軍部大臣と滲の秘密
泉が案内されたのは、ハナヤマト帝國軍部大臣邸宅。
「うわっ、懐かしい!」
泉は大きな邸宅の見慣れた景色に少々はしゃぐ。
菊が門の前の黒服に許可を取ると、泉はとある部屋めがけて一直線に走りだす。
「有明君、待って。まだ許可取らなきゃいけないからちょっと待って」
菊は焦りながらも、泉に並走する。
「まったく、これだから君はしょうがないんだから」
「えへへ」
泉は困り顔の菊にいたずらっ子のような笑みを向ける。
広い屋敷ですべての許可を取り終えると、泉と菊は目的の部屋へ通される。
「失礼いたします」
「後藤先生~!」
「あ、こら」
菊が頭を下げたと同時に、泉は勢いよく、高そうな黒革のソファに姿勢を崩して座っていた男に飛びつきに行く。
後藤誉。現ハナヤマト帝國軍部大臣にして、元魔族討伐部隊一番大隊大隊長。つまり、泉の前任である。村で泉を引き抜いた後藤は泉を一番大隊に迎え入れ、戦いのいろはを教えてくれた人物だ。以来、泉は彼のことを今でも先生と呼んでいる。
「?やあ有明。久しぶり」
左側にいたからだろうか、後藤は泉の声に、遅れて反応する。
後藤は左目に包帯を巻いている。魔族によってえぐられたものだ。故に左の視界は無く、たまにこうやって左から声を掛けられると、いちいち首を動かさないといけないから面倒くさいらしい。
「では、私はこれで」
「何を帰ろうとしている菊。お前も同席だ」
「あはは、ですよね~」
菊は後藤の言葉に苦笑いを浮かべる。
ちなみに菊も元一番大隊だった男だ。泉が六歳で入隊してから、色々と世話を焼いてくれるいい人である。泉にはあまりピンと来ていないが、今は諜報部というところにいるらしく、本名を名乗ってはいけないらしい。だから代わりに後藤が適当に付けた本名にひとかすりもしていない『菊』という名で皆は呼んでいる。
二人は後藤にソファに座るよう促されると、菊は後藤の右隣、泉は二人に向かい合うように腰かけた。
ふかふかのソファで遊びだす泉を、二人は慣れっこなのか全く気にせず話を切り出す。
「今回二人に集まってもらったのは他でもない。面倒ごとが起きたからだ」
「でしょうね。でなきゃ呼ぶなって話ですもんね」
軽く悪態をつく菊を後藤は気にも留めない。昔から社交辞令などが嫌いな性格なので、後藤は部下に対してもそれを求めない。だからこそ今の泉の子どもっぽい性格が直らないという弊害があるのだが。
「ほほう」
泉はソファで上下するのをやめる。
先生の片目が心底暗い色をしている。元々明るくもないが、こういう目をしたときは大抵やる気がない時だ。
「で?面倒ごとって?」
「有明には一番関係あることだろう。今後の魔族対処についてだ」
「ほう」
泉の瞳に少しの真剣さが宿る。
魔族とは開国のおり、西洋魔術の流入により力をつけたあやかしが、その膨大な力によって他人の目に映る存在へと変化したものである。魔族たちは農作物を荒らし、凶暴なものは人を襲う。だから魔族討伐部隊なるものが発足したのだ。しかし…。
「それはもしや、魔族の“復活”に関わることですか?」
菊は後藤に疑問を投げかける。その問いに、後藤はコクリと頷いた。泉も少し苦い顔になる。
魔族たちに死は無い。討伐したとしても、なぜか一定期間が過ぎると、また何事もなかったかのように復活する。故に今は討伐とは名ばかりの、気絶させた魔族を牢屋にぶち込んでいるという状態だ。
しかしこれをどうにかしろと言われても、さすがに泉たちにはどうにもならない。
苦い顔をした泉よりも、さらに苦い顔をした後藤は重いため息を吐く。
「で、その復活についてさらに面倒くさいことが起きた」
「?」
「檻にもう空きがない、だとさ」
後藤はこれ以上ないほどソファにもたれかかって、吐き捨てる。
「ええ!?」
泉はソファから身を乗り出し、叫び声をあげた。
「まずいじゃないですか!?」
「そう、まずい。オレは牢を作るときに止めたぞ?魔族が一体いくらいると思ってるんだって。でもお偉いさんは聞いてくれなかった。なのに檻がいっぱいになった途端お前が何とかしろってどう思う?ひどいだろ?」
「ひどい!」
泉は上のことなど何も知らないが、先生が困っているという一点のみで頷く。その様子を後藤は泉の理解不足を承知で面白がっていた。
「けど、どうしたらいいんですか?そんなこと、うちの大隊ではどうにも…」
からかわれていることに気づかない泉はまた真剣な瞳に戻る。その斜め前で菊は両腕を組み、なにかを思案していた。
「なるほど。つまり収容する魔族を減らせばいいんですね?」
「そういうこと」
理解が早いという風に、後藤は菊に人差し指を立てる。菊がいると円滑なコミュニケーションができることを後藤はわかっている。だからこそ泉のいるこの場に菊を留めたのだ。
「なになに?どういうことです?」
一人置いてけぼりの泉に、菊はわかりやすく説明してくれる。
「今牢に収容されている魔族たちは全て強さや凶暴性に関係なく、皆一様に収容されているよね?」
「うん」
泉は噛み砕いて説明される菊の言葉に耳を傾ける。
「しかし今後は危険性によって収容するか否かを選別し、危険性の低い者たちは野に放しちゃいましょう!という話です」
「え!?じゃあそいつらが悪さをしても放っておくってこと!?」
泉は思わずソファから身を乗り出す。
「そうは言っていない。なんのために討伐部隊があると思っている?」
話に割って入った後藤の顔は、にやついているのに片目は笑っていない。後藤は重々しくこう言った。
「つまり危険性の低い者は復活しては討伐するを繰り返せということだ」
結論を要約した後藤は「わかりやすく言うとそういうこと」とまたソファにもたれかかる。
「そんなこと…」
「もちろんこんな鼬ごっこをしたいわけじゃない。何の解決策にもなってないしな。しかし牢には限りがあり、収容できる魔族の数は決まってくる。あまりに強い魔族が多すぎると、野に放つ魔族の数は増え、前線のお前たちを酷使することになる。この均衡が難しい。そこで今回複数の大隊に魔族の討伐に赴いてもらい、大体どれくらいの魔族を切り捨てると判断するかが見てみたい。選別の基準は各大隊長に一任する。できるな?」
後藤の黒いガラス玉のような片目に、泉は強く頷いた。
「なるほど。拝命いたしました。けれど久々の討伐か。一番大隊でどこまでできるか…」
後藤の命に腕を組み、隊のことを思案する泉の顔は子どもっぽさは残るものの、確実に一番大隊大隊長の風格を携えていた。
「苦労をかける。君らができなきゃ誰も無理だ」
「任せてよ先生!私が大隊に入ったときの言葉忘れたの?」
泉の言葉に後藤はあの日村で出会った、ただの少女の無邪気な一言を思い出す。
「『魔族は全て私が倒す』か。はは、期待してるよ」
その一言こそが後藤が彼女を引き入れた要因であり、すべての始まりでもあった。
「頑張ってください有明君。私も陰ながら応援しています」
「うん!頑張る!」
泉の元気な返事に、二人は微笑む。その泉の笑顔は後藤や菊とともに戦っていたころと変わらぬ頼もしさを備えていた。
話がひと段落したところで、泉はあることを思い出した。
「あ、そうだ。二人に報告したいことがあるんだ」
「?まだ何か?」
泉は恥ずかしそうに顔を赤らめる。
「実はね。私、結婚するの…」
「「……」」
頬を染めた泉に、二人は言葉を失っていた。
「え、それはオレたちが知っているやつとか…?」
数秒の沈黙の後、かろうじて声を出した後藤先生はいつになく気が動転している。
そのことに泉は気が付かない。
「うーん、先生はどうか知らないけど、菊さんはさっき会ったよ?」
「え!?誰ですか!?」
普段声を上げない菊は身を乗り出している。菊も知らないらしい。
「え?うちの井上滲副隊長」
その言葉に、後藤はなぜかピタリと動きを止めた。彼の纏う空気が一瞬にして張り詰めた。
「どしたの?」
しかしそれに気づいていない泉は祝ってとでも言いたげに体を揺らしている。
そんな泉に後藤はナイフのような視線を向けた。
「その男はやめなさい」
「え?」
なぜ?と言いたげな顔を向ける泉に、後藤は言葉をつづけた。
「その男、たしか六番大隊所属時に命令違反を犯した男だ」
「命令違反?」
初めて聞く事実に、泉は少し戸惑う。
「彼は魔族との戦闘時、なぜか一人単独行動をとった。当時隊員たちの話では、敵前逃亡だと思われていた。しかし六番大隊隊長、浜大隊長だけは違うことを言った。彼は敵前逃亡したのではなく、なにかを必死に追いかけていた、と」
「なにかって?」
「それはわからない。浜大隊長が言うには魔族だったと言っているが、なぜか本人は口を割ろうとはしなかった。故に一か月の謹慎処分が出され、そののち、有明の一番大隊に引き抜かれたというわけだ」
先生の口調は淡々としている。いつものことだ。しかし泉は先生の言っている真意がわからなかった。
「確かに命令違反は良くないことだけど、それが何か関係ある?」
「大有りだ。有明大隊長」
先生の呼び方に、泉は背筋がピクリと伸びる。
「わ、わかんないよ、先生」
「有明。お前はもう大隊長だ。帝國最強のな。それだけならまだしも、お前は人に影響されやすい。配偶者ならなおさらだ。お前はそんな軟弱者といるべきではない」
「え…?」
滲の人格を真っ向から否定され泉は困惑する。
「な、なんでそんなこと言うの!ひどいよ先生ッ!」
「命令違反は軍人にとって重罪だ。まして彼は単独行動により隊員の命を危険にさらした。にもかかわらず、理由を語らないとはどういう了見か。お前はそんな男といるべきではない。恋愛ごっこがしたいのなら別の男を探せ」
「そ、そんな言い方…!」
「そうですよ誉!あまりにも…!」
「黙れ菊。これは軍部大臣として、元一番大隊大隊長としての意見だ。お前が口をはさむことではない」
泉に助け舟を出そうとした菊を後藤はあたかも部外者だというように話の蚊帳の外へと追い出した。
「お前ッ…!」
菊が後藤の胸ぐらをつかんだ時、泉は外へ逃げ出そうと走り出す。
「待て有明!」
後藤の凛とした強い口調に、泉は泣きそうな顔で足を止めた。
「雪には気をつけろ。これは忠告だ」
「は…?」
後藤の言った意味が分からず、泉は後藤の方へ振り返る。しかし彼の片目は、さっきと何ら変わらぬ冷たい視線を送っていた。
泉はその目に耐えられなくなってまた逃げだす。
「あっ…!有明君!」
菊の制止も聞かず、泉は外へと走って行ってしまった。
その様子を後藤はずっと、冷めた目で見ていた。
「誉、お前なあッ…!」
「離せ菊。別にお前を怒らせたかったわけじゃない」
「あの子は怒っていただろうッ!?」
「それについては悪いと思っている。だが有明には必要なことだ」
後藤は菊の手を離す。
「お前、あの子に理想を押し付けすぎじゃないのか?あの子が必ずしも影響されるとは限らないだろう!?ただでさえ小さい時から軍規に縛られてきた子だ!好きな人くらい自由にさせてやったらどうなんだ!?」
後藤が突然連れてきた少女を世話し、側にいたのは菊である。流した涙も、笑顔の下の葛藤も全て知っている。そしてそれは目の前の片目の男も同じはずだ。にもかかわらず彼は冷淡に菊の意見を切り捨てる。
「ならば聞くが、お前はこのまま軍を弱体化させてもよいと思っているのか?」
「はあ?」
後藤の片目は真剣さを帯びる。
「現在魔族討伐部隊で群を抜いて強いのは三人だけ。その中でも突出した強さを誇る有明を弱体化させれば、自然軍全体は弱くなる。魔族が活性化しているこの状況において、彼女には理想の、帝國最強の大隊長でいてもらわなければならない。そうすべく育てた子だ」
「…ッ!」
最後の言葉に菊は思わず目を剥いた。
「あの子はお前の道具じゃないぞ…!」
「そう、道具じゃない。だからここからは大隊長としての真価が問われてくる。あの日願った、魔族を倒す帝國最強の大隊長の道を歩み続けるか、どこにでもいる普通の娘としての道を歩むか、すべてはあの子次第だろ?」
後藤は何食わぬ顔で言ってのける。その様子に菊は頭を抱えた。
後藤にはこういうところがある。彼は事実と感情を織り交ぜて話すが、その感情は多くの人には無神経に映るものであり客観的だ。しかし彼の思っていることは大抵大したことではない。
今彼が言った言葉も意味は「好きならそれでいいんじゃない?」くらいしか持っていない。彼女の気持ち自体を否定しようよしているわけではない。全然伝わっていないが。
大臣としての立場も、友人としての立場もうまく両立し納得しているのがこいつだ。だが自分の率直すぎる物言いが誰かを傷つけていることを彼は自覚していない。そこが彼の厄介なところであり、同時に泉と同様に危なっかしいところでもあった。
菊がため息を漏らすと、後藤はぱっといつもの調子で軽く両手を上げる。
「ま、そんなカッコいいこと言っても所詮男が彼女を振るか、ただのダメ男かすればあの子も目を覚ますだろ」
「それは…。そうですね」
こういう元も子もないことを平気で言うやつなのだ。だからこそ衝突も多いこの男の側にはいつも菊がいた。
「まあ一応。井上滲、と言ったか?菊、すぐに彼の身元、出生、あらゆる過去を洗いざらい調べろ。できるな?」
「承知しました」
菊は後藤の命に頭を下げる。上司としての大臣に、どこか放っておけない友人に。




