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薄明の空を君と見ながら。  作者: 佐野いさ
閑話、隊員たちのほのぼの日記
56/64

宇野十人兄弟 前編

 それは何てこともないある日のこと。

 一番大隊の活躍のない平和な日。


 書類仕事に追われる面々は疲弊しきっていた。


「宇野、私より体力あるでしょう?もっと頑張ってください」

「はあ~い」


 副隊長の呼びかけに、一番大隊中隊長、宇野(はじめ)は気の抜けた返事をした。


「榎本、大路もです。怠けないでください」

「うい~すっ」

「はーい」

「大隊長、返事は?」

「はい…」


 筆の滑りが遅い泉は渋い顔で返事をする。


「はあ、皆さんまだ朝ですよ?そんなに疲れ切ってどうし…」


 バタン!


 頭を抱えた滲の後ろで、突如扉が開かれる。


「あ、にいちゃん!」


 滲が振り返るとそこには、とある人物にそっくりな幼い男の子が扉の前に立っていた。


「はじめにいちゃ~ん!」


 ぽてぽてとおぼつかない足取りで駆ける少年は、兄と呼んだ人物に飛びついた。


「うお!九太(きゅうた)!?久しぶり~!どした?」


 膝にくっついた九太という少年を宇野は腕に抱きかかえる。


「えへへ、はじめにいちゃんにあいにきたの!」


 腕の中でニコニコと笑う九太は、そのまま宇野が小さくなったかと思うほどそっくりであった。


「うわー!ちっちゃい宇野だー!」


 突然の来訪者に泉は目を輝かせる。

 しかし滲は顔をしかめた。


「あ、あの。弟さん?」

「きゅうた!」

「九太くん。どこから入って来たんです?部外者は立ち入り禁止のはずじゃ…」

「?でも、おかあさんがいいっていったからみんなできたよ?」

「え、皆?」


 嫌な予感がして滲が眉を潜める。すると。


 どたどたと廊下から複数の足音が聞こえてくる。そして開けっ放しの扉の向こうから大量の頭が執務室を覗いていた。


「え?」


 これには泉も困惑する。そしてその頭たちが顔を見せると、身長や性別はバラバラなれどその顔は、九太と同じく宇野と瓜二つだった。


「一兄ちゃ~ん!」


 どどどどどっと大量に部屋になだれ込んでくる宇野兄弟に一番大隊の面々は唖然とした。


「うわあああ!宇野がいっぱい!」


 突然の来訪者たちに泉含め一番大隊は混乱に陥る。


「すみません、許可も取らずに。うちの兄がいつもお世話になってます~」

「おお、二葉(ふたば)!」


 年長者であろう滲と同い年くらいであろう大人びた女性は隊員たちに頭を下げ、


「あ!榎本!」

「えももと!」

「榎本な」

三郎(さぶろう)八重(やえ)!」


 幾分か背の高い少年は小さな女の子を抱きかかえ榎本を指さす。


「きゃー!見て六花(りっか)!イケメンだわ!」

「ほんとね四織(しおり)!イケメンよ!」

「ありがとうお嬢さんたち!」

「四織と六花!」


 お年頃の二人の少女は大路の魅力に釘付けとなり、


「うわっ、ガキだ!ガキがいるぞ!」

「ほんとだ、ガキだ!」

「ガキじゃない!ここの大隊長!お前の兄の上司!」

五彦(いつひこ)七男(ななお)!」


 二人の少年は同世代の泉に喧嘩を売っていた。

 皆の名前を呼びながら、長男は歓喜していた。


 だが。


「やめてそれ書類!」

「待ってオレの武器!」

「い゛~!ガキじゃないもん!」


 あっちこっちでドタバタと問題が勃発しまくる現状に、宇野は一旦固まった。

 そしてこの大混乱の中、宇野は席から立ち上がり、低い位置に指先を掲げた。


「は~いお前ら、お兄ちゃんに抱っこしてほしい人この指と~まれ」

「わあああああ!」


 その一言に散らばっていた子どもたちは一瞬にして収束し、宇野のもとへと群がる。

 その様子を一番大隊は呆然と見つめた。


 やがて宇野が小さい子たちを軽々と腕に抱えると、年長者の二葉に声をかけた。


「なあ二葉、なんで来たの?」

「実は今日お母さんが風邪引いちゃって…。お父さんは畑仕事だし、移ると危ないからってお兄ちゃんのところに来たのよね。でもお兄ちゃんち鍵かかってたからこっちに来たって訳」


 宇野は実家の農家から出稼ぎに来ている。ゆえに宇野は一人暮らしだった。


「あれ?お前の家は?」

「私はこの子たちの面倒見るように駆り出されたのよ。でも私だけじゃ無理と思って。旦那のお母さまもいるし何かと面倒なのよ」

「あ~、そりゃしゃーない」

「でしょ?」


 結婚している二葉の悩みに宇野は同意する。

 するとその間に宇野の腕から抜け出した八重が榎本の方へと近づいた。


「ねーえももと、えーかいて」

「やだよ。なんでてめーのために描かなきゃならねーんだよ」

「おかあさんげんきにするため」


 少女の言葉に榎本は固まる。そして一枚の紙を取り出すと、八重を自らの膝の上に乗せた。


「…何描いて欲しんだよ」

「えっとね、おはな」


 榎本は渋々要望通りの花を紙一面に描き始める。色とりどりに描かれた紙の上の花畑に、八重は満足そうにはにかんだ。

 すると宇野は八重の方を見て微笑んだ後、兄弟たちを抱きかかえながらピタリと動きを止めた。


「ん?あれ?十兵衛(じゅうべえ)は?」


 宇野の言葉に隊員たちは戦慄する。


 しかし宇野兄弟である二葉はあっけらかんとこう言った。


「実はここに来る途中で見失っちゃって~。一緒に探してもらおうと思ってきたとこ」

「それ先に言ってッ!?通りで九太がちっちゃく見えるわけだ!」


 慌てて抱えた兄弟全員を下ろそうとした宇野にまた暴れられては困ると考え滲は待ったをかける。


「あの、その十兵衛くんというのはおいくつです…?」

「さんさいだよ?」

「三歳!?」


 滲の問いかけに九太は短い指で三を作る。

 二十八歳長男との年齢差に滲は驚愕した。


 だが、それを聞いた途端に泉ははたと動き出す。


「なに!?それは大変じゃないか!一番大隊出動だ!十三兵衛を探せ!」

「大隊長、十兵衛です」


 宇野に突っ込まれながらも、色んな数字が出てきてややこしくなった泉は三歳、十兵衛の名を盛大に間違える。

 しかしこの指示に一番大隊はほぼ総出で動いた。


「ちょっと待ってください!仕事…!」


 一人紙束を持ち、引き留めようとした滲に大路が肩を叩く。


「困っている人を助ける。これも立派な仕事だよ、副隊長」


 きりりとした片目を瞑り、滲に笑いかける大路は、四織と六花の歓声を浴びて颯爽と部屋を立ち去る。


「かっこいい!イケメンとイケメンの掛け合いだなんて!」

「王子様みたい!素敵!」


 美形二人に胸をときめかせている四織と六花は花に誘われる蝶のように、大路にひらひらとついて行く。

 しかしそれを好機と捉えたのか、宇野は下の子たちに指示を出す。


「よおしお前ら!八重と三郎は榎本、五彦と七男は大隊長、二葉と九太はおれと副隊長について行け!解散!」

「待てください解散は…ッ!」

「「「「「「わあーーーーーーー!」」」」」」


 滲が引き留める間もなく宇野兄弟たちはそれぞれ散らばる。


「えももと」

「早くしろ榎本行くぞ!」

「なんでお前が仕切ってんだよ!?」


 八重を抱えた三郎は走り出し、


「えー、おれこのガキと?」

「ガキじゃないついてこい!五彦!七彦!」

「七男」

「むッ~!」


 名前を間違えた泉に五彦と七男は連れられて行った。


「ちょっと待ってください!あの組み合わせは大丈夫なんですか!?」


 明らかに年齢層が偏った泉班に滲は叫ぶ。


 だが宇野は「え?そんなこと?」と平然としていた。


「大丈夫だって。大隊長は率いる力もあるし、あいつらも困らせる真似はしないよ」


 できると踏んだ宇野は滲を安心させるようにポンポンと頭を叩く。

 まるで自分の弟に対するような接し方に滲は目を見開いた。


「それより十兵衛だよ!おれらも探しに行かなきゃ!」


 滲の頭から手を離した宇野は九太を抱えそそくさと部屋を出る。その後ろを辿る二葉の後を、滲もぼんやりとついて行くのだった。

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