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薄明の空を君と見ながら。  作者: 佐野いさ
三章、三番大隊編
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救いの水を

 滲は香山に抱えられ、上空から村を見渡す。


「山の黒煙が風に煽られて村の全体像が見えない。これではどこに誰がいるのかわからず、空からの避難誘導は不可能か。ならば理想的なのは地上戦。しかしそれも大岩を何とかしなければどうにも…」


 香山の腕の中で、滲がぶつぶつと思考を巡らせていると、急にドカン!と大きな音が聞こえる。

 二人が進行方向を見下ろすと、そこには大岩を粉々に砕いた宇野がいた。


「あ!副隊長―!無事でよかった!助けてー!」


 佐々木大隊長ですら諦めた岩の破壊を、易々とやり遂げたことに、滲は自分の隊ながら衝撃を通り越して、もう若干の恐怖を覚えていた。


 二番大隊は既に大岩付近にいた住民たちの避難を開始しているが、宇野は自分だけじゃどうしていいかわからないと情けなく叫んでいる。


 唖然としていた香山が急降下し、避難民たちのもとへ降り立つ。そこには煤だらけの三番大隊がいた。

 香山と滲は咄嗟に身構える。


「あ、違う違う。オレたちは操られた奴らじゃなくて味方。三番大隊の頭脳派三人衆、菅、瀬川、園寺中隊長で~す。戦力外でごめんね」


 軽いノリで避難誘導をしている菅は、必要事項だけ伝えると目つきを鋭くさせる。


「で、状況は?」


 切り替えの早さに滲は少々面食らった。だが今はそんな場合ではない。


「現在、火の魔族怪火が佐々木、有明大隊長のいる北の山から逃走。狙いは佐々木大隊長の奥様で、私怨によるところが大きいかと」

「え?佐々木大隊長の奥さんって誰?」


 一つの特徴も聞いたことがないのか、菅は見当つけずにあたりを見回す。

 その裏で、香山は園寺たちとともに北の山の情勢を話し合っていた。


「お二人に装置を届けられれば何とか…」

「向かわせる隊員を絞ろう。避難誘導はお主らの方が得意か?」


 すると住民たちが集まっていた小さな家から、菅の問いに反応したように、ひょこりと黒衣の女性が手を上げる。

 その特徴的な姿に、誰もが目を疑った。


「え、あ、そうなの…?へー…」


 先程まで強気だった菅も、これにはたじろぐ。

 顔の見えぬ姿にいぶかしげな目を向ける隊員も多いが、それを隣にいた娘、雪希が睨みつけた。


「何?母に文句でもあるの?」

「いえその視線だけで十分ですお父さんそっくり」


 菅は雪希が怖かったのか綺麗に掌を返す。

 佐々木大隊の隊員を一瞥しただけで納得させるほど、雪希の視線は似ていたらしい。

 雪希はそんな隊員たちを見向きもせずに、母の手を取る。


「さ、わたしたちも避難しましょ。…って、月穂は?」


 雪希は細い道を越えるため列になっている住民たちの中を探す。

 しかし月穂が出てきたのは、雪希たちが後にした家の中からだった。

 大きな風呂敷を背に担ぎ、両腕にはあふれんばかりの書物が抱えられている。

 雪希は妹の執念に絶句した。


「遅れて申し訳ありません姉さん!さあ今こそ避難をっとっと…」


 荷物の重さによろけている月穂はペタンと地面へと手をついた。


「うわー、お姉さん…。火事で一番やっちゃいけないことやってない?」


 菅が呆れ声を出す。


 火事において大量の荷物を持ち出すことはご法度。通路を塞ぎ、人が通れず、被害が拡大するからだ。それをただでさえ狭いこの一本道でやろうとしている娘の姿を、母親は黒子の下から恥ずかしそうに見つめていた。


「はい没収ね。どーでもいいからそのまま逃げて」

「そんな!わたしの生涯をかけて集めた…」

「早くしないとこれ火の中にぶん投げるよ?」


 とんでもない脅し文句で月穂を黙らせた菅は、没収した荷物をポイと家の中に投げ入れる。

 その中身の価値がわかっている滲は、思わず身が震えた。


「ねえ、住民ってこれで全員?」


 菅の問いかけに晶子は首を振る。


「東側の人を呼びに行った、三女がまだ…」


 その時、村の奥から一家と思われる数名の人物が走って来る。


「おーい!兵隊さん助けてくれ!花奈ちゃんが戦ってるんだー!」


 先頭を走って来た中年の男性の言葉に皆がピクリと反応する。


「花奈……!」


 黒子の女性の態度で、それが三女だと全員が認識する。

 すぐに隊員たちはその先に目を凝らす。

 そこでは、山の麓付近で戦斧を持った女性と、隊員服の男、さらにはそこに緋色の羽織を纏った小柄な隊員が戦いを繰り広げていた。


『おイおい嘘ダろ!てめエあノ時と何モ変わっテねえじゃねエか!』

「何を、言ってるの…ッ?わたしは、あなたのことなんか、知らないッ…!」


 劣勢の中、柚木は通すまいと取り残された住民たちが逃げる時間を稼ぐ。

 だがそれももう限界のように思われた。

 即座に隊員たちが柚木のもとへと走る。


 しかしそれがマズかった。


『!?』


 怪火は走ってきた隊員たちの方に目を向ける。

 すると遠くに今戦っている女と同じような顔が二つと、以前自分が倒されたときに見たままの姿の黒子の女がいた。


『おいオイオい!どういうことだ!?なんであの女が、四人も!?はあ?!』


 突然混乱し始めた怪火に、速かった香山が空から自らの武器を振り下ろす。

 だがそれを操られた隊員に防がれた。


『アあ、わかっタぞ…。あいツ結婚しテ娘がいるノカ。しかモ三人!こリャ佐々木は悲しムぜ…』


 怪火の笑みに全員がゾッとする。


『全員失ったラな!』


 おぞましく笑う怪火は、柚木を抱え走り出す。

 すぐさま香山が怪火に蹴りを放とうとするが、それを炎で防がれた。

 皆がそれに加勢しようと、気を取られたその一瞬。

 避難誘導に従っていた雪希、月穂、晶子が赤い魔法陣を光らせた隊員に体を抱えられた。


「うっそ!?」


 不意をつかれた菅たち避難誘導班は咄嗟に武器を構える。

 だが三人が連れ去られる刹那、雪希が隣にいた月穂を突き飛ばした。


「あ…ッ!」


 倒れた月穂を瀬川が受け止める。


「姉さんっ!」

「逃げなさい月穂!あなただけでも…!」


 一番大隊中隊長たちが鬼の形相で飛び出していくが、その前を炎の壁で遮られる。

 見るとそれは二人を連れ去ったのとも、今香山たちが戦っているのとも別の、新たに山から下りてきた隊員が放ったものだった。


「邪魔させなイよ?」


 姿を眩ませようとするその隊員を宇野たちが追いかけようとする。

 それを見た香山も、柚木を攫った怪火を追って、飛んで行った。


 しかしその時。


「待った!」


 味方の中から老人の大声が響く。


「無策に飛び込めば被害を拡大させるだけじゃ」

「ならどうしろっての爺さんッ!」


 普段温厚な宇野が園寺を睨みつけた。


「まあ落ち着ついて。今敵の親玉は香山大隊長が追いかけてくれとる。うちの大隊長の嫁さんたちは操られた者の手の中」

「それがッ?!」

「それが見せてやろう。菅」

「あーね、なるほど」


 呼びかけられた菅は、なぜか納得したように二番大隊の荷物を無言で奪い取る。

 そしてまた背後から迫る敵にそれをぶん投げた。


「なニ…!?」


 避け切れなかった操られた隊員はその中身を頭からかぶる。


 それは、二番大隊が後藤から持って行けと指示されていた水だった。


 水を被った隊員は急に動きを止める。

 そしてはたと顔を上げた。


「あれ?皆さん、どうしたんです?」


 きょとんとした隊員には、魔族訛りも掌の印も消えている。

 滲はその様に驚愕した。


「なるほど。水で操られた隊員をもとに戻せるという訳ですか…!」

「その通り。昨夜ワシらが走り回って掴んだ糸口じゃ。山から下りてきているこやつらに水をかければ、奴の手駒はいなくなる」


 必然的に皆の視線は園寺に集まる。


「班を分けよう。キュリー副隊長じゃな?少しでも対魔飛行を使えるお主は佐々木、有明大隊長に装置を届けてほしい」

「わかりました」


 キュリーは二人分の装置を抱え、五センチ浮いた足で斜面をかけ抜ける。


「避難もまだ済んでいない。その他二番大隊は避難誘導と住民の護衛。一、三番大隊は合同で山から下りてくる敵を食い止める。そして速かったものは香山大隊長の援護。これでどうじゃ?」


 園寺に皆が頷く。しかし滲だけが手を上げた。


「異議はありません。ですが付け加えとして、私だけここに残ってもよろしいでしょうか?」

「なぜ?」

「確率は低いです。しかし成功すれば、この状況を一発逆転できる案がございます」

「よかろう。なら一番大隊の中隊長に三番大隊の中隊長がつく感じでいこう。ワシは宇野中隊長に菅、榎本中隊長に瀬川、大路中隊長にワシということで」


 園寺は皆に顔を上げる。


「全部隊行動開始じゃ」

「「「了解」」」


 役割を与えられた隊員たちは、即座に行動を開始し、散開する。

 その中で、一人残った滲は、すすり泣くある人に目を向けた。


「わたしのせいで…。わたしが、本なんか持って行こうとしたせいで…姉さんたちが…」


 絶望に暮れる彼女は、地に膝をつけ崩れ落ちている。

 しかし滲はそんな彼女に声をかけた。


「月穂さん。あなたに、協力してほしいことがあります」


 顔を上げた月穂に、滲はあることを持ち掛けたのだった。

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