新たな火種
帝都、軍部大臣邸宅にて。
「失礼いたします」
菊が報告書片手に扉を開けると、そこには黒革のソファに寝転がって煎餅を食べている後藤がいた。
「うわっ、お前職務中だろ?」
「いいじゃん。お前なんだし」
後藤は笑いながら心ばかりに姿勢を起こすと、菊に向き直った。
「で?今日はどうした?」
「どうしたじゃない報告書!」
煎餅の袋を退けて、菊は机にドンと書類を置く。
「へー、香山とキュリー博士の娘がねえ」
報告書の山の一番上にあった文面に後藤は声を上げる。
「結婚したらしいよ。香山次期当主の嫁探しは難航してたって聞くし、香山家も大喜びだそうだ」
「ふーん」
注釈をつけた菊に後藤は興味なさそうに適当な相槌を打ち、また煎餅を食べ始めた。
「お前なあ」
その様子に菊は苦笑する。
「香山大隊長たちにも言うの?結婚式はしない方がいいって」
「言うよ。ただでさえ世論が飛行魔族への対応を急かす中、機動力の要に抜けてもらっては困る。それは元文部大臣の香山の母親ならよくわかってるだろう」
言いながら煎餅のぼりぼりという音を響かせる後藤に、菊は苦い顔をした。
しかし、後藤は次の資料を見た途端ピタリとその場で静止する。
そして煎餅を咀嚼するのをやめると、あからさまに表情を歪めた。
「あー、最悪」
「え?」
それは一番大隊から提出された天邪鬼についての報告書。菊にはありふれた報告書にしか見えなかったが、その資料は、物事の趨勢を見極める後藤にとって喜ばしくないものだった。
「こういうことは先輩に聞くのが一番か…」
数秒考えたように後藤はそうつぶやくと、身を預けるようにソファにもたれかかった。
「菊。今の時期ならあいつらも戻ってくるころだろう?」
「あいつら?」
芳しくない表情を止め、後藤は菊に軍部大臣の顔つきに戻り命令を下した。
「三番大隊大隊長、佐々木鉄宏を呼べ」
それは新たな火種を予想した後藤の最初の一手であった。




