ご自愛ください
滲と泉は視認できぬほど遠くまで駆けて行く。
一人ぽつんと残された後藤はゆったりとイスにもたれかかり、残りの和菓子を食べ切った。
すると先ほどまで後藤の背後の席に座っていた男が、後藤のいるテーブル席に座った。
「はあ~、お前ほんと話下手だな」
見慣れない見た目に反し、聞きなれた声がする。
「いや~面目ないよ。菊」
目の前で盛大なため息を漏らす変装した菊に、後藤はのほほんと笑みを返した。
「笑い事じゃないぞ。私がどれほど途中で割って入ろうかと思ったか…」
「あっはっは!ごめんって」
思いのほか軽快な後藤に菊はさらなるため息を零す。
「で、どうだった?お前の見立てでは」
もとはと言えば後藤が「直接会ってみたい」と言いだして始めた計画だ。全準備を整えた菊には答えてもらう権利がある。
「うーん、いい子だと思ったよ?物もはっきり言えるし、有明のために怒れる子だ。理性的に見えて感情的な面もあって人に好かれそう。いいなあ、オレもあんな風になりたい」
「めちゃくちゃ罵倒されてたのによくそんな感想が出るな?」
「ん?そう?オレは全然好きだけど。ああいう子」
無神経なのか精神が図太いのか、それとも空気が読めないのか、はたまたその全てか、後藤という男は本当に自分への罵倒に無自覚だった。
自分の痛みがわからないからこそ、人の痛みがわからない。
菊はそんな後藤のことをいよいよ心配になってきていた。
「お前、初対面の時香山大隊長に何て言われたか覚えてるか?」
「”ご自愛ください”だっけ?なんで今その話?」
「いや、なんとなく」
呆れかえっている菊に後藤は「話を戻すが」とあっけらかんと笑っている。
本当に滲という男を気に入ったらしい。
「けれど…」
後藤はつぶやく。
「最後のあれは何だ?」
後藤が笑みを消し、目が真剣みを帯びた。菊もそのことについては疑問を抱いていた。
「私にはお前にさっきまで悪態をついていたことへの謝罪に聞こえたけど?」
「ならなぜ逃げる?オレにはもっと根本的なものに聞こえた」
「根本的なもの?」
その問いに後藤は頷く。そして探るようにして包帯の下の左目を抑えた。
「まさかな…」
魔族にえぐられたはずの傷を後藤はさする。
それは後藤の中にとある憶測が生まれた瞬間であった。




