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薄明の空を君と見ながら。  作者: 佐野いさ
五章、武器狩り
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束の間の三箇日(四)

 おせちを食し、お土産も食べ、風呂に入った泉は、残すはもう眠るだけである。

 睡眠は仕事がなければ九時間の泉にとって、外が暗い中起きておくのはかなり耐え難い。

 朧げに母たちの声が聞こえてくる。


「泉ちょっと背が伸びたと思うわ。あんなにちっちゃかったのに。数え年だともう十七歳だもんね~。見るたびに大きくなってる気がする。それとも、婿入りした滲くんに栄養満点の料理を食べさせてもらってるからかしら?」

「ふふ。そう言っていただけると栄養学の本を読み漁った甲斐があります。けれど、そうですね…。いつも見ているからわかりませんでしたが、確かに少し背が伸びたような…?」


 滲は義母義父たちと泉を見つめる。右から左に話が流れていた、成長途中の泉はその時あくびをした。


「ふははっ、泉が眠くなってる~。もう遅いか~。すっかり話に花が咲いちゃったわね」

「つづきはまた明日にしましょうか。三箇日はここにいる予定ですし」

「おっ!そいつはいいなあ。どうせなら先生の話も聞きたかった、し…」


 茂造が先生と言い放った途端、滲の笑みはスッと消える。滲の後藤嫌いを薄々察し始めた両親は、顔を見合わせた。


「ま、まあ…先生の話より泉の話だよな!滲くんのことも泉から聞かなきゃいけならねえし!よし寝よう!あまりよそ見をせずに今日は寝よう!おやすみ!」


 取り繕い方が泉とそっくりな茂造は、勢いに任せて席を立つ。

 ハツ江は慌てた夫と、呆気にとられた滲に笑みを隠しきれていなかった。


「ふははっ。ねえ泉、お母ちゃんたちもそろそろ寝るわね。いつもの部屋に布団敷いてるから、滲くんを案内してあげな」


 泉はまたコクコクと頷く。半分閉じた目でゆらりと立ち上がると、泉はトボトボ歩き出した。


「滲~こっちだぞ~…」


 母とはまた違うふんわりした抑揚で話す泉は、眠気で体が前のめりになっている。途中障子や柱にぶつかりそうになったが、後ろをついて来た滲が何とか止めてくれた。


「ここだぞ~…。私の部、屋…!?」


 襖を開けた泉は、眠気も忘れて目を見開く。そこに敷かれていたには、大きいが、たったの一枚だけの布団と、二つの枕であった。

 泉はあんぐりと口を開け、「お母ちゃーん!」と叫びたくなる。しかしそれを咄嗟に滲が遮った。泉の口を掌で覆い、驚きながらも泉の背を強く抱き寄せた。


「叫んじゃだめです。たしかに驚きはしましたが、そんなに、嫌ですか…?」


 泉が見上げると、彼は戸惑いながらも嬉しそうな顔をしていた。その表情が、今朝泉を抱えていた時と重なる。滲は泉の口から手を離した。泉の顔は、自分でもわかるほど赤くなる。


「い、嫌じゃ、ない。けど…」


 零れ落ちた小声の言葉は、泉にしては珍しく戸惑いが表れている。迷う泉の手を、滲は熱く握った。


「昨日と同じです。側にいるだけでもいい。ただ、一緒に…」


 そう切実に願う滲の声は震えていた。泉は背から回された腕に頭が真っ白である。

 あたふたと口を開けたり閉めたり繰り返していると、滲は答えを急かすように泉をさらに強く抱きしめた。密着した耳元からは、彼の鼓動が聞こえてくる。とても早い。

 頬の輪郭をなぞるその片手は、やがて泉の唇を撫でる。


「!?」


 泉は初めての感覚に背筋が震えた。そして素早く彼の腕から泉は抜け出すと、滲はうっとりとしていた顔を不安の色に変えた。


「ごめんなさい…。功を焦りましたね…」


 振り払われた手を降ろし、滲は顔を背ける。ハッとした泉は彼を見上げた。その表情はとても悲しそうだった。

 頭は真っ白、顔は真っ赤の泉は滲に向き直る。そして。


「そ、添い寝くらいなら別にいいぞ!なにせ私はお前の妻だからな!」


 泉は勢いで胸を張る。あまりに明け透けな強がりに、滲は背けた顔を思わず元に戻した。そしてふと笑みを見せる。


「あははっ。そうですか、妻ですか。それもそうですねっ」


 弾んだ声で、滲は再び泉を抱きしめる。泉は正面からの抱擁に「はわ!」と声を漏らした。


「では、してもらいましょうかね。添い寝」


 滲は泉を独り占めするようにそう言うと、そっと襖を閉めた。



 布団の中で泉は滲に背を向ける。本当に側にいるだけで手も触れあうことなく、泉は体を縮めていた。


 眠れない。目が覚めちゃった…。


 さっきまでの眠気は何だったのかと言うほど、泉の目は閉じても閉じても眠ろうとしない。背後で横たわる彼のことを思えばなおさらだった。


「ねえ泉さん、起きてます?」


 静かに滲は問いかける。泉はすかさず「寝てるぞ!」と言い返した。


 大噓をついている泉に、滲は不意打ちで吹き出す。

 掛け布団が同じだからか滲が肩を揺らしてるのが振動で伝わってくる。

 泉はだんだん恥ずかしくなって布団で顔を隠した。


「あーあ。泉さん起きているんでしょう?拗ねないで。あなたが可愛かったから笑ったんです。顔を見せて」


 滲は笑顔で泉が頭にかぶっていた布団をはがす。泉は照れたような、怒ったような膨れっ面をしていた。


「ふふ。こっち向いて。眠れないならお話ししましょう。僕も眠れないんです」


 いたずらっぽい滲の言葉に、泉はムスッとした表情で振り返る。その顔に滲はまた吹き出した。


「ふな!また笑ったな!?」


 大声を出した泉に、滲はすかさず口元に人差し指を当てる。


「しー。静かに。笑ったことは謝りますから、内緒話をしましょう?」


 滲の笑みは嬉しそうだ。距離が近くて、泉は返事の代わりに視線を逸らす。しかしコクンと頷いた。滲は笑みを深める。


「何から話しましょうか。今日の餅つきについて?初詣?それとも“おせち”でしょうか?」

「はっ!おせち美味しかった!」


 泉は小声でパッと表情を明るくさせる。しめたと言うように滲は糸口をつかんだ。


「ふふ。そうですね。美味しかったですね」

「ああ!あと、お餅ももちろん美味しかったぞ!初詣も楽しかった!それでな、それでな!」


 今日の出来事に思いをはせる泉は、警戒心無く目を輝かせてはつらつらと話し出す。滲はそれを聞いているだけで楽しそうだった。うんうんと相槌を打っている滲に、泉はふと問いかける。


「そう言えば滲は初詣で何を願ったんだ?」


 不意に小首を傾げた泉に、滲は「え?」と笑みが固まる。泉は「え?」と聞き返した。だが、それも束の間。滲は少し視線を逸らして口を開く。


「あれは今あるものへの感謝を述べたんです。それだけで十分だと。だから…受け入れられますように、と」

「ん?」


 話が難しくて、泉には内容があまり伝わってこない。しかし滲はわずかに苦しそうな顔をした。


「ねえ泉さん」


 滲は話を逸らすようにズイと顔を寄せる。


「ハツ江様が言っておりましたよ。背が伸びたって。数え年ではもう十七歳。お互い子どもじゃないんですね」


 急に滲が話題を変えたが、泉は少し褒められたような気分になった。


「ふふっ。その通りだ!私はもう大人なんだぞ!ちびじゃないもん!」


 背が低いことを少々気にしていた泉は得意げに笑う。滲もつられてはにかんだ。


「泉さん。僕はあなたのそういうところ大好きですよ」


 滲は泉の手を取る。泉はまた頬を赤らめた。


「あなたが名前を呼んでくれるのが好き。あなたで満たされる感覚が好き。あなた以外何も考えられなくなるのが心地よくて好き」


 彼は泉の手を口元に当てた。


「ねえ、泉さん。あなたは僕のどこが好きです?」


 赤らめた彼の表情は、泉を試すように、無邪気に笑っている。


「顔?それとも頭脳?あるいは他の何かでしょうか?」


 自嘲するように彼は言った。だが泉に言われれば彼はそれを好きになるだろう。けれど泉の答えは違った。泉は考えたように、恥ずかしそうに顔を下げる。


「そ、それもあるかもしれないが、私は滲の、なんか面白くって、頑張り屋さんなところ好きだぞ」


 顔を上げた泉の目に映った滲は、目を見開いていた。


「そんなこと、初めて言われた」


 滲は握っていた手を離すと、泉の顎に手をかける。泉は急な出来事に固まった。


「目を閉じて。泉さん」


 滲は静かにそう言うと、愛おしそうに目を細める。彼の手は熱い。その唇はどれほど熱いのだろうと泉は考えてしまう。

 泉は勇気を出して目を閉じた。


 その時、滲の唇が泉の唇に触れる。あたたかくて、優しくて、泉の体温と変わらない熱い接吻。

 ほんの短い時間であったのに、泉の脳裏にはその衝撃が焼き付いて忘れられなかった。顔を離した泉は、慌ててそっぽを向く。


 最初に戻ったようにまた滲に背を向けて、布団をかぶった。滲は声をあげて笑っている。そして布団の上から泉を撫でた。


「今日はご実家ですからこれくらいにしておきますが、家に帰ったら、これ以上を期待していますね」


 滲はそう言って泉に背を向ける。掛け布団からは互いの心音が伝わってきそうだった。


 お家、帰れない…!


 泉はそんなことを考えながら、布団の中で夜を明かすのだった。

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