別種の魔族
中隊を引き連れた榎本が、瀬川と火のついた山と反対の、南側の山へ足を踏み入れた時。
「おい、あの野郎が言ったこと説明しろよ!別種ってどういう…!」
「うちの菅中隊長の言葉足らずと口の悪さが本当に申し訳ないわね。順を追って話すわ」
同僚に呆れ声を出しながら瀬川は斜面をひた走る。
「まずは最初の違和感。昨日昼頃、私たちはハナヤマト東の海岸で怪火に襲われたわ」
「それが?」
「おかしいと思わない?東の海岸からここまでは、私たちが怪火を丸一日追いかけてたどり着いた場所よ。それなのに、あの大岩でうちの大隊長たちが、昨日閉じ込められたというのはどういうこと?」
「!?」
「遠隔でそういうことができる魔法があるのかもしれないけど、それにしたって不自然よ。…あの岩、かなり丁寧に削られていたわ。わざわざ手駒の隊員に怪我させるような崖を登らせたり、大隊長に娘さんがいることをそもそも知らなかったり、ぶっつけ本番要素の強い奴の作戦とは思えない。…彼はそう考えてるのよ」
榎本は思わず息を飲む。
言われてみれば昨日の昼から三番大隊を襲った怪火は、昨夕からいなくなった泉たちを閉じ込めることは不可能。
ならばなぜそんなことが出来たか。協力者がいると考えれば自然だ。
「そういうことかよ…」
多くはわからなかったが、虫食いながらも理解した榎本は、周りに視線を走らせ舌を打つ。
「そう。そしてこのことは閉じ込められたあなたたちの副隊長さんなら、昨夜私たちが走り回って見つけた水の件を聞いた時点で気づいてもいいはず。菅中隊長はそれに苛立ったのでしょうね。短気でごめんなさい」
「いや、いい。あんたが言ったわけじゃねえし」
自分もまあまあ短絡的な榎本は、苦い顔で言葉を躱す。
だが、心の中で滲に懸念が募るのも事実だった。
「しっかし、あの皮肉屋なら確かに気づきそうなことだ。なのになんで?まさかオレらの馬鹿が移ったか?」
「え?」
素っ頓狂なことを考える榎本は瀬川を驚かせながら、次第に頭を使うことを止める。
「まあいい。今は別種とやらが最優先だろ?」
「ええ。あと、それから…」
「?」
今まで冷静沈着だった瀬川の表情が、わずかに曇った。
「これは私の憶測でしかないのだけれど…、魔族は恐らく氷結系じゃないかしら」
「氷結?」
「火の回りが東と北に集中しているのは、きっとこちら側に別の魔族がいるから、意図的に避けていると思うの。けれどそれだけじゃなさそうね。だってどう考えたって寒すぎるもの」
そこで榎本は初めて気づく。走っていて体が熱いのは変わらないが、先程麓にいた時よりも気温が下がったことは確かだ。それは吐く息の白さが、進むごとにどんどん濃くなっていくことが証明している。
そしてこの寒さは、この村に来るときに感じた異様な寒さと同じだった。
「極めつけは香山大隊長の離脱。あれは恐らく装置のオーバーヒート。怪火の熱に耐えられなくなって上空に冷やしに行ったのよ。けれどこの飴を燃料に威力を上げたとはいえ、常時降っているのだから炎の熱量自体は変わっていないはず。なのに香山大隊長が助けを呼ぶ暇もなく装置がオーバーヒートし、戦線離脱を余儀なくされたか。それは外気温が急激に上がったからだと思うの。そしてそれが事実なら…」
ぶつくさと自論を垂れる瀬川の言うことが半分も理解できなかった榎本だが、最後の言葉だけは聞き取れた。
「…それが事実なら、怪火の力を抑え込む、怪火とは真逆の能力を持つ者がいるということよ」
瀬川の説明に、榎本はようやく合点がいく。
つまりそれは怪火と拮抗するだけの、またはそれ以上の力ある魔族がここにいるということだ。
「だけど、疑問も残るわ」
「は?疑問?」
やっと説明を理解し終えた榎本は、まだあるのかと嫌な顔をする。しかし瀬川は俯き加減にぶつぶつと続ける。
「どうして怪火は真逆の能力を持つ魔族と協力なんてしたの?自分の能力に邪魔じゃない。そもそも魔族が徒党を組むこと自体珍しいのに…。それと」
顔を上げた瀬川はあることを口にする。それはこの局面の根幹に触れる問いだった。
「どうして、その魔族は姿を現さないの?」
その問いに、榎本も首を傾げる。
だがこの時、遠く山の頂上から二人を見つめる視線があった。
『ほう?気づく奴がおったカ』
それは枯れた松の葉のような毛を持つ大猿と、黒曜石のような角を携えた黒鬼の視線だった。




