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薄明の空を君と見ながら。  作者: 佐野いさ
二章、二番大隊編
22/64

軍部大臣vs滲

 突如現れた片目の男に滲は肩を跳ねさせた。


「あっ!せんせ…」


 満面の笑みで飛びつきに行こうとした泉はピタリと足を止める。

 そう言えば喧嘩別れしたままだったことを今思い出したのだ。


 泉は持っていた日傘を最早武器のように構え「ふしゅー!」と唸る。


「あっはっは」


 そんな片目の男、後藤は面白いものでも見たかのように声を上げて笑った。


「肩意地張らなくてもいい。この前は悪かった。結婚したんだって?おめでとう」


 流れるような謝罪と祝福に泉たちは若干の胡散臭さを覚える。けれど後藤は思ったことしか言わない、言えない性格をしているので泉にはそれが本心だということが理解できた。

「わかってくれたか!」と満面の笑顔を取り戻し、日傘を降ろして後藤のもとへ飛びつきに行く。


「うーっ、せんせーい!」

「はい、仲直り」


 後藤は軽く泉の頭を叩く。

 出会って数秒で和解した師弟の関係は、何年もこのやり取りを交わしてきた証拠だった。


「ああ、その人?井上滲ってのは?」


 後藤は滲に視線を向ける。その瞳は無機質ながら、まるで暴くような鋭さを備えていた。

 その目に滲の足は無意識に一歩下がる。


「そうだぞ!私の夫だ!」


 泉は空気を読まず得意げに滲を紹介する。


「随分、端正な優男だな…」


 何が意外だったのか、後藤はそうつぶやいた後、サッと滲に笑顔を向けた。


「初めまして。オレは後藤誉。有明の師匠みたいなものだ」


 刺すような視線とは裏腹に後藤の言葉は友好的だ。その差異が滲の目には異様に映る。


「ん?どした?」


 泉は慣れなのか、それとも絶対的な信頼を寄せているからなのか、後藤の機微に気づかない。ただ不思議そうに滲を見ている。


 しかし、なぜか泉から見た滲の纏う空気は、今にも後藤に噛みつきそうなほどむき出しの敵意を醸し出していた。


「いいえ。まさか軍部大臣殿が直々にいらっしゃるなんて、思いもしませんでしたから」


 滲は咄嗟に笑顔を張り付ける。


「へー、知ってるんだ?」

「新聞で何度か拝見したことがあります。その痛々しい左目は特徴的ですから」


 あまり人が気を遣って触れない左目のことを、滲は嘲るように堂々と触れた。


「ああこれね、確かに」


 しかし後藤は気にも留めない。

 天気の話をされたかと思うほど滲の話を軽く受け流した。


 泉は滲の異様な態度に違和感を持ちながらも首を傾げる。


「ん?先生は今日何しに来たんだ?はっ!まさか…先生も可愛くなりに?!」


「はわわっ」と胸をときめかせる泉に「いや、違う」と後藤は言い放つ。そして滲を見据えてこう答えた。


「今日はお前ら夫婦と親睦を深めに来たんだ。茶でもどう?」


 後藤は滲に笑いかける。冷たく、暴くような笑み。滲はその視線に目の鋭さを増した。





 後藤が案内したのは、泉たちが一軒目に訪れた和菓子屋だった。


「あれ?ここさっき来た」

「え?そーなの?まあいいじゃん」


 二人の師弟は揃って店に足を向ける。

 滲はその後ろを重い足取りでついていった。


「おや!兄ちゃんたち、もう気に入ってくれたのか!?」

「違うぞおじちゃん!今回は新しい客を連れてきたんだ!」

「おお!」


 店主と仲良さげな泉に後藤は驚きもしない。ただいつものことのように「大将、これください」と流す程度だった。

 そんな片目の男に店主は快活に笑いかける。


「応よお客さん!お持ち帰りかい?」

「店内で」

「はいよ!」


 豪快な店主からお目当ての物を受け取ると、後藤は店の奥へと泉たちを連れて行く。


「え?ここお店の中で食べれるのか?」

「そうだぞ。すごくね?ほら」

「うおー!」


 そこは今流行りのカフェとやらを意識した空間なのだろうか、和洋折衷のテーブルとイスが並べられていたお洒落な空間だった。


 その一つに後藤は腰かける。


「座らないの?」


 後藤はにこやかに問いかける。


 泉はそれにちょこんと弾むように座り込み、滲は後藤を警戒しながら音を立てぬよう席に腰かけた。


「いやあ、オレ来てみたかったんだよね、こういうところ」

「?先生が前にここに来たんじゃないのか?」


 先程まで案内していた後藤に泉は疑問を向ける。

 その問いに後藤は首を振った。


「いいや、ここが美味いって教えてくれたのは菊。オレはこんな店知らない」

「なるほど~!」


 身内ネタで盛り上がる泉たちに、滲は終始無言である。

 買っていた和菓子を泉に差し出されるまで、滲はずっと後藤を睨み続けていた。

 そんな滲に後藤は菓子を食べながら不思議そうに目を向ける。


「意外だな?もっと奥ゆかしいタイプかと思ってた。初対面でここまで嫌われるとは思ってなかったよ」

「どの口が言ってるんです?さっきから気持ち悪い視線を向けてきて、不愉快です。言いたいことがあるならはっきりとどうぞ」


 やけに後藤を挑発する滲は分不相応に長い足を組んだ。

 その態度に泉は驚愕する。


「態度悪いな」

「忖度はお嫌いなのでしょう?ならばこちらの方が話しやすいはずでは?」


 かなり強気な口調の滲は榎本並みに喧嘩腰だ。

 戸惑っている泉をよそに後藤は笑顔を向けた。


「まあいっか。君の言う通り大事なのは態度ではなく話の中身だ。そう焦らずにゆっくり話そう」


 後藤は菓子楊枝をゆっくりと自らの和菓子に切り込んだ。まるでそれが開戦の合図だと言わんばかりに。


「君はさ、有明のどこが好きなの?」

「言いません。不快です」

「あそう。ごめん」


 後藤の問いを、滲はズバズバと切る。まるで会話が続かない。

「親睦を深める」と言った後藤の言葉を信じている泉は、二人の間を交互に見つめている。


 だが、後藤は質問をやめない。


「でも随分急に結婚したんだね。オレびっくりしちゃった。保証人とかどうしたの?」

「婚姻届を取りに行った際、その場で宇野中隊長、榎本中隊長、大路中隊長になっていただきました」

「ええ!?そうなの!?」


 婚姻届を書いたはずの泉がなぜか動揺している。初めて知ったという顔だった。


「何か文句でも?」

「いや、オレもなりたかったなと思って」

「はっ、ご冗談を。あなたに頼めば結婚を反対していたでしょう?」

「よくわかってるじゃん」

「え?」


 先程「おめでとう」と言ってくれていた先生が否定しなかったことに泉は驚きとともに声を漏らす。

 そんな泉に後藤は付け加える。


「別に結婚しちゃったんならもう止める気はないよ。ただその前だったらわからなかったってだけ」


 後藤は安心させるために言ったらしいが、泉には微塵も効果がなかった。


「な、なんでだ?滲はいいやつだぞ…」

「そう。オレもそう思う。人は誰しも一つくらいはいいところを持っているはずだ。今日はそれを見極めに来た」


 後藤の鋭い視線に、滲はここぞとばかりにうっすい笑みを浮かべた。


「あなたのいいところってなんです?私にはそれが一つも見つかりませんけど?」


 とんでもない火力の煽り文句を叩き出した滲に泉は驚愕する。さすが榎本に「皮肉屋」と名付けられた切れ味は伊達ではない。

 だがその言葉に、後藤はきょとんと首を傾げる。


「さあ?言われてみれば確かに何だろ?」


 自己の良い点を探してみるが、やがて無かったのか後藤は滲に向き直った。


「まあそんなことはどうでもよくて、今は君のことだよ、滲くん」

「馴れ馴れしく呼ばないでください。虫唾が走る」

「ごめん」


 滲は最早虐げそうな勢いで後藤を睨みつける。

 されど後藤は動じず、和菓子を食べ続け呑気に言葉を紡いだ。


「そう言えば君、結婚式とかどうするの?」

「けっ、結婚し…!」

「泉さんのお心次第と考えております。ですが泉さんはまだ結婚について色々と覚えていただかなければならない部分が多いので、やるならまだ先になりそうです」

「いつくらい?」

「そうですね…。泉さんが左手の薬指を自力で指し示せるようになってからでしょうか?」


 ぎょっとした泉は即座に自らの左手を凝視する。あるのはお父さん指、お母さん指、お兄さん指…。


 あれ!?ない!


 やがて自分の手に薬指がなかったことに焦った泉は、バレないようにそっと左手を背に隠した。


「ほら、こんな調子ですよ?結婚式はまだ先のようです」

「らしいね」


 首を傾げる泉に、滲はなぜか落胆している。

 まさか薬指がないことがバレた!?と冷や汗を流す泉とは対照的に、後藤は冷静に言い放った。


「ははっ、それならこちらとしても都合がいい」

「どういう意味です?」


 この状況で笑った後藤に、滲はいぶかしげに表情を歪めた。


 すると後藤はとんでもないことを言い始めた。


「いやなに、結婚式はしない方がいいんじゃないかな~と思ってただけ」

「はぁ゛?」


 滲は後藤の言葉に敵意を剥いた。

 しかし後藤は続ける。


「別に今はってだけ。魔族が活性化しているこの状況において、軍最高戦力である有明の時間を拘束することは得策じゃない。それは君もわかることだろ?」


 後藤の言っていることは最もだ。しかし。


「よくそんなことが言えますね?それは個人の権利の侵害というものではないですか?軍部大臣。第一、自らを先生と慕ってくれる教え子に、こんな顔させて楽しいんですか?」


 弁が立つ滲は薬指がなく、結婚式まで否定された今にも泣きだしそうな泉を見る。

 しかし後藤は当たり前のように「楽しいわけないじゃん」とつぶやいた。


「教え子の結婚式邪魔して、へらへらしている奴の気が知れないね」


 お前が言うなと言いたくなるほどへらへらしている後藤に、滲は口の中の和菓子を噛み潰した。


「そんな怖い顔するな。状況が好転すればオレも呼んでよ」

「私的には御免被りたいですね。というか、状況が好転するとは一体いつのことです?魔族は強化の一途を辿る中、先行きの見えないこの状況より良くなることなんて今後ありますか?」

「おお、意外に諦めが早いな。お前の嫁は『魔族を全部倒す』と豪語したぞ」


 後藤の言葉に滲は目を剥いた。視界の端にいる泉は泣きそうながらも力強く頷いている。

 滲はそんな泉に絶句していた。


「アホらしい。魔族が一体いくらいると思っているんです?しかも彼らは復活するんですよ?それをどうやって…」

「それに関してはノープランだ。だが、諦めていない人間は有明のようにごまんといる。魔族復活についてはまだ解明されていないが、復活には一定の期間がある。かならず何か条件があるはずだ。それを暴けば事態は変わる。…人間をなめるなよ」


 そう言った後藤の瞳には初めてぎらついた光が宿る。

 それは滲には魔族に対しての宣戦布告のように聞こえた。


「そういや君はフランソワーズ語が話せるんだって?」


 唐突な一言に滲は耳を疑う。


「その力を活かして、君も魔族討伐に貢献…」

「どこで聞いたんです」


 滲ははっとして立ち上がる。そして言葉を止めた後藤に怒号を上げた。


「そのことは演習場にいた一部の人間しか知らないはずです!なのになぜあなたが知っているのですか?それだけじゃない。さっき私たちと出会った時あなたは何と言いましたか…ッ!?」


 怒りで震える滲の言葉に泉は思い返す。


 確か先生は…。


『やっと見つけた』


 そう言ったはずだ。


「よく駅前にいるとわかりましたね?私が泉さんにしか耳打ちしなかったこの場所をッ!」


 言われてみればそうだ。先生は演習場にも駐屯地にも滅多に来ないし、ましてや香山、キュリー、滲、泉たち四人しかいなかった簡易施設の話の内容まで聞けるはずがない。


 泉は恐る恐る後藤に顔を向ける。


「つけてましたね?私たちを、いいえ…“私を”でしょうかッ?」


 手の中に冷や汗を握る滲はキッと後藤に牙をむく。


 その様子に後藤は静かに口を開いた。


「ああ、気づいた?」


 何の悪びれもない後藤に泉は困惑した。


「まあ、つけてたのはオレじゃないんだけどね。仕事が忙しいオレに代わってお前たちを監視してもらったんだ。ほら、この時間だけじゃ君を知るのは難しいと思って、色々舞台を整えさせてもらった」


 口直しに茶を飲んだ後藤に滲は「まさか」と青ざめる。


「おかしいと思ったんですよ…。なぜ浜大隊長不在時に六番大隊と合同演習なんてするのか。なぜわざわざ精鋭と称し、私に敵意ある者しか集まっていなかったのか。まさか、香山大隊長のことまで?全てあなたが仕組んだことですかッ…!」


 取り乱した滲に後藤は静かに答える。


「香山のことは保険。でも期待以上だ。あいつはやっぱりよく見てる」


 滲の推測をいとも簡単に肯定した後藤は、テーブルに肘をつき少しだけ身を乗り出す。


「この際だから言っておく。オレたちは君の過去について調べた。そしたらどうだったと思う?初めてだよ。何も出なかった人間ってのは」

「え…」


 後藤の言葉に泉だけが反応した。

 勝手に滲を調べていたことにも驚いたが、それよりも泉には気になることがあった。


「菊さんでも…調べられなかったの?」


 泉は滲を見る。


 過去がないとされた男は目を見開き、死の淵に立たされたような顔をしていた。


「驚きだろ?身分を偽った罪人も、戸籍の無い孤児も、徹底的に調べてくるのが菊だ。それなのに何もないってのはどういうことだい?だからこうして直接君に会いに来た。どういう人物なのか見てみたくって」


 後藤はさらに身を乗り出す。


「人が怖いんだって?もしかしてオレのことも怖い?それはどうして?君は何者だい?君の過去には何があったんだい?教えておくれ。そうすればオレたちも何かしらの対処を…」


 バンッ!


「いい加減にしろよ」


 テーブルを叩き、辛うじて繋ぎ止めていた滲の敬語が消えた。


「いいね。楽しくなってきた」


 店内の注目を集め出した滲に、後藤は余裕の笑みを浮かべる。


「やっと腹割って話せそうだよ。そっちの方がオレは好み」

「知るか。黙れよ片目」


 容赦なく暴言を吐いた滲に泉は息をのんだ。


「はっはっは。いいね有明。面白い子を連れてきた」


 高らかに笑い声を上げた後藤を泉と滲は異様な目で見つめる。


「さすがはあの一番大隊を統括するだけのことはある。ただの外面のいい優男ってわけじゃなさそうだ」

「よくもまあいけしゃあしゃあと。調べはついているはずでしょう?もしかしてこの前泉さんに私の六番大隊所属時のことを教えたのもあなたですか?」

「ああ。だって結婚相手には必要な情報だろ?大隊長である有明を魔族討伐以外のことで頭を悩ませるのは好ましくないし」


 後藤はテーブルの上に置いてあった軍帽をひょいと手に取り泉にかぶせる。


「…ッ!」


 少しだけ泉の顔が強張った。

 滲の目がさらに鋭さを増す。


「勝手に言ったオレもどうかと思うけど、それを隠していた君も大概だと思うよ?そうまでして彼女を手に入れたかった?」


 なおも気にせず話し続ける後藤に、滲はふつふつと怒りが湧きあがる。


「黙れ。その件に関して泉さんからの合意は既に頂きました。あなたの出る幕ではないです。それとなんです?その軍人を押し付けるような態度。泉さんがそのことで悩んでいるのをあなたはご存じないんですか?」


 滲の言葉に後藤は変わらぬ笑顔を向けた。


「いいや、知ってる」


 泉は驚愕して後藤を見た。


「随分と恥知らずな」

「恥を知って魔族から人を守れるのか?」

「恥を知らずして魔族から人を守れていないあなたに言われたくありません。泉さんに前線を押し付けるなら、高みの見物を決め込む前にあなたが最前線に立つべきでは?そうでしょう?元一番大隊最強の大隊長?」


 嫌味ったらしく放った滲の一言は、わずかに後藤の余裕の笑みを崩した。


「…!滲それは!」

「行きましょう泉さん。こんな男と話しても埒が明きません」


 滲は泉の手を引き強引に連れ出そうとする。


 しかし。


「すまないな」


 後藤は立ち去ろうとした二人に笑いかける。そしてふと影を落としたように左目を抑えた。


「これがなければお前たちのことを、素直に祝福できたのかもしれない」


 そう言った後藤の顔は、自らのふがいなさを自嘲したようだった。


 だが、この一言に一番動揺を見せたのは滲だった。


「ごめんなさい…」


 先程までの威勢はどうしたというほど声は弱々しくなり、まるで懺悔するかのように泣き出しそうになっていた。


「え?なんで君が謝るの?別にこれは君のせいじゃ…」

「ごめんなさい…ッ!」


 けろりとしている後藤に滲はそのまま背を向け、泉を引っ張ったまま店外へと走り去る。その様は、まるでどうしたらいいのかわからない子どものようだった。


「え!?ちょっと待って!滲~!」


 慌てた泉は腕を引かれながら、後藤と滲を交互に見るが、最終的に滲についていくことにしたのか後藤にばいばいと手を振った。

 後藤も走っていく泉に手を振り返す。


 泉にとっては手を振り払い、ここに残ることだって簡単にできる。しかし今振り払ってしまえば、滲はどこかへと消えてしまいそうだった。

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