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薄明の空を君と見ながら。  作者: 佐野いさ
二章、二番大隊編
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告白と天邪鬼

 未地区麓の街。

 暴風雨の中で一番大隊は住人の避難誘導を行う。

 その最中。


「やあ!随分と好き勝手やってくれているじゃないか!」


 街道の真ん中に堂々と立ち、濡れ髪をかき上げる大路は、目の前で空を飛ぶ敵に挑発的な微笑みを浮かべた。


『ホほう?』


 水干に、老人のような嗄れ声。その両手両足にはムササビのような帆が括り付けられた雑面の鬼。


『娘よ、我に話シかけテくるとハ、腕に覚えデもあルのか?』

「血気盛んだね。喧嘩上等という訳かい?それならボクも覚えがあるよ。いや…ボクらかな?」


 腰の双剣を抜いた音を響かせると、大路は大地に打ち付ける雨に逆らうように膝を曲げ、地面を蹴り上げる。

 大路中隊長の合図に、隊員たちは市街の壁、屋根、物見やぐらを一斉に伝い駆け上り、雑面の鬼へと己が脚力のみの跳躍で一気に距離を詰める。


『何ト!?』


 力技のみで雑面のいる上空へと追いついた大路中隊に、鬼は驚きの声を上げる。

 そして一人の隊員が雑面の鬼の懐へ刀を振り下ろした。


 しかし。


「ぐああああああッ!」


 最も鬼に近づいた隊員の悲鳴に、大路は息をのむ。

 刀を振り上げた手は痙攣し、空からの一瞬の枝状の光の下に意識を失い、そのまま真っ逆さまへ落ちて行った。


 雷か!


「退避!」


 大路はすばやく隊員たちに撤退行動を指示し、自らは空気抵抗を減らして頭から落ちていく隊員を救い出そうとする。


 だが。


 間に合うかッ!?


 落ちる雨よりも早くと思う心が体に追いつかない。

 そんな中、街明かりの中から颯爽と人影が現れた。


「おいおいマジか!」


 空を見上げた榎本は素早く隊員の落下地点へ滑り込む。

 そして見事な力の逃がし方と体さばきで雷を受けた隊員を抱きとめた。

 大路はそれにふと笑みをこぼす。


「お~い!ボクも受け止めてくれ~!」


 後先考えず加速した大路の体は、もう地面の目の前だった。


「おわッ!お前の方が危ねーじゃねーか!」


 榎本の指示に即座に対応した榎本中隊の隊員たちは、円形になり大路を受け止める。


「アッハッハ!ありがとう!」

「笑ってる場合じゃねえ!こっちの避難は完了した!アイツはどうした!?」


 上空で笑う鬼を指さした榎本に大路は笑みを消し、真剣な顔つきになった。


「奴は雷を使う。空中戦の上、速さで劣るボクらではちょっと分が悪いよ」

「なるほどな。伝令!全部隊に伝えろ!避難は済んだ!後はぶっ放すだけだ!」

「了解」


 榎本中隊の伝令が即座にその場から離脱すると、避難誘導を終えた泉たちの下へひた走った。


「報告!避難完了!敵は雷使い!隊員の一人がやられました!」

「なに!うう、仇は取ってやるからな!」

「死んでません!」


 伝令と泉が素っ頓狂な会話を繰り広げる中、宇野中隊たちが暴風雨の中、敵を目視した。

 泉も目に敵の姿を入れると、足元の隊員たちを置いて雑面の鬼めがけて一人突撃していった。

 泉が眼前に捉えた鬼に滲は目を見張る。


「あれは、天邪鬼…!」

「あまのじゃく?」


 滲の言葉に宇野は首を傾げる。


「二十年前、討伐履歴がある個体です。たしかその時はこんな広範囲攻撃はなかったはず…」

「ということはさらに強くなったか、何かの西洋魔術を覚えたってことね。了解」


 そして宇野中隊は自らの武器を構えた。


「さて副隊長、どうするよ?」


 小回りの利く大路、榎本中隊とは違い、宇野中隊の武器は大型のものが多い。さらに破壊力まで桁違いのため、住宅地では住民の避難が完了しないと使いにくい。そして隊の生む被害総額をこれ以上増やさないためにも、市街地では副隊長の指示を仰ぐことが義務付けられていた。


「宇野中隊!高く飛ばせる自信のある防具を空へ投げろ!大隊長の援護だ!」

「了解」


 宇野中隊は誰一人理由がわかっていないにもかかわらず、副隊長の言葉を疑わず躊躇なく武器を空へと投げる。

 すると泉のいる高さを追い越した大刀の一つが、敵の雷を吸い寄せた。


『何ト、避雷針とナ』


 轟雷を吸い寄せる剣林の下を泉は這い出るように鬼へと迫った。


 そして。


「おりゃあああ!」


 効率というものを知らない泉は攻撃の隙を与えず鬼に前のめりの頭突きをかます。そして手の中の短刀で帆を裂けばいいものを、そのまま鬼を巻き添えに山へと突撃しようとした。


 だが。


「大隊長ッ?!何やってるんですか?!そっち避難区域の外…ッ!?」


 帆が邪魔で前が見えない泉は予想以上に山から軌道ずれ、隣街へ飛んでいく。

 困惑した滲はすぐさま大路、榎本、宇野中隊を集め、泉が落ちていく方角へ向かう。


 山に追い込めれば吉、市街地に追い込めば凶と出るこの戦いで泉は、あろうことか山に面した麓の街の平屋に突っ込んだ。


「キャー!」

「うわあああ!」


 避難誘導の済んでいない区間ゆえ、平屋にいた人間と、その周辺住民たちが突然の雨と魔族に悲鳴を上げる。

 それを見た宇野たち三人の中隊長は即座に避難指示を出した。


 被害総額を数えだして青ざめる滲をよそに、街は大混乱と化していた。




 時は遡り数分前。


 香山はまだキュリーの父話していた。


 すると。


『お父さん。少し、二人きりにさせていただけますか?』


 今まで黙っていたキュリーが口を開いた。

 その揺るぎない視線と落ち着いた声に、気持ちよく話していたキュリー父は少し驚いたように言葉を止める。だが、キュリーの父以上に香山がびっくりして、まるで悪いことでもしたかのように委縮していた。


「香山大隊長」


 二人きりとなった座敷で香山は冷や汗を流す。


「あ、あのっキュリーさん!今日は振袖なんですねっ。とてもお綺麗ですっ。私も仕事着でなく羽織袴でも着て来ればよかったでしょうか…」


 香山は即刻この気まずい雰囲気を解消しようと動き出す。

 しかしキュリーはそれに全く動じない。


「いえ。ワタシも武器を手放せずに来てしまったので、おあいこです」


 キュリーは料理の盛られた机の下から、慣れた手つきで鞘に納められた西洋剣を取り出す。


 若々しい朱色に、花をあしらえた振袖姿のキュリーが剣を取ると酷く不釣り合いに見えた。

 決してそう言うことではないとは言えない香山は、何とか話題を繋ごうとキュリーに便乗する。


「あ、実は私も持って来てしまったんですよね…。手放せずに。職業病でしょうか…?」

「はい」


 業務的なキュリーの短い返事に二人の会話は終わる。

 そして再び香山は冷や汗を流した。


「明乃介さん」


 改まったような呼び名に香山は耳を疑う。そしてそれは確実にキュリーが大事な話を切り出す前兆だった。


「あの、ワタシ…」

「大丈夫です!キュリーさんっ!」


 キュリーが口ごもると同時に香山は挙動不審に机を叩いた。


「貴女はご聡明で凛としていて陶器人形のような美しさがあります!親の七光りすら使いこなせない私なんかよりもきっとこの先さらにいい条件のお相手が見つかることでしょうっ!私のことはどうぞ気兼ねなくフッていただいてかまいません!貴女の幸せを応援いたします!だから職場ではどうかいつも通りに接して…」


 悲鳴に近い香山の声はキュリーを気遣う部分だけ大きく、最後の自分の要求は極端に小さい。

 ふとキュリーは笑ってしまった。


「キュリーさん…?」

「フフフ、明乃介さん」

「は、はい?」


 キュリーは顔を上げる。


「好きです」


 香山はそのへっぴり腰のまま固まった。


「…え?」

「臆病なのに優しくて、今も自分のことよりも他人のことを優先しようとしてしまう。そんなアナタが、大好きです」


 時の流れすら止めてしまいそうな静寂。引き込まれるような碧の瞳。

 香山があわあわと顔を赤らめたその瞬間。


 泉が天井から落ちてきたのはその時だった。

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