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薄明の空を君と見ながら。  作者: 佐野いさ
三章、三番大隊編
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牙を剥く、三番大隊

 目の前にいる隊員に足を止めた佐々木は泉たちを背に庇い、冷静に言葉を続ける。


「何してる、(せき)


 泉は佐々木の腕の隙間から、関と呼ばれた隊員を覗き込んだ。


「別に、なんでもいイでしょう?ただ副隊長に言われたことをやっているだケです」


 悠然と話しているが、節々に見え隠れする魔族訛り。脚は靴の底も剝がれるほどにボロボロなのに、まるで気にしたそぶりを見せない。極めつけはその掌。赤く小さな魔法陣が淡い光を放っている。


篠崎(しのざき)に?何を言われた」

「そうですね。こウ」


 まるで実演して見せると言わんばかりに、関はその手を空へと掲げた。

 すると掌の魔法陣は強い光を放ち、巨大な炎の塊が出現する。


「「「ッ!?」」」


 三人は危機を感じ、咄嗟に横方向に飛ぶ。

 その瞬間、炎は泉たちの元居た場所を焼き尽くした。


「あ、避けないでくださいよ。一応あナタは攻撃対しょ…」

『何しよウとしテンだ馬鹿?』


 もう一度炎を掲げようとした関の隣に、一人の青年が現れる。

 まだ二十歳とならぬ若い顔立ち。同世代よりも低い身長。討伐隊の軍服。だがその上には、見慣れぬ緋色の羽織を纏っていた。


「副隊長ゥ…」

『邪魔だドケ。あイつハおレの獲物ダ』


 軽快に篠崎は笑い出すと、言いかけた関を蹴り飛ばす。

 蹴り飛ばされた関は何本もの木々をなぎ倒し、大木に背を打ち付け気絶する。

 およそ人間のそれとは思えぬ力に泉たちは驚愕した。


『久シブりだなア、佐々木鉄宏。あノ女はどこだ?いるんだろウ?ナあ?』


 姿かたちは人間。しかし声や言葉は魔族。


「なるほどな…」


 佐々木は額に冷や汗を流し、顔を上げる。


「憑りつかれたか、篠崎ッ!」

『イヒひ火、正解』


 怪火は乗っ取った篠崎の体を使い、にやついたと同時に両手を顔の前で叩く。

 するとその手から天上へ、狼煙のように煙が立ち上がった。

 やがてそれが空へと到達すると、盆地一帯が灰色の雲に覆われる。


「何をした!?」

『気分ガ上ガって来ただけサ!楽しモう!』


 そう言うと怪火は、ぱちんと片手で指を鳴らす。

 泉と佐々木が何かを感じとり空を見上げると、あたりからはカランコロンと奇妙な音を立てて、ある物が降って来た。

 佐々木は頬に当たったそれをつかむと、眉を顰める。


「何だこれ、飴?」


 それは小さく、可愛らしい、色とりどりの千歳飴だった。

 泉と滲もその光景に呆気にとられる。

 しかし佐々木の手の中の飴はしばらくすると跡形もなく消えてしまった。


『美しいダろウ?おレのオ気に入りノ技』


 うっとりと積もらぬ飴を見つめる怪火は『イひヒ』と不敵に笑いだす。

 その瞬間、千歳飴が落ちた火は、爆発的に、一層激しく燃え上がった。


 泉たちは息を飲む。


『佐々木、おレはあの時ノ恨ミを一度も忘レちゃイない』


 怪火は佐々木に向き直る。


『守れルカな?アの時のよウに、あノ女を』

「…ッ!待てッ!」


 顔を青くした佐々木は怪火を止めようと思い切り槍を振りかざす。

 しかしそれが自分の部下の体であることに、佐々木は一瞬躊躇いを見せた。


『イッひッヒ!どうしタ!そんナもンかよ!オ優しイねえ?大隊長』


 怪火が嘲るように笑ったその一瞬、首元に何かが振り下ろされる。


『おっと、危ナい』


 それは滲が、鞘ごと腰から引き抜いた打刀だった。


「憑りついていようとなんであろうと、気絶させてしまえば後でいくらでも対処できます。…こちとら、やり方はいつもと同じなんですよ」


 目を鋭くさせた滲の言葉に、泉も素早く応戦する。

 はっとした佐々木を置いて、二人は怪火を追い詰める。


『チッ!邪魔スるなよ部外者!おレはお前らナんか興味なイんだよ!』


 怪火は両腕から拒絶するように紅蓮の炎を出す。

 それに泉と滲は素早く距離を取ると、怪火は他隊員を一斉に集めた。


『雑魚を相手どレ。佐々木ハ残せよ?あの女ノ最後を見せテやラなきゃいケないかラな』


 末尾の言葉に佐々木は目を剥く。そして怒りに任せ槍先を振るった。

 そこへ泉、滲も怪火を囲い込むように加勢する。


 しかし。


「なっ!」「おいッ!」「なに!」


 三人は別々の隊員に、足に縋りつかれた。


『イひヒ!お前の隊はイいなア、手駒が多クて。じゃあネ』

「待て怪火!」


 踏み込んだのも虚しく、佐々木は自身の隊員たちに足を捕らえられる。

 その様を怪火は『無様ダな』と笑い、逃げて行った。

 追おうとした泉と滲も、三番大隊の隊員たちにしがみつかれ、足を取られる。


 一人につき十数人の隊員が、三人を取り押さえる。

 帝國最大規模を誇る三番大隊はこの瞬間、その強みが全くの裏目に出ていた。


 だが。


「ふん!」


 泉は小さな体を捻ると周囲の隊員たちを振り払う。

 そして持ち前のすばしっこさで隊員を翻弄すると、両の手を地面につけ、足を回転させ全員の首に蹴りを入れた。

 佐々木も同じく泉に続く。

 呆然としていたのは一時だけ。すぐさま冷静さを取り戻し、隊員たちを一撃で気絶させ薙ぎ払った。そして滲に張り付いた隊員たちまで振り払うと、佐々木は泉たちと背中合わせになる。


「さっきは悪い。後れを取った」

「だいじょーぶ!それより『あの女』って…」

「おそらく晶子さんのことでしょう。火を消したいところですが、目的がわかれば話は早いです。すぐに下山するべきなのですが…」


 滲は周囲に視線を走らせる。


「この数を、どうにかできますか?」


 木々には弾けるように飛び火した炎が宿り、さらには目視できる限り数十の操られた隊員たちに囲まれている。

 圧倒的劣勢。普通ならたった三人で相手どるなど不可能。


 それでも。


「よし!」


 泉は臆することなく顔を上げる。


「道を切り開く!一点突破だ!晶子さんを助けるぞ!」


 前を指さした泉の声に迷いはない。

 泉とてこの劣勢は理解している。

 それでも誰一人見捨てたことがない泉には、それを口にするだけの自信と強さが備えられていた。

 その言葉に、滲と佐々木はまた前を向く。


 どんな状況でも諦めない彼女の姿は、誰もを照らす希望の光だった。


 しかし、佐々木は理解している。

 泉の力量も、自分の隊員たちの力量も。

 軍最強の泉とて子ども。大量の、それも訓練された大人が相手では限界がある。


 どうしたものか…。


 佐々木がにじり寄った隊員たちに芳しくない表情を向ける。

 すると、上空から長細い影が落ちてきた。


 はっとして佐々木は顔を上げる。そして敵陣に突撃しようとしていた泉たちにふと笑いかけた。


「喜べ有明夫婦、助っ人だ」

「?」


 泉と滲が足を止め、上を見る。

 するとそれは目にも止まらぬ速さで、泉たちの周りの敵をなぎ倒した。


 二人が呆気にとられる間に、ある程度の範囲を片付けた影は、空中で静止する。


 そして。


「ああ、皆さんご無事で!いや、ご無事って言っていいんでしょうか?なんだかえらく大変なことになってますけど…」


 腰の低い物言い。まるで珊瑚の死骸のように活気のない存在感を放つ人物は、おどおどと燃える山々と隊員たちに視線を泳がせている。


「香山、大隊長…」


 滲は驚きとともに目を見開いた。


 今、この劣勢の中、軍最高戦力の三人が揃ったのであった。

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