デートの始まり
香山と別れた泉は帝都、駅前広場へと駆けていく。
そこには赤レンガを背に、人目を引くほど優美に立つ、切れ長の目の青年の姿があった。
「滲―!」
泉は遠くの人ごみの中から剛速球で滲のもとへやって来る。小さな体で大きく手を振る泉の満面の笑みの叫びに、周囲の人は動揺している。
違う意味で人目を引いている軍服姿の少女に滲はふと笑い出した。
「どした?」
「はっはっは!すいません。あなたがとても、可愛らしいもので。ははっ」
涙を浮かべて可笑しそうに腹を抱える滲に泉はぽっと赤面する。
滲と一緒に生活して、慣れてきたはずなのに「可愛らしい」といわれるといまだに顔が赤くなってしまう。
照れくさくなった泉は咄嗟に話を逸らそうとした。
「え、ええっと、なんでここに集合って言ったんだ?家に帰るなら歩いた方が近いぞ?」
演習場簡易施設で滲が耳打ちしたことは、香山たちのことと、終わったら二人で待ち合わせしましょうということだった。
「ああ、その件ですか」
滲は人差し指で涙をぬぐうと、泉に目線を合わせ、そっと片手を取った。
「泉さん。僕と、デートしませんか?」
「…。デ!?」
「恋人たちがするアレのことです。さすがに大路中隊長から聞いてますかね?」
「お、おう…」
ピンときていなかった泉のために滲は先回りして説明する。一緒に生活して慣れたのはこの男の方だったらしい。
だが泉とてデートは知っている。大路中隊長がいつも女の子たちとやっているアレのことだ。
でも…。
「で、でもっ、駐屯地以外でその、デートしてるところなんて見たことないぞっ…。私はほとんど軍務でしか街に行ったことはないし…」
もじもじと泉は視線を泳がせる。その視線の先には街を歩く同世代の華やかな少女たちに向けられていた。
汚れた軍服とは違うモダン調の鮮やかな色の着物、ハイカラな娘はそよ風を受けた花のごとくワンピースを揺らしている。
泉は軍帽の陰に表情を隠した。
隊員たちの中にも泉と同じ格好の女性たちはいる。しかし彼女たちは幼少期や休みの日には年相応の娘のように着飾っている。
けれど、私には…。
戦場を駆け、魔族のみを倒してきた荒み切った記憶がよみがえる。別にそれがすべて悪い思い出という訳ではない。泉の心の中には、守り抜いた人々の笑顔がぬくもりとともに残っている。
それでも…。
暗い顔をした泉を滲はふと覗き込む。
そしてふと泉の軍帽を手に取った。
「…!」
驚き顔を上げる泉に、滲はいたずらっ子のように笑いかける。
「大隊長。泥をかぶり、軍人として職務を全うするあなたももちろん素敵ですが…、今は普通の女の子です。そうでしょう?泉さん」
口元を泉の軍帽で隠し、くすくすと笑う滲の表情は、うっとりするほど優しかった。
「普通の…女の子…!」
泉の瞳が大きく瞬く。そして花が満開に咲くように、嬉しそうにはにかんだ。
「ふへへっ。そんなこと言ってくれるの、お前だけだ、滲。やっぱりお前といると、楽しいな」
驚いた滲の表情に、泉は首を傾げて笑いかける。
身長差がゆえ、必然的に上目遣いとなった泉の視線に滲の心は不意に高鳴った。
しかしそれを彼女に覚られまいと滲はそっと繋いだ手を引く。
「ふわっ…!」
「ふふ、では行きましょうか」
「う、うん」
繋がれた手を凝視しながら、泉は初めて街の中へと引っ張られていくのだった。




