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薄明の空を君と見ながら。  作者: 佐野いさ
三章、三番大隊編
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佐々木鉄宏という男

 月穂が退室させられ、佐々木に取り残された滲は「何の話?」と首を傾げている。


「なんでしょう?もしや怒らせてしまいましたか?馴れ初めを聞こうとしたこと?いえ、そもそも勝手に家に上がり込んだことでしょうか?」

「いや、んなことはもういい。勝手に上げたのは娘たちだし」

「ふふ、お優しい娘さんたちですね。晶子さんの料理も泉さんの舌を唸らせるほどで、今度調理法を私も学びたいくらいです」

「お前らほんと図々しいなっ!」


 有明夫婦の馴染み具合の深刻さに、佐々木は思わず声を上げる。


「あのさ、晶子のことどう思ったよ?」

「どう?心の美しさが映える神秘的な衣装を纏った方だと思いましたが」

「お前すげえな!?」

 

 言葉豊かに飾られた嫁への評価によそよそしかった佐々木の心配はどこかへ飛んでいく。


「で、さっき月穂が言ってたが、お前寝れないのか?」

「?」


 なぜ急にその話?と滲は目を瞬く。しかし隠す必要もないので滲は答えた。


「はい。あまり他人の家で眠る気にはなれないので」

「ふーん」


 佐々木は当たり障りない返事で首をひねる。そして少し間を置いた後に口を開いた。


「なんかお前ほんとに一番大隊らしくないな?うちの知識魔と張り合えるなんざ相当だぜ?」

「頭脳労働が私の仕事です。しかし月穂さんは博識ですね。あれほど語り合えたのは私も初めてです」


 面白かったですよと滲は笑う。だが、突然佐々木はそんな滲に目を細めた。


「なあお前、後藤誉に会ったか?」

「はい?」

「有明の結婚相手だ。手の早いアレが会いに来ないわけないだろ?何て言われた?」


 仮にも軍部大臣をアレ呼ばわりした佐々木に驚きつつ、滲は後藤と交わされた言葉を思い出し表情が強張った。


「言いにくいか?」


 娘の雪希よりも鋭い眼光で佐々木は問う。そして茶を置き、胡坐をかいて態勢を崩すと、また問いかけた。


「なら言い方を変えよう。“結婚式はするな”って言われたか?」


 わずかに滲が顔を上げる。それを佐々木は肯定と捉える。


「その様子だと香山だけでなくお前にも言ってるな?あいつ本当に昔と一つも変わってねえな!?どうせ『魔族の活性化が~』とか文句つけて止めやがったんだろ?」


 佐々木は苛立つように、ため息交じりに頭を搔いた。

 そしてまさにその通りの理由で止められたことをピタリと言い当てた佐々木に滲は面食らった。


「お前は有明じゃないからわかると思うが」

「有明です」

「どこで抵抗してんだ!?知るかそんなもん!紛らわしいんだよ!」


 急に真顔になった滲に佐々木は声を荒げながら気を取り直して、隣の部屋で涎をたらしながら眠っている泉を指す。


「お前はアレじゃないからわかると思うが、わかってるよな?その理由の延長線上で、暗意に自分たちの子どもまで止められたこと」


 佐々木の表情は一気に真剣さを帯びる。

 しかし滲は急にそんなことを言われて戸惑ったのか、恥ずかしかったのか、少し視線を泳がせた。


 それを、佐々木は笑ったりはしなかった。


「今はまだそこまで考えてないかもしれない。あいつガキだし、頭悪いし、自分が子育てされる側の人間だと思ってそうだし」


 散々な嫁の言われように滲は何か反論しようとしたが、全く否定できない事実に言葉を飲むしかなかった。


「だがな、お前は違うだろ?」


 佐々木は真っ直ぐに滲を見据える。


「別に話したくないなら聞き流してくれて構わない。そもそも他人が口出しするような話じゃないしな」


 少しぎょっとした滲に佐々木は前置きすると、視線を外す。


「お前は知識もあり、良識もある。だが思った以上に大胆なところがある。食い気味にアレの旦那だと誇示するところを見るに、先に惚れたのはお前か?」


 答えなくてもいいと言われた問いに、滲は答えない。

「なんのことでしょう?」とはぐらかす笑顔を浮かべるだけだ。


 佐々木はそれにため息を吐く。


「いいか?この先あいつも成長する。その時後藤が言ったことは必ずお前らの足を引っ張る。だがな、俺はあんな奴の言うことなんて一つも聞かなくていいと思うぞ」

「え?」


 意外にも滲たちの味方をしてくれるような発言に、滲は戸惑う。


「俺は軍学校時代からあいつが嫌いなんだよッ!へらへらした態度に他人を駒みたいだとしか考えてないあの腐り切った性根ッ!お前も初対面にして嫌いって思っただろ!?」


 積もりに積もった恨みがあるのか、佐々木は妙に熱っぽく語りだす。


「そうですね。料理にナメクジでもぶち込んでやろうかと思ったほどには嫌いですが…」


 悪口の火力が強い滲は遠慮する体を装い、ここぞとばかりに毒を吐く。


 その強かさに佐々木は顔を歪めた。


「お前、気を付けろよ?どうにもあの野郎が気に入りそうな性格をしている。あいつは気に入れば手放さないぞ。軍学校時代からこき使われてる俺が言うから間違いない」

「そんなにこき使われているんですか?」

「ああ。後輩なのにあの側近と結託して俺を嵌めてからずっと面白がられていいように使われてる。ほんと腹立つよな?」


 怒りを隠せないと茶を飲む佐々木は本当に二人に苦労させられているようだった。

 

 しかし滲は少しだけ悪態をついた顔を、迷ったような顔に変えた。そして突然口を開く。


「後藤軍部大臣とは、どういう人なのですか…?」

「は?」


 語りたくもない後輩の話をなぜしなければならないと佐々木は滲を不機嫌に睨む。

 だが、滲はどこか影を落としたように力なく俯いていた。


 その表情に佐々木は声を止めた。


「嫌い、だったんですよ。けれど、わからなくなってしまって…。彼は、どういう人なんですか…?」


 複雑そうに言葉に詰まる滲は、何かがあったのか、佐々木のようにきっぱりとは嫌いになれずにいるようだった。


 そんな人間は珍しいと佐々木は頬杖をついて身を乗り出す。


「そうだな。どうと問われれば、最低最悪空気の読めない人格破綻者としか言えないんだが…」


 罵詈雑言を並べた佐々木は、ふと言葉を止めて滲を見た。


「だが、お前が欲しいのはこんな言葉じゃないだろう?もっと深く、あいつの根底にあるものが知りたいって顔だな」


 佐々木は目を鋭くする。そして滲のわずかに瞳が揺れたことを確認すると、佐々木はため息交じりにこう言った。


「俺が思うに、あいつは“祭り上げられた革命家”だ」

「祭り上げられた?」


 予想外の返答に、滲は思わずオウム返しをする。


「ああ。元々軍部大臣なんて柄じゃない。そんな地位を望むような性格でもない。なのになぜ奴がその地位に居座っているのか。それは奴の先代がそう仕向けたからだ」


 言いながら佐々木は頭を抱える。


「当時誰もが反対したさ。なんなら軍部大臣だけでなく、一番大隊大隊長になる時でさえもな。口を開けば悪だくみ、やることなすこと下らない隊一の嫌われ者。だが反対を押し切ってその地位につくや否やみるみる頭角を現した。お前らの知らない、当時の腐敗や魔族対策の遅れ、全部奴が改革しやがった。それが今の体制だ。つまり早い話、あれはただの異端児ではなく…、天才だったんだよ」


 質が悪そうに佐々木は言い放った。

 それに滲は目を見開く。


「けどな、今は現体制にも無理が出てきている」


 茶を飲み干した佐々木は深くため息を吐いた。


「これは今朝、つっても昨日か。あいつが俺を呼びつけて話してきた内容なんだが…」

「?」


 そんな話を一介の隊員にしてよいものかと滲は思ったが、佐々木は気にするそぶりもなく話を続ける。


「香山の倒した天邪鬼、お前らもその場にいたな?」

「はい…。それが何か?」

「二十年前討伐された魔族。まったく誰が覚えてたのやら、当時いた俺やあいつですら忘れてるような小物だ。だがそれが今回、西洋悪魔を引き連れて甚大な被害をもたらした。…ここまで言えばお前ならわかるか?」


 覚えていた本人である滲はそのことを言えずに黙り込む。そして少し考えこむと、ある推測を導き出した。


「なるほど。つまりどの魔族にも、取るに足らない小物がいずれ災厄を引き起こす魔族に変貌する可能性があると提示されたわけですか」

「その通り。やっぱお前は話が早いな」


 感心したようにつぶやくと、佐々木はさらに芳しくない面持ちを向ける。

 

 今の魔族対応は危険度の高いもの以外は討伐し、復活するを繰り返している。しかしこのまま何の打開策もなしにこの状況を続けていれば、いずれは破綻することが明るみに出たという訳だ。


「で、それを見越してあいつが俺に言ってきたことなんだが…」


 佐々木は昨朝のことを思い出す。


『今後間違いなく世論は揺れる。だから隊員たちと三翼の君らにはもっと戦ってもらいたいんだけど。休み無しで。どうかな~?』


 とんでもなくフレンドリーに聞いて来た後藤に佐々木は青筋を立てる。


 三翼。対魔飛行装置を使いこなし、現討伐隊の中でも飛びぬけて強いとされる、泉、香山、佐々木の三人の総称である。


 しかし、当の本人は。


「『どうかな~』じゃねえんだよッ!良いわけないだろ!殺す気か!?思わず怒鳴っちまったわ『馬鹿かお前はああ!』って」


 昨日の怒号に説明がつき、滲は納得する。

 そして切れ散らかす佐々木は滲を指さし警告する。


「いいか!?あの異端児だって状況を打破する答えを持ち合わせていない!今後は俺、香山、有明は出口の見えない最前線で酷使されるだろう。だがな、俺はあいつの言うことなんて聞いてやる義理はないと思うぞ」

「え?」


 軍部大臣の命を堂々と拒絶した佐々木に滲はまた目を見張る。


「アレの言うことだって正しい。だが香山たちや有明、お前の幸せまで否定して守るものってのはなんだ!?」


 その言葉に、滲は初めて、佐々木という男の本質を見た気がした。


「奴に何か言われたら俺に言え。ぶん殴りに行ってやる」


 それは帝國最大級の部隊の頂点に立つに相応しい人格者として、妻と三人の娘を持つ一人の妻帯者としての意見表明だった。


 香山、キュリー、泉、滲を守っやると言っているのと同義の言葉に、滲は面食らう。しかしゆっくりと顔を綻ばせた。


「ありがとう、ございます」

「いいよ別に。俺はあいつが気に食わないだけだし」


 ぶっきらぼうな佐々木は、なんだかんだ人を放っておけない性格をしているらしい。


 そんな彼に、滲はふと微笑む。

 すると窓の硝子を通して、滲の目に光が差し込んだ。

 眩しくて片目をつむると、それは朝日のようだった。


「もう夜明けか。村の連中を起こしてくる。岩を退かせないか試してみよう」


 そう言った佐々木は機敏にこたつから立ち上がると外へ出ていく。

 そしてまた取り残された滲は、いつものように泉を起こすのだった。


 だが、その外では。


『イヒひヒ』


 山の上で密かに微笑む、揺らめく人型の影が朝日を拝んでいた。

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