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薄明の空を君と見ながら。  作者: 佐野いさ
三章、三番大隊編
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佐々木家へようこそ

 佐々木が戸を叩き続ける二時間の間、ぬくぬくとした家の中では自己紹介が行われていた。


「居間も狭くてごめんなさいね。佐々木雪希よ。よろしくね」

「はーい!よろしく」


 こたつに入れてもらった泉は手を上げ、雪希に元気よく挨拶する。その隣に滲も座らせてもらった。


「で、わたしの妹の」

「佐々木月穂です。あなた方には花奈の姉と言った方がわかりやすいでしょうか?今お風呂を沸かしておりますので、もう少々お待ちください」

「え!?そこまでしていただかなくても…!」

「お風呂!?やったー!」


 遠慮というものを知らない泉は、滲の言葉に被せ大喜びする。

 その様子を二人の姉は可愛らしいわねと微笑んでいた。

 滲は苦笑する。

 しかしここまでされて断るのも無礼なので、今回は彼女たちの心遣いに甘えることにした。


「お気遣い痛み入ります。私は有明滲と申します。こちらは」

「有明泉です!よろしくお願いします!」

「今回は途方に暮れていた私たちを助けていただき誠に感謝申し上げます。お礼はまた後日にでも…」

「ああ、いいのよそんなの。気ぃ遣わないで」

「その通りです。父と妹がいつもお世話になっている分、むしろお礼をしたいのはこちらの方です!」


 月穂はこたつから見える上半身を深々と下げる。

 頑として譲らない精神に滲はたじろいだ。


「けれど花奈の上司にこんなかわいい女の子がいるなんてね」

「本当ですね。このような細好男(ささらえおとこ)栄少女(さかえおとめ)の夫婦、うらやましい限りです」

「ん?なんて?」


 月穂の言葉が難しすぎて、泉の目は点になる。しかし滲は気恥ずかしそうに微笑んだ。


「あなたのような方にそう言っていただけるなんて光栄です。お二人とも、うつた姫と竜田姫が実在するのならこのようなお姿なのではと思うほどお美しいですから」

「え?お前もなんて言ってるんだ?」


 置いてけぼりの泉に対し、月穂は驚いたように滲に目を輝かせている。


「わかるのですか!わたしの申した意味が!?」

「え?あ、はい…」


 普通のことだと首を傾げた滲に、月穂はこたつから興奮気味に身を乗り出す。それに雪希は目を丸くしていた。


「嘘でしょ…。まさか月穂の言ってることがわかる人がこの世にいるなんて…」


 大変失礼な言い方だが、姉妹だからなのか雪希の言葉には容赦がない。

 だが、当の月穂はそれを気にせず「少々お待ちください」と言って部屋を出る。

 そして足早に戻って来たかと思えば、両腕に大量の本を抱えて滲たちの前にどさりと置いた。


「あの!このような本はもう読破されましたか?もしそうでないのなら今からでもお読みになりませんか?他にも私が生涯かけて集めたものが沢山あります!あなたのご興味を引くものが必ずあるかと!」


 滾る光をその目に宿し、月穂は本をバシバシと叩く。

 その熱意に圧倒されていた滲だが、本の背表紙を見た途端目の色を変える。


「これは…万葉の書!こちらは西洋の医学書でしょうか?しかも翻訳なしの原本!よくこんなものが手に入りましたね!?」

「そうでしょう!伝手という伝手を辿り、ようやく手に入れた品なんです!この価値がおわかりですか!?」

「ええ!ここまで揃えるには並大抵の努力ではないでしょう…!読ませていただいてもいいですか!?こんな貴重な機会は滅多にない!」

「もちろんです!どうぞお好きなだけ!」


 意気投合してしまった二人に、雪希と泉は蚊帳の外となる。


 そんな時に、襖の向こうから柚木がひょいと顔を出した。


「あ、あの…。お風呂、沸いたよ…?」

「あら、ありがとう花奈。泉ちゃん先入っちゃいなさい。月穂はああなると長いわよ」


 わかり合える人がいて嬉しいのか、二人の会話はどんどん難解になっていく。

 泉はそこには入れないと悟って元気に「うん!」と頷いた。


「ふふ、かわい~い。服はわたしたちのお古を貸してあげるわ。布団もわたしの貸してあげる。なんなら今日は旦那さんなんかほっぽってわたしと寝ちゃう?」

「え、いいのか!?やったー!一緒に寝る~!」

「本当?うふふ、今から楽しみね。三人目の妹ができたみたいだわ!」


 雪希の言葉に泉はぱっと顔を上げる。兄弟のいない泉にとって、姉のような存在ができたことは単純に嬉しかったのだ。


「私も楽しみだぞ!雪希ちゃん!」

「あら、かわいい呼び名ね」


 人懐っこい泉に感激したように雪希は微笑む。

 そして淡雪のように柔らかい笑みを向けて、泉に姉妹のお古を渡した。


「ありがと~う!」


 泉は雪希から服を受け取ると、柚木に案内されるままニコニコとお風呂へついていく。


 しかしその時。


「っ!」


 泉は咄嗟に振り返る。


 襖の向こう、そこからちらりと何か黒いものがこちらを覗いていた気がした。


「どうしましたか…?」


 先導していた柚木が足を止める。


「何かいた気がする、ちょっと見てくる!」

「え…!」


 魔族戦闘で鍛えられた勘の鋭い泉は迷わず走り出す。

 そして攻撃態勢のまま前のめりで襖を勢いよく開いた。


 すると。


「あれ?」


 素っ頓狂な声を出して、泉は固まる。


 そこにいたのは、黒子で顔を覆い隠した一人の人間の女性だった。

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