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薄明の空を君と見ながら。  作者: 佐野いさ
閑話、隊員たちのほのぼの日記
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我ら二番大隊 前編

 それは二番大隊中隊長、黒羽(くろば)の号令から始まる。


「ゴホン。それでは皆さんグラスを拝借」


 日の光を浴びた透明なグラスが、仰々しくも、静かな音を鳴らしながら持ち上げられる。


「紅葉かつ散る、とはよく言ったもので、色づく葉もあれば散る葉もある。…何とも物悲しい。けれど散った葉をそのままにはしない。我らは落ち葉となり大地に還り、やがてその養分が木々を育て、また色づくための葉が芽吹くことを夢見よう」


 少しだけ、物思いに耽るように、駐屯地の外の枯れかけた紅葉に向けた視線を、黒羽はそっとグラスに戻す。そして突然、静けさをぶち破るように、グラスを掲げ大声で叫んだ。


「では!香山大隊長たちの結婚、及び俺たちの失恋にいいい~~~?」

「「「完敗~!!」」」

「その前口上で祝われたくないんですけどおお!?」


 香山夫婦が結婚を報告して数日、黒羽たちキュリーに失恋した各々は、あろうことかご本人の目の前でグラスの中身を煽った。

 香山は部下たちの突然の奇行に慌てる。そして、そのグラスの中身にも。


「ちょ、ちょっと待ってください!今は休憩時間とは言え勤務中ですよ!?お酒は…」

「大丈夫だべ。これはお酒じゃないだあ!」


 飲み干した小口(こぐち)中隊長が、不貞腐れた様子で、グラスに急須を傾ける。

 まるで全員が無理矢理心を洗い流すよう茶をすすっていた。

 男たちは香山の動揺に目もくれず、大盛り上がりを見せる。


「いや~、綺麗に負けたね~。まさかあんなに頑張ってフラれようとしてた大隊長が、俺らの?知らないところで?告白なんてね~?」


 軽快に語る黒羽の口角は上がっているが、目は一切笑っていなかった。

 その視線が香山に突き刺さる。


「も、申し訳ありません…」


 二番大隊一の美女であるエイミーが、よりにもよって香山と結婚したことが、男たちには相当ショックだったようだ。


 が、人の悪意に弱い香山は顔を真っ青にして床に頭を擦りつける。


「すみませんすみませんすみませんすみません…」

「謝らないでくださいよ。正直香山大隊長になら負けても仕方ないかなって思いますし?そんなに頭下げたらエイミーにも失礼ですよ。接吻したのは彼女からなんでしょ?羨ましいねえ。ねえ、小口くん?」


「黒羽さんの言う通りだべ!最初出会った時は帝國最速の大隊長なんて言われとるから、一体どげんなツワモノかと期待したら、とんだもやしでねえか!と思うとったが…」

「それは本当に私も心が痛かったんですよお!?」


 入隊当初の小口の顔を思い出し、香山は絶叫する。小口は昔、香山にゴミを見るような視線を向けていた。十八歳で田舎の農村から出てきた小口は、日々の力仕事で鍛えた筋骨隆々な大人たちに囲まれて育ったため、鍛えても細身な香山が信じられなかったそうだ。


「思うとった“が!”アンタは凄い人だべ。キュリーさんが惚れるのも納得だあ」


 ところが今は戦場を共にするたび、香山の実力を徐々に認めていくようになった。

 今では憎まれ口を叩いても、香山を怯えさせたままにはしないほど、関係性が進歩している。


「ほ、本当ですか…?」


 嘘をつかない、正直な小口の言葉に、香山はほんの少しだけ顔を上げる。すると。


「まあ、もやしってのも強ち間違ってないんじゃない?どちらも“足がはやい”って意味で。あはははは!」


 元貿易商、黒羽は褒めているとも貶しているともつかない駄洒落で、無駄に元気な笑い声をあげる。そして疲れたように「はあ」とため息を吐いた。


 落差が激しすぎる性格に、香山は若干の恐怖を覚える。


 彼は元やり手の貿易商。しかし勤めていた会社が魔族によって倒産させられたことにより、魔族許すまじ、と恨みの一心で入隊してきた異色の経歴の持ち主である。たまに闇深いことを言うのは、本人曰く、心の傷が癒えていないからだそうだ。


 しかしそんな彼も恋をした。その矢先に思い人を取られたとなれば、心穏やかでない。黒羽は今、震える香山を見ながら、もう笑うしかなかった。


 そんな黒羽は、ポンと誰かに頭を冊子で小突かれた。


「あいたっ」

「痛くはないでしょ?何バカなことやってんのよ」


 呆れ声を出したのは、眼鏡をかけた女性、剣持(けんもち)中隊長だった。


「はい、もう傷の舐め合いは終わりにしなさい。そんなことしても、何にもならないでしょ?」

「剣持さんにはわかんねえだこの気持ち!」

「そうだよ!剣持ちゃんは引っ込んどいてよ!」


 悲哀に満ちた男たちの空気を一掃するように、剣持はグラスを片付け始める。


「あのねえ、そんなこと言うなら香山大隊長の気持ちも考えなさいよ。大体、香山大隊長が職場での結婚渋ってたのも、あんた達が原因でしょ?」

「ひどいよ!俺らのせいにするの!?」

「おら達はただキュリーさんを好いただけで…、こうしてちゃんと二人の結婚祝っとるからいいだろ!?」

「じゃあなんで副隊長のいない今日にやるのよ?」


 鋭い剣持の考察に冷風が吹いたように男たちは固まる。副隊長エイミーは今日、発明家の父のもとに行って不在だった。


「そ、それは…エイミーを悲しませるわけにはいかないっていうか…、何て言うか…」


 所在なくなったように、黒羽は視線を泳がせる。剣持はため息を吐いた。


「あんたねえ、それ、香山大隊長は悲しませて良しって言ってるのと同じだから」


 図星をつかれた面々は、急激に大人しくなる。そしてよそよそしく机の上を片付け始めた。


「さすがです剣持さん…!」


 香山は陰鬱な雰囲気の群れを一蹴した剣持に、羨望の眼差しを送る。


 元電話交換手。黒羽と同じで異色の経歴を持つ彼女は、テキパキと仕事に戻るための場を整えだす。


 彼女は前職、魔族に襲われ助けを求める人々の声を、ただ聞くことしかできない自分に嫌気がさし、討伐部隊に転職してきたという、慈悲と決断力のある人物だ。

 扱いの難しい他二人の中隊長を、香山がまとめることが出来ているのは、彼女の存在が大きい。


「いつもありがとうございます剣持さん…。こんな頼りない上官で本当に申し訳ございません…」

「何言ってるんですか。アタシは結構こういうの好きですよ?」


 汚れ役を自ら買って出て場を仕切る。その笑顔に、香山は女神でも見た気持ちになった。

 そんな香山の見上げるような視線に、黒羽は面白くなさそうに「ふーん」と鼻を鳴らす。


「大隊長、そんなに他の女性に媚びを売っているようじゃ、エイミーに愛想つかされるのも時間の問題かな?」

「ええええ!?」

「あんたねえ、大隊長いじめないの。そんなだから副隊長に選ばれなかったんじゃない?」


「うっ…!」


 心の傷をえぐられて、黒羽は胸を押さえて苦しみだす。そんなよろけた彼を小口は「大丈夫だべ!?」と支えた。


「小口くんありがとう。俺は君のこと大好きだよ」

「おらは遠慮しとくべ…」


 精神が不安定な黒羽は、まるで愛玩動物を撫でるように、小口の頭をさする。

 小口は苦虫を潰したような顔をした。


 そんな中、床に膝をついたままの香山は、黒羽に負けじと暗い顔をする。


「愛想、つかされる…」


 どうやら黒羽の放った一言が、香山の胸を突き刺したらしい。

 香山はぶつぶつとうわ言のように何かをつぶやき始めた。

 珊瑚の死骸のような生気のない顔は、やがて星の砂になって消えてしまいそうだった。


「ほらー、大隊長がまたへこんじゃったじゃない」

「絶賛俺もへこんでること忘れないでね?」

「おらは元気だあ!」


 三人の言い合いも聞こえないかのように、香山は小さく部屋の隅にうずくまった。


「やっぱりそうですよね…本当にこのままじゃ愛想つかされて終わってしまう…」

「心当たりしかないみたいだべ」

「まあ、香山大隊長の性格なら妥当でしょ?家ではエイミーと会話の一つもなかったりして。あははははは!」


 黒羽が空元気丸出しの声を上げると、香山のつぶやきがピタリと止まる。


「え、あ、嘘…」


 気まずそうに、言い出しっぺである黒羽の笑顔が消えた。

 そして他二人の中隊長も、香山を呆然と見つめる。

 香山は図星をつかれたようにダラダラと冷や汗を流していた。


 かくして、二番大隊による、香山夫婦の仲良し作戦が決行されることになる。

次回は2月8日(日)本編にて更新予定です。

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