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薄明の空を君と見ながら。  作者: 佐野いさ
三章、三番大隊編
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思わぬ救世主

「ぐすんっ、この寒い中野宿かあ…。えー…」


 泉はしくしくとその辺の草をむしりだす。

 幼き頃から軍人として育った泉は野宿など朝飯前だった。

 しかしあたたかい羽毛布団と冷たい草を敷き詰めただけの寝床では、断然布団の方がよかった。


「うぐっ…。これが今日の夜ご飯か…」


 道端にある食べられる草を引っこ抜く泉は、心もとなさそうに手元を見つめる。

 滲は本当に申し訳ないと思っているのか、泉より先に火を起こそうと木の枝を用意した。


 すると。


「有明…大隊長?」

「ん…?」


 どこからか呼ばれ慣れた名が聞こえて泉は涙目で振り返る。

 見るとそこには、華奢だが鍛えているのか筋張った体つきの、若い女性が立っていた。

 だが、泉には見覚えがない。

 泉が目をシパシパさせていると、驚いたように滲が声を上げた。


柚木(ゆずき)中隊長!?」

「え…!井上隊員…じゃなくて、井上副隊長まで…!?」


 どうやら滲の知り合いらしいその人は柚木と呼ばれ、軍の人間らしかった。


「なぜこんなところに…」

「お二人こそ…。どうしてこんな片田舎に…」


 それはそう。


 二人は彼女の質問にぐうの音も出なかった。

 そして泉は滲に耳打ちする。


「えーと、誰?」

「ああ、泉さんは面識ありませんか?この方は八番大隊中隊長、柚木花奈(はな)中隊長です」

「名乗りもせずにごめんなさい…。柚木です…」


 柚木中隊長は遠慮がちに頭を下げると、どこか戸惑ったように視線を動かした。


「あの…。こんな真夜中にどうして…。っ!」


 そこで彼女は村唯一の一本道を塞ぐ大岩を目にして固まる。

 話が早いと滲は、ここぞとばかりに訳を話した。


「実は軍務から帰る途中で迷いまして。そしたらこの通り道が塞がっているものですから、今日は野宿かと準備していた次第です」

「それは…大変でしたね…。でも、大岩で道が塞がるなんて…そんなこと…今まで…」


 柚木はぶつぶつと小声で何かをつぶやくと、少しだけ顔を上げた。


「ちょっと父を呼んできます…!」

「え?おとうさん?」


 予想外の申し出に泉は目を点にする。滲も意図がわからないらしく首を傾げていた。

 柚木はこの村の住人なのか、すぐそこの小さな木造の家に迷わず入っていった。

 柚木のおとうさんにこの大岩を退かせる力でもあるのかと、少々期待する泉は目を輝かせ、肩を揺らしている。

 しかし中から出てきたのは予想だにしない人物だった。


「お父さんこれ見て…!」

「何、花奈?そんなに急ぐことか…って…」


 寝ぼけまなこを擦りながら、柚木に腕を引かれてきた長身の男と、泉たちはバッチリ目が合う。

 それは今朝後藤と言い争っていた男、三番大隊、佐々木鉄宏大隊長だった。


「「「ええええええええええええ!?」」」


 佐々木は後ろの大岩よりもその前にいる泉たちに気を取られる。


「何してんだ?こんなド田舎で…?」


 親子そろって同じ質問をする佐々木に泉たち夫婦は驚愕した。


「え?柚木中隊長のお父上って…」

「…はい。私は結婚して柚木になりましたが…。旧姓は、佐々木です…」


 泉たちは二人の親子を見比べる。びっくりするくらい似ていなかったからだ。


 その名の示す通り、嫋やかな花のような娘と、鉄のような益荒男の父。


 両者が親子とは微塵も思えなかった。

 しかしそんなことを滲は口には出さない。見た目のことはかなり繊細な問題だと知っている。これは大人の配慮なのだ。


「すごい!佐々木大隊長の要素が全然ない!」

「おいこらどういう意味だ」


 終いに泉が言ったが、滲は沈黙を貫いた。

 佐々木は頭を掻きながらため息を吐く。


「花奈は母親になんだよ!…それで?状況報告」

「はい。お二人は軍務の途中で遭難されたらしく、その際にこの大岩で立ち往生していたようです」

「なるほどな。了解した」


 佐々木親子は実際にそうだが、まるで上官と部下のように会話する。

 そして佐々木が泉たちの間を通り大岩に近づくと、その全体を見回した。そして数十秒見つめた後、佐々木はこう結論付けた。


「こりゃダメだな。俺でも壊せん。ましてや動かすなんて無理だ」

「やっぱりそうだよね…」


 父の言葉に娘は苦笑する。

 しかし柚木は小さな声で泉たちに振り返った。


「あの…、帰れないのなら、うちに泊まっていっても…」

「え!いいのか!ぜひよろ…」

「はあ!?それはダメだ!有明はまだしも男はダメだ!野宿しろ!」

「ええええ!?」


 拒絶された滲の袖を寂しげに引っ張り、泉は無言の抵抗を見せる。


「何お前?有明の新しい保護者?」

「違います。旦那です」


 保護者と言われたことが気に食わなかったのか、滲は即答する。

 それに佐々木は目を丸くしていた。


「え…!?結婚したって、香山たちのことじゃなかったのか!?」

「いえ、香山大隊長も以前キュリー副隊長とご結婚されました」

「え!?」


 年中海辺を飛び回っている佐々木は、内陸の情報には疎い。つい最近のことならなおさらだ。


 佐々木は真偽を確かめるように娘を見る。

 すると柚木は困ったような顔で頷いた。


「ほんとのことだよ…。だからお姉ちゃんたちにも危害を加えないと思うから、泊めてあげようよ…」

「お姉ちゃん?」

「たち?」


 柚木が説得してくれているところ悪いが、泉と滲はその際に発せられた言葉が気になる。

 そして嫌な顔した佐々木の後ろから、二人の若い女性が現れた。


「ちょっと!いつまで花奈を寒い外に出しとく気?ホント使えない父親ね!?」


 透き通る雪のような肌の細い腕を組み、ぴしゃりと言い放つ、冷たく強気な言動の女性。


「まあまあ、雪希(ゆき)姉さん。一概に決めてはいけません。花奈も一人の軍人。いつまでも小さかったあのころとは違うのですから」


 闇夜の月のように堂々と佇み、譲らない信念を持った、気高き声で語る女性。

 どことなく似ていると言われればそうだが、泉たちにはそれが親子には見えなかった。


「え?誰よこの人たち」

「この辺境の地にどのようなご用件が?」


 柚木の姉らしい二人は父子ともに全く同じ質問をする。

 おそらく長女であろう方は二人をいぶかしげに見つめ、次女であろう方は興味津々といった眼差しを向けていた。


「あのね、実はね…」


 柚木が二人に耳打ちすると、姉たちはばっと勢いよく泉たちに向き直った。


「「え?」」


 急なことに泉たちも肩をびくつかせる。


 しかし。


「やだもう信じられない!迷った夫婦を引き裂いて追い出す!?よくそんな酷いことができるわね!?」

「え?いや、俺はその…」

月穂(つきほ)!お客様のお迎えの準備よ!あたたかいものを用意して!」

「はあ!?」


 父の言い分を長女は全力で無視すると、次女に二人を家へ迎え入れるよう指示を出す。


「ちょっと待てッ!何勝手に!」

「お二人ともお気遣いなく。狭い家ですが暖を取ることくらいはできますので。ささ、どうぞ中へ」

「おい月穂てめえ!」


 次女は泉と滲の肩をつかみ、家の中へと押し込んだ。


「え?あの、いいんですか?」

「やったー!」


 戸惑う滲とはじける笑顔の泉はずかずかと佐々木家の敷居をまたぐ。


「何してんだてめえら!」


 そんな二人を佐々木は追い出そうと手を伸ばした。

 しかし泉たちを庇うように次女、月穂は両腕を広げ立ちはだかる。


「あら、こんな時まで文句?人助けを主流とする魔族討伐部隊大隊長が聞いてあきれるわね?」


 長女、雪希の悪態に、佐々木は痛いところをつかれたように表情を歪めた。


 だが雪希の猛攻はこれで終わりではなかった。


「一回頭を冷やした方がいいわ。自分がこの人に何をしようとしたか思い知りなさい。花奈、あの人置いて扉閉めちゃいなさい」

「え…?でも…」

「いいから」

「え!?おいッ!」


 ぴしゃり。


 手を伸ばした佐々木に、三姉妹はあろうことか寒空の下、無情にも自分たちの父親を閉め出した。

 これには滲も絶句する。

 そして、普段の佐々木からは想像もつかないほどの不遇っぷりに泉も目を見張っていた。


「開けろ!おい!開けろってッ!頼むッ!」


 結局、無様にも戸を叩き続ける佐々木は、「ごめん」というまで二時間、中に入れてもらえなかった。

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