っていた。



 庭へエイミーを連れて行くと、彼女は目を瞬かせた。

 大きな紅葉の木が、風に揺られてハラハラと紅の葉を散らしている。


「ど、どうです?綺麗ですか?」


 既に落ちていた紅葉は色褪せ、しわがれて丸まり、踏めば乾いた音がしている。

 デートにしては物悲し過ぎる景色に、明乃介は恐る恐るエイミーに顔を向けた。

 だが、そんな心配はなかったようで、彼女は自分の足元を物珍しそうに見つめている。


「すごいですね。フランソワーズにも紅葉はありましたが、なんというかその、ここでは見え方が全然違うように思います。これが『わびさび』でしょうか?」


 苔を踏まぬよう配置された石畳。散り着く紅葉は静かに受け止められていく。その様をエイミーは興味深そうに見ていた。


「そ、そうです!多分そうです!」


 該当するフランソワーズ語がないので、明乃介は説明に困ったが、一応保険をかけて頷く。エイミーの目は弧を描いた。


「い、一応ござを追ってきたのですがっ、どこか座ります?」


 花見用のござを抱えた明乃介は、挙動不審になりながら、あたりを見回す。


「座る…」


 冬を越せぬ紅葉が風にさらわれる。そのうちの一葉が水面を揺らした。


 エイミーははっと思い出す。


「あそこがいいです」


 迷わず池の畔を指さしたのは、明乃介が駐屯地で言っていたことを思い出したからだ。


「え、あ、はい!そうしましょう!ぜひそうしましょう!」


 スマートさの欠片もない明乃介は、驚いたように、それでも彼女の要望を叶えるため、小走りで池の畔に向かう。そしてござを敷いて、エイミーを迎え入れた。


 エイミーは明乃介の隣に腰かける。


 そして会話がまた途切れた。


 何か話題をと明乃介は全力で思考を巡らせる。

 剣持たちにアドバイスしてもらったのはデートに誘うまでだ。ここからは正真正銘、明乃介の頑張り次第。


 話題がない。エイミーさんは元々おしゃべりな方ではないし、職場でも基本、必要な受け答えだけで、ほぼ彼女は人の話を聞く側に回っている。


 ならば自分が話さなければ、と明乃介は思うが、自分も他人の話を聞く側、それも人付き合いが苦手なので、基本限定的な人としか話してこなかった現在。考え込んだ明乃介はさらに黙り込む。


 だが、エイミーは明乃介の沈黙など気にせず、夕空を映す池の中を凝視していた。


 遠くの水面が不自然に波立っている。それはやがてエイミーたちのもとへ近づいて来た。


「魚…?」


 少しだけ顔を出したのは、紅白に、黒の斑点がある大きな魚。

 見たことがない魚と、エイミーの目が合う。


「あ、あれはうちの鯉です!父の趣味で飼ってるんですよ!フランソワーズではCarpeですかね?」


 自分にはありふれた光景過ぎて忘れていた明乃介は、慌てて補足説明をつける。


「Carpe…」


 母国では見慣れないその色に、エイミーは本当に同じ魚かと疑った。しかしそれ以上に。


「コイ、ですか…」


 ハナヤマトでの呼び名に、エイミーはこそばゆい笑みを浮かべる。


「この気持ちと同じ発音ですね」


 胸に手を当て、エイミーはそっと彼を見つめる。

 思わぬところからの変化球に、明乃介は顔を赤らめ、たじろいだ。


「そ、そ、そうですね!私も同じ気持ちです!」


 勢いで口走った明乃介の言葉に、エイミーは目を丸くする。そして幸せそうに微笑んだ。


「はい。おんなじですね」


 秋の終わり、寒さの足音はすぐそこまで迫る。しかし今この瞬間、二人の心の中だけは、あたたかかった。



 二番大隊駐屯地。


「エイミーさん、聞いてましたよね?私たちの会話」

「バレていましたか?」

「バレますよぉお。だってあんなに不自然に外が好きとか言ったり、池を指さしたり…」


 自信なさげな声と、はっきりした声が聞こえてくる。

 二人が駐屯所の扉を開けると、そこにはいつもの顔ぶれがあった。


「あ、香山大隊長!デートどうだったべ!?」


 真っ先に聞きに来たのは小口だった。彼は既に倒れそうな黒羽の胸倉をつかみ、にっこりと笑っている。

 剣持はそんな二人を横目に、机仕事を始めていた。だが、彼女も結果が気になったのか、明乃介たちをチラチラと見ている。

 明乃介はどもりながらも報いなければと思った。


「デ、デートはせいこ…」

「デートは成功しました。皆さまありがとうございます。おかげさまで香山大隊長との愛がもっと深まりました」

「ぐはっっ…!」


 エイミーの言葉が、黒羽の胸を過去一番抉る。そして「愛…だって…?」とつぶやき、小口を巻き込みそうな勢いで、黒羽は後ろに倒れた。


「うわああ!黒羽さんしっかりだあ!」


 同じ失恋の痛みを共有する小口は、黒羽を介抱する。


 そして。


「大丈夫ですか!?黒羽中隊長」


 恐らく悪気はないであろうエイミーは彼のもとへ駆け寄った。

 献身的で罪作りな嫁に、明乃介はあわあわと口を開ける。


「ありがとうエイミー、でも、今は…」


 苦しそうな黒羽はエイミーを直視できない。


 剣持は呆れた。


「さ、仕事しましょうか」

「ええ!?これ放っておくんですかああ!?」

「仕方ないでしょ?それとも香山大隊長が介抱します?」

「う゛っ!」


 香山が否定する前に、黒羽がうめき声を上げる。そして静かに息を引き取るように、穏やかな顔をした。


「黒羽さーん!」


 小口とエイミーは黒羽を必死にゆする。バカらしくなっている剣持は、視線を机の上に戻した。

 明乃介はどうしていいのかわからず右往左往している。


 二番大隊は今日も平和だ。


 紅葉が散り尽き、冬が始まる。

次回 3月3日(火)閑話、本編、同日更新。

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