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薄明の空を君と見ながら。  作者: 佐野いさ
閑話、隊員たちのほのぼの日記
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榎本絵画鑑賞会 後編

「それではいきます!先行は一番大隊特攻隊長のボク!題名は『ある日曜の休日』さ!」


 大路はいらなくなった紙の裏をドンと四人に見せつける。


 自信たっぷりの大路の絵は群像画。恐らく自分の恋人たちであろう人物が生き生きと描かれていた。庭で茶会を開く乙女たちの様子は、まさに大路を象徴するに相応しい題材だった。


「どうだい!ボクの自信作さ!」


 ドヤ顔の大路は白く美しい歯を見せて笑う。


「上手っ」

「すごーい!」

「…そういえばあなたには教養がありましたね、一応…」


 素人二人が称賛の拍手を送る中、滲は絶対下手だと思っていたのか驚きの声を上げる。

 元女学校伝説の男前は、頭は良くないが、やはり庶民とは格が違うらしい。


 なんだか悔しくなってきた滲とは裏腹に、頬杖をついてダルそうにしていた榎本は「ほお」と興味深そうに顔を上げた。


「おもしれーな。特にこの辺」


 トンと指先で榎本は絵の中の人物の頬を指し示す。

 その人物たちは、ただ美しいだけではなく、皮膚の血色の悪さや爪の歪さ、本来美しさからは懸念される部分まで緻密に描いていた。


「なんかお前って感じがするな」


 ありのままの現実を愛する大路は、これをまがいもなく美しいと思っている。

 その価値観が大きく反映された絵だと榎本は思った。


「おお、榎本が大路中隊長を褒めた…」

「めずらしい…」


 いがみ合うことの方が多い二人がこうして仕事と関係ないところで顔を突き合わせることは珍しい。褒めると言ったらなおさらだ。


 滲が「今日は雨ですかね?」と言ったところで、榎本は気を害したのか次の絵を見る。


 二番手は泉。一枚の絵を「じゃじゃーん」と掲げる。


「題名『でえと』!」


 線もふにゃふにゃで下手だからわかりにくいが、題名からして滲との街デートの様子を描いたようだった。

 一組の男女が紙の真ん中で手を繋いでいる。


「ヒューヒュー、お熱いねえ?」


 宇野が滲を肘で小突く。


「泉さんなんでこの題材を…」

「いいじゃないか。キミとのデートがよっぽど嬉しかったんだろう。手なんか繋いでるし!」


 冷やかしにしか聞こえない大路の励ましを受け取りながら、滲はここではやめてくれと顔を赤くするのだった。


 そうとは露知らず泉は満面の笑顔で榎本の評価を待っている。


「ふーん、いいじゃねーか。楽しそうなのが伝わってきて。この辺とか、かわいいと思うぜ」


 榎本は幻想の入り混じった、宙に浮いた大きなリボンを指し示す。

 空白を埋めたかったのか、それともただ可愛いから描き足したかったのかはわからないが、泉の描いたリボンはどこか不思議な感じがする。

 蝶のようなリボンの両端とは別に三つ目の結び端があったり、おかしなところが途切れていたりする。これではリボンは結べない。

 しかし泉はそんなことは知らない。幼いころから軍部にいる泉は、リボンの構造などはっきりとは知らかかった。


 そういえばそんな経歴があったなと榎本は自らの大隊長を横目に見る。


「そうだろ!やはりそう思うか?かわいい?ふへへっ!」


 が、無邪気に笑う泉とは対照的に、滲は赤らめていた顔を変え、榎本を睨みつけた。


「榎本、それは泉さんではなくこの絵がかわいいと言ったのですよね?ねえ」


 普段かわいいなんてことは絶対に言わない榎本が泉にそれを使ったことが気に食わなかったのか、滲は怒るとき独特の薄い笑みを浮かべる。そして自分の絵の紙がくしゃくしゃになることも厭わず、榎本の顔面に押し付けた。


「さあ、私のはどうでしょう?私のにもかわいいって言ってくれてかまいませんよ?」

「痛たたたたッ!お前が批評しろとか言ったんだろ?オレだって精一杯無い頭で言葉絞ってんだよ考えろよな!」


 人の気も知らないでと榎本は舌を打つ。

 しかし滲は自分が言ったことを本当に律儀に守っているなんて思いもしなかったのか少々面食らっている。


 榎本は顔に押し付けられた紙を引きはがすと、まじまじと滲の絵を見つめた。


「おれも見~せてっ」

「私も!」

「ボクも!」


 榎本を囲むように三人はじっと手の中の絵を見つめる。

 そこに描かれていたのは、自然の風景と人の姿だった。


「題名は…まあ特にありません。決めていませんし、あえてつけるなら『自然』?でしょうか」


 大路とは違い、何の捻りもない見たままの名。


「おお上手だな!」

「色遣いの濃淡が綺麗だね!」

「え、うそ?皆上手すぎない?おれ最後とかヤダな…」


 強制的に四番手にされた宇野は嘆きの声を漏らす。

 しかし榎本は滲の絵に無言で眉を顰めた。


 どこかの山の麓を描いたのだろうか、大路の言う通り木々の葉の濃淡はそのまま光の反射を表し、形の異なる一枚一枚が瑞々しく生い茂っている。しかしその下にいる人々は違う。脚、胴、腕、首、顔、全て人間の形をしているのに、どこか歪で、表情はまるで仏像や能面のように笑っているとも、怒っているともとれない、言い知れぬ恐ろしさを感じる。しかもそれが全員同じ顔という狂気。

 榎本はこの落差に驚愕した。


 ふと目線を上げてみると、滲は「まだですか?」と榎本の評価を待ちくたびれたように首を傾げた。

 本当にこれが普通でないと思っていないようだった。

 榎本はまた滲の絵に視線を落とす。


 榎本の持論だが、絵は描き手が普段何を見ているのかを表すものだと彼は思っている。

 不完全であれ、稚拙であれ、玄人でもなければ、描きたいものには自分の印象が少なからず反映される。

 大路は大切な恋人たちを。泉は少女らしい憧れを。

 しかし滲の絵はどうだろう。細部まで描かれた植物とは違い、まるで人の見分けがついていないかのように取ってつけたような置物同然の人間たち。


 会った時から思ってたけど、こいつ本当に他人に興味ねーんだな…。


 榎本はため息を吐くと、滲に向き直った。


「いいんじゃねえの?お前らしいし、自然が主役なら正反対なのが映えるわ」

「正反対?え、なんです?」

「お前は大隊長のことしか見てねーんだなってことだ幼女趣味」

「あー!ついに言いましたねッ!?今まで誰も気を遣って言わなかったことをついにッ!言っておきますけどねっ、泉さんはこう見えて結婚できる年なので幼女趣味じゃ…!」

「はい次~」

「聞きなさい榎本ッ!」


 自分でもいつかは言われると思っていたのか、熱く饒舌に語りだす滲を無視して、榎本はよこせと手招きする。


「はーい、次はおれね。皆の後にこれとか恥ずかしいんだけど…」

「いいって。別に誰もそんなに上手くねえよ」

「やめてその励まし方!敵作っちゃうから!」


 協調性を大切にする宇野はやや個人主義な榎本の発言にヒヤリとする。

 しかし榎本はそんなことは気にせず宇野の絵を皆に見えるよう机の上に広げた。


 すると。


「うわっ」

「え…!?」

「わお!」

「なんです?これ…」


 複数の丸の中に三つの点があり、その下には半円のようなものが線画で描かれている。


「え、えーと、一応人間の…つもり?」


 下手なことを自覚しているのか、宇野は自信なさげに苦笑いを浮かべる。

 その絵はまるで手の拙い赤子が描く頭足人画のようだった。


 しかし特筆すべきはそこではない。人間を描いたならなおさら怖い。その皮膚と背景は毒々しい極彩色で塗りつぶされていた。


 普段の温厚な宇野からは想像もつかないほどの狂気的な絵に三人は驚愕する。


 しかし審査員である榎本は一人興奮気味に沸き返っていた。


「すっげー!なんだこれ!めっちゃいいじゃん!」

「え、ホントに?」

「ああ!お前が一番才能あるぜ!」

「マジか!?そこまで言われると嬉しいなあ」


 宇野は照れたように頭を掻く。

 目を輝かせた榎本は大層気に入ったのか「これ頂戴!」と宇野に頼み込んでいた。


 取り残された敗者たちは困惑する。


 結局この日、榎本の語彙力がどうこうという話は、衝撃的な宇野の絵で全て吹き飛んだのであった。

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