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薄明の空を君と見ながら。  作者: 佐野いさ
二章、二番大隊編
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デートは途切れる 三軒目

 三軒目に泉が足を止めたのは、色とりどりの商品が並ぶ華やかな雑貨屋さんだった。


 街でしか見たことがない、ハイカラな娘たちがつけている髪飾りやリボン、化粧道具や日用雑貨などが売られている。


 泉はこの日一番力強く滲の手を引いた。


「いらっしゃいませ」


 店に入ると、笑い皺を浮かべた着物の女店主が立っていた。歳を重ねているが、ところどころにある装飾は華やかで品があり、この店の雰囲気にふさわしい風貌をしていた。


「うふふ。お客様、この店は初めてで?」

「ああ!初めてだ!見ろ滲!なんかシャンシャンしてるぞ!」


 無知丸出しの泉は鈴のついた簪を何に使うかもわからず手に取り、神社の紙垂のごとく振り回している。


「泉さん、壊したら弁償ですよ」


 はしゃぎまくっている泉に滲はぐさりと釘をさす。

 業務で何度も破壊行為を繰り返している泉に、滲はいつもの薄い笑みを浮かべた。

 そんな二人に店主はふと口の端を上げた。


「よろしければつけて差し上げましょうか?」

「ああ、よろしく頼む!」


 切り替えの早い泉は店主に促され、座敷の鏡の前にちょこんと座り込む。そんな泉の髪を、店主は撫でつけるように器用に結わい、小さな花で彩られた簪を刺した。


「ふわああ…!」


 鏡の中の自分に、泉は感嘆の声を上げる。


「うふふ、とてもお似合いですよ。ですが…お客様の御歳で簪を知らないのも珍しい」

「ああ!この店にあるものほとんどつけたことないからな!」


 鏡に映る自分に目を輝かせている泉は、店主が驚いた顔をしていることを知らない。それと同時に、憐れんだような視線を向けたことも。


「それは、それは。よろしければ他もつけてみます?」

「うん!」


 泉が元気よく頷くと、店主はこれを好機と捉えたのか、大量の装飾品を持ってくる。


「…ッ!」


 店主の行動に滲は目を剥いた。


「お客様のような可愛らしい方には薄桃色のリボン…いいえ、いっそ服装から変えてもいいかもしれません」

「そうだろか?」

「ええ。花の乙女が装飾もつけたことがないなんて。座敷の奥に着物があります。それに着替えて店の物を全部試してみましょう」

「え!?あの、ちょっと…」

「ええ!?いいのか!よろしく頼む!」

「すみません、お連れ様。今からお客様がお着替えになられますので、殿方は少々お待ちください。それでは」


 引き留めようとした滲に店主は容赦なく座敷の仕切り幕を閉める。

 さすがに女性の着替える幕の向こうをまたぐことは滲には叶わない。


 滲が冷や汗をかきそうながらも、その中から聞こえてきたのは店主の囃し立てるよいしょの声と、それにまんまと乗せられている泉の声だった。


 今にも「全部買うぞ!」とか言いだしそうな泉に滲は気が気ではない。

 そんな不安を募らせ数十分後。店主が幕の中から出てきた。


「お待たせしました、お連れ様。旦那さんだそうですね。奥様のお綺麗な姿、ぜひ見て行ってあげてください」

「はあ…」


 がめつそうな微笑みを浮かべる店主に、滲の顔は待ち時間の疲れと不安で引きつっている。しかし次の瞬間、幕が開いた鏡の前に座る少女に、滲は目を丸くした。


 髪は美しく結わえられ、振り返ると花の髪飾りが揺れる。華やかな着物の似合うその愛らしい顔には、ほんのり化粧がされており、あどけなさの残る少女の姿を、ほんの少しだけ大人の女性に見せていた。


「あ、滲!どうだ?」


 色づく頬でにっこりと笑う泉に滲は目を奪われる。


「綺麗、です…」

「そうか!?やっぱり全部買っちゃ…」

「大丈夫ですッ!そんなもの無くてもあなたは既に可憐で愛らしく誰よりも美しいです!よって多くても一つにしなさい!いいですかッ!?」

「えええ!?」


 見とれていたのも束の間。滲はすぐに現実に戻ってきて泉を強めに戒める。


 しかし熱烈に「美しい」と言われたことに気をよくしたのか、泉は「そうか?」と恥ずかしそうに、そして満足気にその一つを選び始めた。


 滲はほっと胸をなでおろす。


「うふふ、お上手ですこと」


 店主はうまく言いくるめた滲に笑いかける。


「本当のことです。飾りなんて所詮は素材を引き立てるものでしかないんですよ」

「あらあら、素直じゃないのね」


 さっきまで見とれていたのは誰だったかと店主は口元に袖を当て微笑む。


 結局、泉は着物も装飾も全て外し、くるくる回すのが一番楽しかった桃色の日傘を買うことにした。


「いいなあコレ!」

「泉さんそれそういう使い方じゃないんですよ?」


 滲が会計しているのをよそに泉は店主に笑われながら、隣で日傘をずっと回している。


 その時。


「やっと見つけた」


 男の声とともに滲の肩がポンと叩かれる。

 滲が咄嗟に振り向くとそこには、左目を包帯で覆った、スーツの男が立っていた。

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