怪火
柚木は燃え盛る山を背に村中を駆けまわる。
火の手が上がったのは東側の一角。
そこから現れた大量の人影に唖然としながらも柚木は声を上げる。
「火事です!おそらく魔族!佐々木家へ集合!」
普段母に似て声が小さい柚木は緊急事態だと大声で叫ぶ。
「火事?」
「なんだと!」
「逃げろ!」
以前同じ惨劇を経験したことがある母たちと同世代、またはそれ以上の大人の行動は早い。
火を見て「あれなあに?」と首を傾げる子どもを抱いて住民は素早く佐々木家へと走る。
その背を見届け、柚木はさらに奥の家々へと足を向ける。
だがその道中。
「…ッ!」
柚木は咄嗟に戦斧を振りかざす。
するとそれは軍服姿の男にひらりと躱された。
「やだなあ、君。同じ職務の仲間だロう?仲良くしよウ」
柚木は嫌な予感がして後方に飛び距離を取る。
仕草そのものははっきりと人間の物。しかし話し方は紛れもなく…。
「魔族…!」
厄介なことになったと柚木は再び戦斧を構える。
「イヒひヒ」
その男は、魔族討伐隊、三番大隊の隊員だった。
時を同じくして、佐々木は花奈が飛び出した後、屋根の上に登り、おぼろげながら大量の人影を目視する。
「マジかよ、なんだあの数…」
佐々木は戸惑いながらも避難してくる住民に指示を出す。
「年寄りと子どもは中に入れろ!若いやつは状況報告!誰がまだ残ってる!?」
「勘九郎一家がいねえ!」
「敵方面の東側か、了解した。雪希、月穂、晶子たちは任せた!」
「「はい!」」
「有明夫婦は俺と一緒に来…」
佐々木が片鎌槍を構えたその時、火の手が北の山からも上がる。
見ると先ほどまで東にいた勢力はゆらりゆらりと北へ向かっているようだった。
「移動してる…」
戸の前にいた滲ははっとして家の中へと振り返る。
「おいどうし…」
「月穂さん地図ありますか!?」
「え!?あ、はい!もちろん」
屋根にいる佐々木の声も聞かず、滲は月穂から受け取った地図を地面に広げた。
「山がぐるりと一周するように村を囲む地形。さらに大岩で塞がれた道…」
「?」
首を傾げる泉の横で地図に指先を滑らせ、頭の中を整理した滲は突如顔を上げる。
「佐々木大隊長、我々は東ではなく西側から北を目指すべきです」
「理由は?」
「下山ではなく、横方向に移動しているところを見るに、敵は山火事を広げようとしています。火事において真に恐れるべきは火ではなくその煙。ここは山に囲まれた盆地性集落、さらに唯一の逃げ道を岩で塞がれたとなれば…」
「…ッ!」
佐々木は言葉の先を察して戦慄する。
「そう。煙は山の斜面を這い、村へ雪崩込み、いずれ酸素を奪い人の肺を満たす。それが集落を囲む山すべてを燃やし尽くせばどうでしょう?より確実に、誰一人逃さず。…村人すべてを葬り去ることができる」
言うが早いか、滲たちは西側から北の山目指し走り出す。
「なんという執念、敵はこの村に恨みでもあるのですか?」
「ああ、あるんだろうなッ!この執拗にネチネチと苦しめてくる感じ、懐かしいぜ」
「え、懐かしい?なんで?」
先頭を走る泉は顔だけくるっと振り返る。すると佐々木は焦ったように口の端を上げた。
「あれは怪火。かつて晶子を襲い、俺が討伐した魔族だ」
「ええええー!」
今と馴れ初め話がつながり、泉は仰天する。
しかし滲はこの時、ある違和感を覚えていた。
なぜ北上しかしない?あれだけの大群がいて敵はどうして二手に分かれない?
まさか…、まさか、まさか…。
滲の足はどんどん速くなる。やがて最後尾だったはずの滲は佐々木を追い抜かし前へ出る。
急加速した滲の顔に、佐々木は目を疑った。
その一瞬、佐々木を横切った滲の顔は、この場に似つかわしくないほど、恍惚と笑っていた。
が、目を奪われたのも束の間。
泉、滲、佐々木が西側から北上すると、そこには冬の寒さで枯れた木々が、炎の葉を生い茂らせていた。
そして。
「…!お前らなにやって…」
佐々木は木々に火を移す人物たちに驚愕する。
「あれ?佐々木大隊長、お疲レ様でス」
平然と会釈をするそれらは全て、佐々木の部下である三番大隊の隊員たちだった。




