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薄明の空を君と見ながら。  作者: 佐野いさ
三章、三番大隊編
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敵同士であろうとも

 佐々木が「ごめん」と絶叫してから家に入れてもらった時、戸を開けたのは妻の晶子だった。


「えっ…!」


 予想外のことに佐々木は一瞬ぎょっとする。そして咄嗟にあたりを見回し、誰もいないことを確認すると、もう一度晶子に向き直った。


「お前大丈夫なのか…!?」

「しー…。あの子たち寝てるから、起こさないであげて…」


 隠されているが口元であろう場所に人差し指を立てる晶子に、佐々木はしぶしぶ大人しく黙った。


「ごめんね…。謝るまで入れちゃダメって言われて…。とりあえず中に入ろう…?手も冷たくなっちゃってるし…」


 頭どころか全身が冷えた佐々木の手は、わずかにかじかんでいた。


「こたつあったまってるから入れてもらおう…?」


 晶子に手を引かれながら、佐々木は寒い外からあたたかい居間へと連れていかれる。

 しかし途中、佐々木は晶子の言ったことが気にかかった。


「入れてもらう?」


 眉を顰めた佐々木に晶子はこたつの部屋の襖を開ける。

 するとそこには、こたつの上だけでは収まりきらず、床にも本を森の木々ように積み上げた月穂と、それを何かに追い立てられるように超高速で読み漁る有明の旦那の姿があった。


 どういう状況…?


 目を丸くする佐々木はさらに隣の部屋を見る。そこには雪希と花奈に挟まれた有明が、二人と手を繋いで幸せそうに寝息を立てていた。


 さらにどういう状況?と佐々木は目を点にする。


 そして普段極力人前に出たがらない晶子が普通にしていることに、佐々木は一番驚いた。


「え?なあおい」

「滲くん、月穂、お父さん入れてあげて…」


 何の躊躇いもなく男の名を呼んだ晶子に佐々木は呆気にとられる。

 極端に他人と話したことがない晶子がついさっき会った人間の名を呼ぶなど今までありえなかったのだ。


 しかし三人は佐々木が驚いていることなど露知らず、せっせと本を退けてこたつに入れる空間を作る。


「待っててね…。さっきご飯炊いてお湯沸いてるから、お茶持ってくる…」

「食ったのかよ」


 こたつに入った佐々木はちゃっかりご飯をご馳走になっている有明夫婦に悪態をつく。

 よく見ると滲と呼ばれた男の服は、風呂でも入り終えたのか佐々木の物だった。


 約二時間で浸食された家の有様を見て佐々木は言葉を失う。


「これは面白いですね。戯曲は初めて読みましたが、血を流さずに心臓を取り出すなんて無理でしょうに」

「わかりますか!?よろしければその作者の他の戯曲もありますどうぞ!」


 小説から植物図鑑、村の地形歴史書に演奏楽譜、詩集、随筆。幼き頃より集めに集めた月穂の収集の成果が今火を噴いていた。

 足の踏み場もないほどに広げられた紙の束たちに佐々木は絶句する。


 読むのが早い滲は酷い時は一分と経たないうちに本を読み終えてしまう。即座に内容を理解し、感想を述べるので、月穂は語り合いが楽しくて仕方がないように、さらなる物語を薦める。


 しかし滲の手はある一冊の結末を読み終えた時に止まった。


「?」


 月穂がどうしたとのぞき込むと、滲はふと悲しそうに目を細めた。


「これは私はあまり好きではありません」


 滲が手にしていたのは、とある人肉裁判を描いた物語と同じ著者の物語。敵対する貴族の子息と娘の許されざる恋のお話だった。


「たとえ敵同士であっても、最後には皆幸せになってほしいですから」


 そこまで感情移入したのか、滲はとても苦しそうに笑う。

 それが本当に辛そうで、月穂は見ていられなかった。


 しかし。


「なるほど。そういったものがお好みですか。ならば我が両親の壮絶な大恋愛をお聞かせしましょう!」

「おい月穂何言いだそうとしてるんだ?」


 絶好の話題があると月穂は胸を張る。そして滲は興味惹かれたように笑った。


「ああ、それは面白そうですね。ぜひお聞かせください!」

「おい!」


 悪乗りする滲と結託し、止めようとした佐々木の言うことなど聞かず、月穂は「さあ始まりだ」と言わんばかりに大きく腕を広げる。


「これは四十余年前、結ばれるはずのなかった一人の農家と、幼馴染の若き令嬢の物語!」


 見る人を楽しませる、芝居がかった狂言回しで月穂は朗々と語りだす。

 しかしそれを、襖を開けた晶子に止められた。


「月穂…、あんまり人に言わないで…。恥ずかしいからね…?」


 お茶を運んできたお盆をがくがくと震えさせながら、晶子は小さな声で、それでも必死に月穂を咎める。


「そうですか?わたしはとてもいい話だと思うのですが…」


 父の言葉とは裏腹に母の言葉に月穂は抵抗するものの、すんなりと従う。

 他二人の娘もそうだったが、どうやらこの家では母親が絶対君主のようであった。


「もう寝ろ月穂。お前いつも誰より早く寝てるだろうが。なんで起きてんだよ?」

「これはこの方が眠れないとおっしゃったので、せっかくなら共に本の世界の喜びを分かち合おうかと!」

「晶子、寝かせて来い。それと俺はこいつと話がある。席を外せ」

「うん…。わかった…」

「はっ…!なんと無慈悲な!わたしの大切な同志があ!」


 両親に引きはがされ、名残惜しそうに留まりたいと手を伸ばす月穂は、晶子にぴしゃりと襖を閉められたのだった。

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