がんばれ!宇野大隊長代理
一番大隊駐屯地。
家が近い宇野は朝早くからボーっと机仕事をしていた。
「おはよ」
「うい~すっ」
しばらくすると隊員たちがちらほらと出勤してくる。
そして出勤時間ぎりぎりになったのか、榎本と大路が「おはよ!」と駆けこんでくる。
今日も仕事の始まりかと宇野が伸びをしたところで隊員全員が気づいた。
「あれ?大隊長たちは…?」
全員の動きが一瞬止まる。
そして大路が出勤やら連絡事項やらを書いた黒板を見ると、確かにそこには今日は二人とも出勤と書かれてあった。
「あれ?おかしいなあ?今日は二人とも遅刻かい?」
「うげえ、まさかあの二人色恋に呆けて仕事すっぽかしやがたんじゃ…」
「さすがにそれはないだろう?ボクらだけを残しとくなんて、副隊長はそんな無謀はしないさ!」
かっこよく榎本の意見を否定したところ悪いが、大路の『無謀』という言葉がわかった人間はこの異常事態にどよめき出す。そしてわからなかった三分の二程度の隊員たちは首を傾げた。
「え?じゃあどういうこと?なんで来ないの?」
自問自答する大路に榎本は首を振り苦い顔をする。
「わからねえ。けどあの二人が来ねえってことになると実質オレらの頭は…」
全員の視線が宇野に集まる。
しかし当の本人はその視線に青ざめていた。
「ちょ、ちょっと待って!おれ無理よ!?なんでおれ!?」
いきなり頭とかいわれた宇野は取り乱す。しかし榎本は冷静にそれを突き放した。
「いや、だってこの中じゃお前が一番つえーし、実績もあんだろ?」
「いや無理よ!?おれ絶対できないッ!」
「じゃあ大路を副隊長につけよう。オレはやらねえ。これでいいだろ?」
「は!?ずるいって榎本!よくないってッ!」
「やったー!ボクが副隊長だー!」
ノリノリな大路、責任を押し付ける榎本、その責任を押し付けられる宇野は無理だ無理だと騒ぎ立てる。
しかし刻一刻と時間が過ぎても大隊長たちは来ない。
これに焦った宇野は最初に頼りない指示を出した。
「伊藤!家行って大隊長たち呼んで来て!」
「え、あ、はい!」
「氏原!枝中!小田島!お前らを臨時で中隊長にする!」
「あたし!?」「マジすか!?」「俺!?」
十人兄弟の長男である宇野は、役割分担の指示は異様に上手い。
だが。
「幹部集合!」
宇野が大きく手を叩くと、榎本、大路、他三人の臨時中隊長が輪を囲む。
「いい?おれ漢字書けないの!そんな奴が大隊長の代わりなんてどう考えたってマズいでしょ!?」
「いや大丈夫だろ。何とかなるって。なあ?」
「その通りさ榎本副隊長!」
「副隊長にするな。お前がやれ」
「ダブル副隊長になろうよ~」
「ダブルって何だ?けど断る」
話を聞いてくれない二人と先行きの不安に宇野は頭を抱える。
これが副隊長の気持ちかと、いつも副隊長が紙に書いてくれていた宇野という漢字を凝視しながら模写するという自らの行いを反省した。
だが、今悔いてももう遅い。
この無意味に過ぎ去る時間の中、なんとか無い知恵を絞り、宇野はかつてないほどの集中力を見せる。
しかしその時。
「大変です!」
伝令部隊最速、伊藤が声を上げて戻って来た。
「お二人と家にもいらっしゃいません!」
「なにいいいいいいい!?」
彼女が持って来た悲報に宇野は堪らず絶叫する。
「しかも周辺住民によると、お二人は昨日から帰っていないようです!」
「昨日から!?」
どういうこと!?とうろたえる宇野と、仰天する役に立たないダブル副隊長たち。騒ぎ立てる三人に他隊員たちも徐々にざわめき始める。
「昨日からって言うと魔族倒してから?」
「もしかしてあれからずっと?」
行方を眩ませた二人のことと、大隊長及び副隊長の両者のいないこの仕事状況に皆は混乱を起こす。
だが、それを制したのは臨時中隊長、小田島だった。
「待ってください!」
先日雷に打たれ、残った稲妻の筋が見え隠れする片腕を広げ、小田島は隊員たちを鎮める。
精神強めな大路中隊、その中でも比較的頭脳派の小田島はあることを口にする。
「まずできることから解決していきましょう?多分これは異常時ですが、井上副隊長が予想できないほどでしょうか?」
「どういうことだい?」
彼直属の上司である大路は聞かせておくれと催促する。
それに小田島は深く頷いた。
「風邪とかで突然休むことだってあるわけじゃないですか?つまりちょっと状況は違えど、井上副隊長不在時の対策が何かしらはあるんじゃないかと思います」
「何かしらって?」
「さあ?そこまでは…」
榎本の問いかけに小田島は口ごもる。
しかしそれに枝中が「はーい!」と手を上げた。
「そう言えば自分見たことあるっす!井上副隊長が分厚い手引書みたいなの書いてるとこ!」
「ええ!?マジかよそれどこ!?」
「そこまでは…」
食い気味な宇野の問いに枝中も口ごもる。
そこへ割って入ったのは伊藤だった。
「多分副隊長の引き出しの中ですよ!いつもそこに色んなものが入ってました!」
「よおし!お前ら副隊長の机を漁れ!」
大まかな検討がついたからと、宇野は幹部たちに泥棒の長のような指示を出す。
そして。
「あったっす~!」
実物を見たことがある枝中が辞書かと思うほど分厚い手引書を掲げる。
「なんか書いてるよ?」
氏原が手引書の表紙を読み上げる。
「副隊長不在の緊急時に読む指示書」
まさにと思うほど誂え向きの題名に隊員たちは沸き返る。
宇野が読めるように漢字全てに読み仮名の振られた表紙をめくると、でかでかと一つ目の指示が書かれていた。
一、絶対に自分たちだけで解決しようとしないこと。
「「「ん?」」」
幹部全員が目を見張る。
そして二頁目をめくると、さらに具体的な指示が記されていた。
一、二番大隊、香山大隊長を頼ること。
分厚い指示書の頁一桁目に他人に頼れと言われた幹部たちは言葉を失う。
だが、その後の頁には香山大隊長不在時の対応や、香山大隊長への頼み方など、もはや香山大隊長を頼ることを前提に書かれたものだった。
あまりの自らの大隊への信頼の無さに臨時中隊長たち、榎本、大路は絶句する。
しかし大隊長代理である宇野は、これを待っていたと言わんばかりに「よっしゃ!」と勢いづく。
「臨時中隊長三人!これをお前らに預ける!そして臨時副隊長二人!お前らはおれと香山大隊長と交渉だ!行くぞ!」
「おー!」
「え!?オレも!?」
「え!?これあたしが持つんですか!?」
宇野は文字を読み上げるのが上手かった氏原に指示書を渡すと、大路、榎本を引き連れて一目散に駐屯地の廊下をへ駆けて行った。
だが、この時彼らは知らなかった。
彼らの向かう二番大隊では、さらなる事件が勃発していることを。




