魔族交戦
翌日。一番大隊駐屯地広場にて。
泉は整列した隊の前に出る。
「諸君、今回の命は辰巳山への遠征である。麓の町で、少女が魔族に襲われたという報告だ。いつもなら全て捕らえろと言うところだが、今日より一部魔族討伐が解禁された!捕獲対象は私が指示する!よって他の者は蹴散らしてかまわない!以上だ!」
「はっ!」
泉は隊員たちの士気を上げる。
その立ち居振る舞いは普段の子どもっぽい様子からは想像もできないほど勇猛な指揮官であった。
辰巳山麓に着いた一行は、皆それぞれの武器を構える。
「では諸君、突撃だッ!」
「了解ッ!」
一番大隊は陣形を整え、泉の合図で散開する。
山に潜む魔族たちを撃ち滅ぼすべく、中隊ごとに大きく四つに分かれた隊員たちは、一気に山の頂上を目指し駆けあがる。
その時、吹き抜けるような木枯らしが、あたり一面に紅葉した木々の色を怪しく染め変える。
「来るぞッ!」
桃から青、紫へと次々に変色する木々に、泉は叫ぶ。
魔族の強さは自然環境にも影響を及ぼす。今回はかなり広範囲。大物がいるな。
泉は目つきを鋭くして身構えた。
やがて先陣を切っていた隊員が目標を捉える。
「来ました!」
夜空を映したような深い青の蝶たちを、隊員の刀が素早く切り裂いていく。
「大路中隊!警戒せよ!敵の巣穴は近いぞ!」
「了解ッ!」
先行の大路中隊長の号令に、皆に緊張が走る。
やがて昼を夜にするかの如く大量の蝶が姿を現すと、大隊は交戦状態へと突入した。
しかし敵の大元はこの蝶たちではない。もっと禍々しい何かがいる。
泉がそう感じ取ったとき、左翼方向から榎本中隊長の声が上がる。
「大隊長!いましたぜ!大将首!」
榎本中隊長の声を聞きつけると、後方にいた泉はすぐさま副隊長とともに左へ駆けつける。
「どいつだ!」
「あいつです!木の上、蛇みたいなの!」
泉が木を見上げると、そこには下半身は蛇、上半身は人間の男のような白い化け物が木の枝に巻き付いていた。
「あれか!」
遠くの木にいた目標を補足すると、泉は水きりの石のように真っ直ぐ対象めがけて突き進む。
副隊長の滲は、一人飛び出した泉に代わり、隊員たちに指示を出した。
「榎本中隊、前へ出ろ!私と大隊長の援護だ!大路、宇野中隊は周囲の蝶を相手どれ!指揮権は宇野中隊長に預ける!」
「了解ッ!」
副隊長の迅速な指示に、大隊は各方面に散らばっていく。
蝶を相手どるよう指示された宇野中隊長と大路中隊長は即座に二手に分かれ敵を分散させる。
大路中隊長は腰の双剣を抜き、宇野中隊長は四尺の大太刀を振りかざす。
二人の中隊長とその隊員たちにより、蝶たちはまるで花弁のごとく散っていく。
その活躍目覚ましき中、泉は木の上の蛇目指して飛び上がった。
近くで見ると大きい。大人の男三人分くらいはありそうだ。
『オヤ、かわいいお嬢さんだネ』
蛇男は鱗の浮かんだ顔を泉に向けると、優しそうにニヤリと笑った。そんな男に泉は目をめがけて短刀を振り下ろす。
『オット、乱暴だナァ』
ゆったりと話す蛇男は、木に蜷局を巻いて泉の短刀を避けた。
避けられた泉は木の後方に着地する。
その途中、追いついてきた榎本中隊が見えた。
『マダいるのか』
蛇男は目だけで榎本中隊を補足すると、白い指先を地面へ向けた。
「…ッ!榎本中隊退避!何か来るぞ!」
いち早く異変を察知した滲は中隊に指示を出す。
副隊長の命に即時対応した榎本中隊長は止まれたが、急な山の傾斜を前傾姿勢に走っていた隊員たちは、勢い余ってなかなか止まれない。
するとその数名の隊員たちの足元に、巨大な魔法陣が浮かび上がった。
「!」
魔法陣は薄桃色の光を放つと、叫び声をあげる数名の隊員たちを拘束した。
西洋魔術か…。
泉は蛇男を睨む。
『邪魔だナァ。大人しくしててクレヨ』
蛇男の気が隊員に逸れたその一瞬、泉はもう一度飛び上がり、蛇男の死角の木の真下から短刀を構えた。
『やめてよネ、そういうノ』
呆れたような声を出す蛇男は、今度は泉を避けようしない。
その隙に蛇の腹に切り込もうとしたその瞬間。
「!?」
隊員の一人が、泉の眼前に飛び込んできた。
刃を構えた隊員に、泉は短刀で応戦し、後方に飛び距離を取る。
「大隊長ッ!」
榎本中隊長の方を振り返ると、複数の隊員が味方であるはずの中隊を襲っている。
操つられたかッ!
それは先ほど魔法陣にて拘束されていた隊員たちだった。
開いているが目は虚ろで、おそらく意識がない。先の魔法陣は隊員たちを操る物だったらしい。
『ホラ、踊れ。踊れよ』
複数の相手を自在に操れる魔術。しかも相当練度が高い。
使い慣れている。これを野放しにしておけば間違いなく大変なことになる。
泉は白蛇の男に向き直ると、すぐさま大声で指示を出した。
「榎本中隊、副隊長とともに操られた隊員たちを捕らえろ!この蛇は牢獄行きだ!私が対処する!他は一匹残らず掃討しろ!」
「了解しました」
副隊長は即座に操られた隊員の足を払い拘束する。滲に拘束されたところを見るに、操られた隊員は力の半分も出せていない。ならば…。
「来い!榎本中隊長!」
泉の呼びかけに、榎本中隊長は中隊を副隊長に任せ泉の下へとやって来る。
そして銃剣を構え、泉と応戦した隊員に蹴りを入れると、そのまま隊員を吹き飛ばした。
榎本中隊長が隊員に蹴りを入れたその瞬間、がら空きになった蛇男の腹に、泉は刃を突き立てる。
『はガっ』
一撃のもとに仕留めたかのように見えたが、蛇男は白い体を赤く染めながら地面へと器用に着地する。そして泉たちに振り返ると、蛇男は苦しみながらも余裕の笑みを浮かべた。
『またネ』
泉が木から飛び降り、真上から蛇男に刃を突き立てようとすると、蛇男は即座に尾を翻した。蛇男は足がないにも関わらず、風の如き速さで逃げていく。
あちらは宇野、大路中隊長のいる方向…!ならば…!
泉が両中隊長に指示を出そうとした瞬間、視界の端に何か淡く白いものが見えた。
頬に冷気を感じ振り向くと、山の遠くに変色した木々とは違う、冬のようにしんしんと降り積もる雪が見えた。
泉ははっと副隊長の方に視線を向ける。
『雪には気をつけろ』
先生の言葉を今思い出した。
「副隊長!?」
しかし泉が目を向けた時にはもう遅い。
副隊長は隊員たちの声など聞かず、拘束した隊員を置いて、その場から雪の降る方へ走り出していた。




