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薄明の空を君と見ながら。  作者: 佐野いさ
三章、三番大隊編
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無能

 二番大隊から水を受け取った一同は走り出す。

 すると香山を追った宇野・菅、榎本・瀬川、大路・園寺は、横から現れた者たちに、三方向同時に行く手を阻まれた。


 丸焼きにされそうだった菅を、宇野はすんでのところで引き寄せる。

 頬をかすめた炎の主を、菅は目視し、顔を歪めた。


「関くん…ッ」


 群衆の中心。統率するように立つその男に、菅は大層嫌そうに、熱いのに冷や汗を流した。


 姿はボロボロ。靴は履き潰れ、足は剥きだし。よく見ると、左手の骨が折れているのか異様な方向に曲がっている。

 その炎に、宇野たちは足を止めざるおえなくなった。


「その怪我、もう動いていい体じゃないよね?オレらが迂回した崖まで登らされて可哀想に。まだ酷使される気?」

「心配してクれるの?ありがとう菅。けど不満は副隊長に言っテね」


 強がりを見せた菅の言葉に、男は何でもないことのように答える。


「誰だあれ?」

「関中隊長。うちの武闘派よ。厄介だわ」


 小声で榎本が問いかけると、瀬川も苦い顔をした。


「あレ?瀬川と園寺さんまでいるの?まズいな。バラばラに通せば、これハ脅威だ…」


 折れた左手を全く気にする様子もなく、関は考え込んだように腕を組む。

 勝機を模索しようと関が無意識に目を伏せた。そのたった一瞬の隙に、瀬川が榎本の背の陰から水入りの竹筒を放り投げた。


 しかし。


「さすガ瀬川。油断も隙も無イ。けれど、君の攻撃は警戒されてルと思いな」


 竹筒から零れた水は、炎により一瞬で蒸発させられる。しかも関はその軌道を見てもいなかった。

 宇野、榎本、大路は菅と瀬川が苦い顔をした意味を理解する。


 戦い慣れした最小限の動き。その挙動と共鳴するように、飴によって不規則に弾ける炎を完璧に支配する技量。

 他の操られた隊員とはわけが違う。相当な手練れだ。


「けれど一番大隊まデいるのか…。そうだな…」


 思い悩んだ顔を上げ、関は余裕のある表情で、右腕を軽く上げる。

 それは魔族討伐部隊にとっての、一斉攻撃の合図だった。


 その動きを見た途端、宇野、榎本、大路の三人は菅たちを庇うように立つ。すると火の裏に潜んでいた印の隊員の一人が、横から大路を蹴り飛ばした。


「ぐあッ!」


 衝撃に耐えきれなかった大路はすっ飛ばされ、土埃を上げ地面に膝をつく。


「大路!」

「大丈夫さッ。それより前だよ榎本!」


 大路の声で前を振り返った榎本は、瀬川を狙った隊員に肘撃ちを入れる。


「宇野!」

「こっちも大丈夫。菅くん無事」


 榎本の声に、宇野は菅をお姫様抱っこした状態で、既に足元に隊員を跪かせていた。


「え?超屈辱なんだけど?」


 腕の中の菅は、向かってきた隊員を避けるためとはいえ、成人を越えた身で軽々と横抱きにされてしまった現状に、不服と困惑を覚えている。

 この現状に、関は大きく目を見開き、攻撃一時中断の合図を送った。


「すごイや。守り切ったね。拍手したくなっちゃった。今は無理ダけど」


 感動したと手を鳴らそうとしたところ、垂れ下がった左手を見て、関は悲しそうに肩を落とした。

 それを榎本は気味悪く見つめる。


「何だこれ?ホントに操られてんのか?オレらが見たことある奴って、もっとこう…」


 蛇男の時を思い返す榎本は、目の前の現状との差に違和感を持つ。


 以前自分たちの隊員が操られた時は、意識すらなく、体だけが動いていたような状態だった。

 なのに今回は、意識があるだけでなく、さらに操られた者同士で、まるで中隊のような連携を取った。


 いぶかしげに目を細めた榎本に、瀬川が答える。


「恐らく今回のは精神干渉系ね。と言っても、もはや洗脳に近い感じだわ。自我はそのまま。指示と力だけを付与されたようなものよ」

「お、おう…」


 懇切丁寧に説明してくれたが、全く理解できなかった榎本は、申し訳程度の曖昧な返事をする。

 するとそれを察した園寺が助け舟を出してくれた。


「まあ要は今回と前回は違う。水をかければ解決ということじゃよ」


 さすが年の功と言うべきか、子どもでもわかる単純な説明の上、次にやるべきことまで明言してくれた。

 それを一番大隊の三人は完全に理解する。


「なるほどね。つまりここをちゃっちゃと突破して、お嬢さんたちを救いに行かねばならないということか!」

「そーゆーことじゃ」


 大路の示した目標に、榎本、宇野は鋭く焦点を合わせる。


 見据えたのは関のその先。

 揺らめく炎の隙間から、微かにのぞく緋色の羽織。


「いいね。やってやろうよ」


 宇野がジリリと足を踏み出した瞬間、関は再び攻撃の合図を送る。

 カランコロンと音を立てて降る飴の雨によって、四方から不規則に爆ぜる炎が宇野たちを襲う。


 だが。


「氏原ッ!!」


 叫んだ宇野が菅を抱えたまま上に飛ぶと、群衆の背後に大剣を携えた女が現れる。


「!?」

「おらああああ!」


 関が気づいたときにはもう遅く、群衆の一角は鞘ごと抜かれた大剣により、脆くも崩れ去る。そしてそれと同じことが他二角でも起こった。


「「はああああああ!」」


 新たに現れた男二人が、刀と巨大なトンカチを振り下ろし、榎本、大路の前に風穴を開ける。


「小田島!来てくれたんだね!」

「枝中よくやった!」


 後ろに気を取られ緩んだ炎の前に、大路、榎本は、身を翻し突進していく。

 そして乱れた陣形を立て直そうとよそ見した関に、跳躍していた宇野は上から強烈な踵落としを食らわせた。


「グはッ!」

「おっと」


 関の倒れ込む先、園寺は咄嗟に地面に竹筒の中身を投げ、水たまりを作る。

 そこへ宇野が関の頭を片手で鷲掴み、その腕力で強引に体を捻り、関の顔面を濡れた地に叩きつけた。


 菅は宇野の修羅の如き戦いぶりに青ざめる。


「もっと優しくしてあげようよ…」

「え?ああ、ごめん!痛かったかな…?」


 申し訳なさそうにしている宇野はさっきと同一人物とは思えないほど温厚だ。

 だが、正気に戻ったようだが、気絶した関に問いかけても答えは出ない。


 しかし中途半端に自我を持つ群衆は、ただの中隊同様、頭がやられたとなれば自然統率を失う。

 そこから咄嗟に他の一番大隊中隊も駆けつけ、榎本たちの快進撃は、もはや誰にも止められなくなった。


 三番大隊頭脳派三人衆は、その一方的な戦いぶりに呆気にとられる。

 だが、そこで菅がピタリと止まり、ある嫌なことに気が付いた。


「ちょっと待って。ここにいる中隊何人?」

「え?おれと榎本と大路の中隊だから…」

「全部集まっちゃったの!?段取り悪ッ!お前らバラけてあれ追うんだよ!馬鹿かよ!?」

「ええ!?」


 腕の中で喚く菅に宇野ははっとしてうろたえる。


 が、しかし。


 菅が指さした先。頭脳派三人衆は信じられないことを目撃した。


 なんと香山が怪火も、人質も置いて、天高く上空へと、真っ直ぐ飛び去ったのだ。


「!?」


 この事態に三人衆のみならず、宇野たち一番大隊も困惑する。


 今、ここで一番大隊が足止めを食らい、実質怪火を追えているのは香山だけの現状で、香山が一瞬でも戦線を離脱することはあまりにも危険。それは飛び立った本人も自覚しているはずだ。

 にも関わらずどうしてと皆が動揺する中、菅だけは違った。


「あっ、そっか…」


 それを理解した瞬間、菅の顔はみるみる恐怖に染まっていく。

 そして振り向きざまに一番大隊に問いかけた。


「お前らの副隊長は無能か?」


 唐突に罵倒された面々は「は!?」と怒りを露わにする。


「お前何言って…」

「そうだよ、海で襲ってきた時も崖登りも、火の回りも!さっきの大隊長の奥さんのことだって、全部段取りが悪いんだよ…!なのに今回に限って、しかも昨日って!最初からおかしかったんだ!君らの副隊長は気づいてないの!?それとも気づいてて言ってないの!?」


 榎本の怒号も遮り、菅は取り乱したように声を上げる。

 その意味が、一番大隊にはわからなかった。

 しかし菅の意図を理解した瀬川と園寺は、彼の言葉を制した。


「なるほど。菅、言い方は良くないけど、わかったよ。確かにこりゃマズい」


 園寺は周りに視線を向けると、芳しくない面持ちで指示を出し始める。


「瀬川ちゃん、せっかくここにいるんだ。榎本中隊を引き連れて火のない山を捜索して」

「了解」


「菅と宇野中隊は引き続き怪火を追って。ワシと大路中隊は一旦下がろう。体制を立て直す必要がある。いいね?」

「チッ、わーったよ。行くよ宇野くん」

「え?あ、うん…?」


「ちょっと待て!オレらはなんで…!」

「説明は後よ榎本中隊長。ついてきて」

「ボクらも下がるのかい?一体どうして」


 混乱する一番大隊に園寺は、誰でもこの危機がわかるように、簡潔に言葉を紡ぐ。

 だがその言葉は、この場にいる全員を凍り付かせるものだった。


「簡単に言うとね。“別種”がいる。怪火とはまた違う、別の魔族が」


 静かに言い放たれたその言葉に、一同は驚愕する。


 そして現状の危うさを、ようやく理解した一番大隊は素早く三方向に散ったのだった。

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