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薄明の空を君と見ながら。  作者: 佐野いさ
五章、武器狩り
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あかさたな…大集合!

 朝、泉は寝台列車に揺られている。ふかふかのお布団。高級感のある手触りに包まれる感覚が二度寝を誘う。


「あの、泉さん。まだこれ入っちゃダメなんですか?」

「ダメ」


 泉はぬくぬくと寝返りを打つ。


 三箇日を終え、泉たちは両親と別れた。泉はたくさんの抱擁を貰い、滲は両親に泉をよろしく、と切に、それはそれは切に願われていた。泉もあまり困らせてはいけないよ、と釘を刺されて帰って来た。


 そんな二人は今、机を挟んだ境界線で隔てられている。泉が引いたものだ。


 例のキス事件を機に、泉はなんだか恥ずかしくなってしまい、滲を近づけさせないようにしている。「ここから先は入るな。入ったら嫌いだ!」と言う脅し文句のもと、泉は寝台列車の半分の安全圏を確保していた。


「もう起きた方がいいですよ?着きますよ」

「ん~。もうちょっと…」


 いつもなら無理矢理起こされるが、今日の滲は蚊帳の外なので、泉はぬくぬくと布団の中を満喫している。滲は不満そうだった。


 すると寝台列車内部の扉が誰かに叩かれる。

 ビクリと反応した滲とは対照的に泉はのんびりとしている。

「どちら様です?」と滲は怪訝な声を出す。扉の向こうから聞こえたのは、どこか聞き覚えのある男の声だった。


「一等車両のサービスです。モーニングコールをと伺いに」

「頼んでまいせんね。そんなもの、行きの列車には無かった筈ですが?」


 滲は一瞬で扉の向こうの男を怪しんだ。しかし泉は飛び起き、境界線を越え、扉を開いた。

 ぎょっとして滲は止めようとする。だがそこにいたのは、駅員姿の見知った顔があった。


「菊さん!」


 泉は嬉しそうに声を上げる。いつか見た男の登場に、滲は息をのんだ。


「やあ有明君久しぶり。やはりこの手の冗談は彼に通じないね」


 茶目っ気のある話し方で、菊は泉に笑いかける。そして滲にも。菊は目を細めて言った。


「一番大隊有明泉大隊長、井上滲副隊長両名に招集です。至急、大隊長会議にご出席いただきたく参りました。できれば今からご臨席たまわりたく存じます」


 泉は首を傾げる。しかし滲は唖然としていた。


「待ってください、私もですかっ!?しかも今からって…」


 滲の声は焦りを帯びている。が、泉は首を縦に振った。


「いいだろう!今から大隊長会議に出発だ!」


 泉は寝ぐせつきの髪を揺らし、滲にグッドサインをつくる。突然のことに慣れ切った泉の肝は座っていた。


 菊が来た。それだけで誰の指示かは透けて見える。滲は顔を青くした。


「突然でごめんね。そんなこんなで準備をよろしく。私も手伝うよ」

「ありがと菊さん!えーっとー、まずはー…」


 ノリノリで菊を部屋に入れた泉に、滲は嫌悪感を示した。だがその視線を菊は見ている。ずっと、視界の端に滲を離さないように捉えている。滲は思わず身震いした。


「見てくれ!これお母ちゃんたちにもらったの~!」


 泉は菊に呑気に嫁入り道具を自慢している。菊は「そっか~」と笑いあっていた。

 滲は入って来た異物に嫌悪感を隠しきれない。三人はそんな中、大隊長会議へ向かったのである。




 ハナヤマト帝國魔族討伐部隊駐屯所会議室。


 三番大隊の建物の上にある、厳かながらも簡素な広い空間には、泉を含め、数名の大隊長が集まっていた。まだ全員が揃っていないのか、人数はまばらである。


 隊服ではなく、着物姿でデカい風呂敷を抱えてきた泉に、全員の視線が集まる。


「すみませんね。隊服家に置いて来たらしくて…」


 保護者の目線で菊は皆に弁明する。しかし後ろにいる滲の顔色は優れなかった。


「だ、大丈夫でしょうか?彼」


 佐々木の背に隠れた香山はひょこりと滲を見る。だが、佐々木は滲など見てはいなかった。


「なあ高橋(たかはし)。お前の旦那何歳年下だっけ?」

「おい後藤何聞いてんだ!?」


 コソコソと高橋と呼ばれた同世代ほどの女性に耳打ちする後藤に、佐々木は香山を置いて振り返った。


「え?いや大事なことでしょ?雪希さんが今、二十…四、五?オレが今年四十路でしょ?だったらそんな年齢でマジで好意なんてあるのか聞いときたいじゃん?」

「ねえあなた失礼よ。好意しかないわようちの旦那は。二十一歳年下だけど」


 女性が発した衝撃的な単語に滲は後藤たちのことなど忘れて振り向いた。艶のある、扇情的な体形の女性。男なら思わず見入ってしまう。が、泉はその女性を見て取ると、パッと顔を明るくし、一目散に駆け出した。


「高橋大隊長―!」

「あーん!泉ちゃんやっほー!会いたかったわ!」


 高橋と言う女性は泉を優しく抱き寄せると、その豊満な胸に泉の顔を沈めた。


「ふへへっ。苦ちい」


 笑っている声がこもるほど、泉の顔はのめり込んでいる。

 後藤と滲以外の男性陣の目がサッと逸れた。


「誰です?あれ」


 滲は置いてけぼりを食らっていた香山に問う。香山は急に話しかけられて肩をびくつかせた。


「あ、あ、あれは四番大隊、高橋大隊長です。有明さんが軍に来た時から面倒を見ているらしく、第二のお母さん的存在なんです…。だからそんな目で見てあげないでください!許してあげて!」


 顔を上げた泉に頬ずりする彼女は、まるで恋人を篭絡するような仕草をしていた。それに泉は喜んで頬ずりを返す。

 へそで茶が湧きそうな滲は、気に入らないように薄い笑みを浮かべ、ゆらりと一歩踏み出した。それを香山は全力で止める。


「ダメですって!高橋さんは皆にああいう方なんです!怒らないで!」


 平和的に会議を終わらせたい香山は、滲の腕を引っ張る。ビクビクしていてもさすがは大隊長と言うわけか、滲がどんなに力を入れてもその先には進めなかった。


 すると部屋の奥にいた別の女性が泉のもとへ近づく。


「羨ましいネ。(ワォ)(チュアン)抱っこさせるアルよ」


 赤の大陸衣装に身を包み、扇子を広げた彼女は高橋から泉を奪う。


()大隊長!」


 泉はパッと彼女に飛びついた。


「彼女は五番大隊、那大隊長です。有明さんの第三のお母さん的存在ですから許して…」

「は?第三?お母さん何人いるんですか?」


 滲の怒りに先回りして答えた香山に、滲は「多くない?」と耳を疑った。

 そこへ香山はさらに那の後ろをついてきていた、ふくよかな女性に視線を向ける。


「あの方が第四のお母さん的存在、九番大隊の来城(らいじょう)大隊長です…」


 香山が言ったそばから泉は来城の腹に飛び込んでいく。まるで相撲取りのような彼女の体は、いくら泉が押しても動かなかった。


「あら泉ちゃんおっきくなったわね。けどまだ細いんじゃない?ちゃんと食べてる?季節の変わり目だから風邪ひかないようにね」


 誰よりもお母さんのようなことを言っている第四の母来城に、否、泉のお母さん的存在の全員に滲は絶句した。妻の愛され具合と人懐っこさに毎度のことのように滲は驚かされる。


 そんな時、会議室の扉がまた開いた。そこには三人の男が連なって立っていた。


「あ!どうもお父さーん!」

「お父さんって言うな!お前にお父さんとか言われる筋合いねえんだよ!」


 快活に声を上げた男は佐々木の逆鱗に触れる。


「え?なんで?うちの柚木ちゃんのお父さんやん?」


 関西弁の彼は快活な声を失速させる。隣にいた青い目を持つ男は笑っていた。


「あはは!知らないのかい八尾(やお)?柚木中隊長のお姉さん、後藤軍部大臣に告白したらしいよ!」


 色白のハンサムな男はケラケラと馬鹿にしたように笑う。


「ええ嘘やん!?あんな犬猿の仲やのに!?」


 快活な男、八尾は信じられないと目を丸くしていた。後藤と佐々木はいまだに言い争いを繰り広げている。二人の関係性を知る者は、八尾でなくても驚愕した。


「そんなこと(はま)でも知ってるよ。ねえ浜?」

「いや知らないんだけど?当然のように知ってる感じやめて。なんで真壁(まかべ)だけ知ってるの?」


 獅子舞を思わせる面で口元を覆い隠した男、浜は彼の言葉に戸惑う。ハンサムな男は真壁と呼ばれた。

 その三人に馴染みがある滲は香山を背に、ふと彼らに足を向ける。


「お久しぶりです、お三方。特に浜大隊長。ご無沙汰しております」


 滲は朗らかに頭を下げた。三人は絶句する。


「なあ、この子誰やっけ?」

「八尾忘れたの!?井上隊員でしょ。…多分」

「うっそ!?あの子!?こんな感じやったっけ!?」


 裏でひそひそと話す八尾と真壁よそに、浜はにこやかに目を細めた。


「お久しぶり、井上。今はもう有明なんだっけ?」

「はい。ですが仕事では引き続き旧姓を使用しております。今後とも変わらず井上とお呼びいただけると幸いです」


 いつもよりも滲の敬語表現が硬い。来城のお腹に沈み込んでいた泉はくるっと滲の方に顔を向けた。


「いいよいいよ。そんな畏まらなくても」


 浜は困り顔で滲の頭を上げさせる。が、泉にはそれよりも気になることがあった。


「どうも!滲の嫁です!」


 普段より畏まった滲の態度よりも、「有明」という言葉に泉は嬉しさを覚える。滲のもとへトコトコと駆け寄り、えっへんと胸を張った。

 泉の後に続いて来た三名の母親的存在たちは「きゃ~!」と黄色い歓声を上げる。滲は恥ずかしそうに俯いていた。

 浜の後ろにいた八尾と真壁は滲の様子に目を丸くする。

 だが一人、浜だけはハッとして、その後に目を細め、柔らかく微笑んだ。


「そっか、あんな別れ方になってしまったけれど、君にも良き巡り合わせがあったんだね。おめでとう」


 感慨深そうに有明夫婦を見ている浜に、泉は首を傾げた。そして。


 あ!そうだ!たしか浜大隊って、滲の元上官だ!


 と言うことを思い出して、泉ははにかんだ。


「へっへーん、いいだろう!」

「ああ。君にとっても。彼にとっても」


 浜は泉に微笑み、目線を上げて滲にも微笑みかけた。その表情はどこか荷を下ろしたかのように安堵の色を見せる。が。


「泉ちゃん旦那さんに迫られた時はこう言うのよ。『召し上がれ』って」

「だめネ!もっと『お望みのままに』とか言うアルよ!これで男はイチコロネ!」


 浜の気持ちも知らず、高橋、那の女性陣は何も聞いていない。二人は泉に淑女の極意を教えている真っ最中だった。浜を含め、男たちは耳を塞ぎたくなる。


「やめてください!うちの嫁になに吹き込んでるんですか!?」


 滲は顔を耳まで真っ赤にしていた。


「あら?こういうのはお嫌い?」

「何言ってるネ!欲出してけよシャイボーイ」


 高橋、那は追撃する。泉は訳も分からずニパッと笑った。


「わかったー!」

「わかったじゃないです!泉さんそんなこと言っちゃダメっ!」


 滲は焦った顔で泉の口を塞ぐ。

 高橋と那は悦に浸る笑みを浮かべていた。一歩後ろに佇む来城は、その柔らかい手で二人をたしなめる。


「まあまあ、人の好みはそれぞれよ。意地悪しないの」

「はーい、来城お母さーん」

「ごめんネ妈妈」


 最終的には大人二人を娘にしてしまった来城。彼女の包容力は別格だ。泉は塞がれたままの口で感嘆の声を漏らした。


「なあ来城。好みはそれぞれって言うけど、こんなおっさんを好きになる精神状態ってのはどうなの?」


 突如来城たちの会話に首を突っ込んできた後藤は、佐々木を引きつれ割って入る。


「お前はまだ言ってるのか!?いいか!雪希は諦めろ!俺が諦めさせる!お前が義理息子なんて絶対に御免だあああ!」

「さささ佐々木さん落ち着いて!暴力はいけません!拳おろして!」


 佐々木は腕にしがみつく香山を引きずって来た。もう、何が何だかわからない。


 混沌を極める大隊長たちの会話。そこへたった一人、最初から席に座っていた白髪の老人が口を開く。


「会議、始めましょうや。もう揃ってるやろ」


 彼は眉一つ動かさず淡々と、しかしゆったりと言葉を告げる。端然と腰かける彼に、大隊長たちは先ほどの喧騒が嘘のように黙り込んだ。それをさせるほどの威厳が彼にはある。


 だが、静まり返った大隊長たちの中で、後藤は平然と口を開く。


「ああ、悪いね渡辺(わたなべ)。実はまだ一人客人が残ってる。そうだろ?菊」


 後藤はそれまで気配を消すように傍観していた菊に視線を向けた。菊は静かに頷く。しかしその表情は困り顔で眉を下げていた。


「ええ。ですが彼には同時に二つのことを任せてしまった分、少々遅れが出ているのかもしれません…」

「同時に?」


 事情を知っているような佐々木は、菊を睨み、眉を顰めた。その声は後藤と菊を警戒したように聞こえる。だがその時、閉じた会議室の扉が開いた。そこには肩で息をした、泉と滲の見知った顔があった。


「はあ…はあ…皆さん、遅れて申し訳ない…。菅の説得に、少々、時間がかかって…」


 そこにいたのは三番大隊園寺中隊長。以前泉たちと共闘した人物である。


 泉と滲は頭に疑問符を浮かべる。大隊長会議であるにも関わらず、副隊長の滲がいるのもそうだが、中隊長である園寺が招集されたのはなぜか。その答えを佐々木も持っていなかったようで、目を丸くしている。


「園寺、お前一人か?菅はどうした。説得って一体…」


 自身の部下であるはずの彼の行動を、佐々木は理解していなかった。普段呼ばれるはずのない中隊長の登場に、皆が疑問を覚える。


 しかし答えを示さぬまま、後藤は手を叩いた。


「さあ、会議を始めようか」


 そう言った彼の表情は疑念を一身に浴び、不敵な笑みを浮かべていた。

次回 3月27日(金)更新予定。

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