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薄明の空を君と見ながら。  作者: 佐野いさ
閑話、隊員たちのほのぼの日記
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榎本絵画鑑賞会 前編

 一番大隊中隊長、榎本政虎(まさとら)の人生は否定から始まる。


 彼は宇野のように寛容ではない。大路のように高潔ではない。


 幼少の頃より、誰にも理解できない絵ばかりを描き続けた榎本は、いつしか頭のおかしな奴として扱われ始めた。

 他人に後ろ指さされ、言い返しているうちに彼の口は悪くなり、周りに理解者はいなかった。


 そんなある日、近所に宇野が引っ越してくる。

 彼は出稼ぎのために一人暮らしをするらしかった。


 通りを歩いても、右も左もわからなかった宇野は、ある青年を呼び止めた。


 それが榎本と宇野の出会いである。


 何でも受け入れる性格の宇野と、独創的な世界を持つ榎本の二人が仲良くなるのにそう時間はかからなかった。

 やがて宇野に勧められて榎本も軍に入ると、二人は同じ大隊に配属された。

 そこでは新しい仲間と、多くの受け入れてくれる者が存在し、榎本はここ、一番大隊が心地よかった。


 そんな彼は今、気だるげに一番大隊副隊長、井上滲の肩をバンバン叩き続けている。


「なあ、お前はアールヌーボーとヴァニタスだったらどっちが好き?」

「急に何の質問です?アールヌーボーですけど?」


 休憩時間、本を読んでいた滲を邪魔する形で榎本は話しかける。


 同い年の二人には、基本遠慮がない。


 他の隊員であれば本から顔を上げ、目を見て話すところだが、滲は榎本だからと文字の列に視線を落としたままだった。


「なんでアールヌーボー?随分即答じゃねえか」

「私は世の儚さを憂うより、生命を象徴するような方が好きです。…言った意味わかります?」

「いいや」

「はあ…」

 滲は少し長めのため息を吐く。

「あなたはどうして芸術に関しては横文字が使えるのに、批評の話になると途端にわからなくなるのですか?」

「うるせえ。どうだっていいだろ」


 常に多くの本を読み、知識豊かな滲は榎本唯一の芸術を語れる仲間である。

 しかしそれが故に榎本の方が知識負けするという残念なことがしばしばあった。


 すると。


「お!なんだい?楽しそうな話をしているね(裏声)」

「おれたちも混ぜてよ!(裏声)」


 先程まで向こうで話していた大路と宇野は何を思ったのか意味もなく裏声で話しかけてきた。


 その間に、泉も割って入る。


「なんだ?私も混ぜてくれ!」

「大隊長、裏声」

「はっ!私も混ぜてくれ(裏声)」


 なんの取り決めがあるのか、宇野は泉に小声で耳打ちした。


「別になんでもいいだろ?絵のことで…」

「あー、あっあー。裏声」

「オレにも強要すんな!勝手にやってろ!」


 茶目っ気たっぷりの大路の耳打ちに榎本は屈さず反論する。


「そうですねー、好きな絵の話をしていたんですよー(裏声)」


 仕事以外は存外愉快な性格をしている滲は三人に乗っかり裏声で返す。


「ほお!絵の話か!」

「ボクはね!あの、女の人の、あれ!」

「わかんねえよ」

「え?絵?おれ全然知らない。榎本か弟たちが描いた絵しか知らない」


 いつの間にか裏声を忘れた三人は珍しく絵について盛り上がっている。


 しかし宇野、そして盛り上がっているだけで名画など全く知らない泉はちょっと話について行けないとポカンとしている。


 そんな二人の肩を大路は抱き寄せた。


「なら自分で描けばいいのさ!絵は自由!せっかくなら榎本先生に見てもらおうじゃないか!ボクらの芸術を!」

「おー、マジ?おれも絵描きたい!」

「私も描くぞ!なんかすごい絵!」


 突発的な大路の提案に乗り気な二人は、もう絵の題材を考え始めている。


 だが。


「は?オレはやらな…」

「いい機会じゃないですか!」


 唐突に滲は嬉しそうに席から立ち上がった。


「見るということは鑑賞するということです。他者の絵を批評する語彙を身につけるのにちょうどいいじゃないですか!やりましょう皆さん。私はその意見賛成です」

「だろう副隊長!そのゴイとやらを一緒に身につけようじゃないか!」

「ゴイ~!」

「ごいって何?」

「おいッ!」


 こうして、四人とも語彙がわかっていない中、本人の了解も得ないで榎本絵画鑑賞会が行われることとなった。

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