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薄明の空を君と見ながら。  作者: 佐野いさ
二章、二番大隊編
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恋愛相談会 ーキュリー編ー

 帝都、喫茶店にて。

 滲はキュリーから聞いた香山のプロフィールに驚きを隠せずにいた。


「文部大臣…貴族院議員…?華族?」

「はい」


 今まで数々の無礼を思い出し、滲は頭を抱える。


「逆になぜその御家柄があってあの性格なんです…?」

「お優しいからです」

「そうですか」


 滲の漏らした本音にキュリーは即答した。

 この世には色んな優しさがあることを滲が知った瞬間であった。


「あの、確認ですがキュリー副隊長は香山大隊長にご好意があるということでよろしいんですね?」

「その通りです。でなければ大路中隊長からアナタをご紹介していただいておりません」

「なぜ大路を一回挟んだ上で私に来たんです?もう彼女だけで良いのでは?」


 老若男女を虜にする美貌と心持なら、滲より大路は数段上のはずだ。心底不思議だと滲は顔をしかめる。

 けれどキュリーは首を横に振った。


「確かに最初はそう思い大路中隊長に相談しました。彼女の家は古くから香山家と社交界での面識がありますから」


 普段の言動からは想像もつかないが、そういえば大路も女学校に通える程のお嬢様だったなということを滲は今思い出す。

 ならばなおさらなぜと首を傾げると、キュリーは真っ直ぐな瞳を滲に注いだ。


「ですが大路中隊長はある日、隊を駆け巡ってこう言っていたのです。『うちの副隊長が大隊長に熱烈アッツアツプロポーズしたぞー』と」


 滲は絶句する。


 キュリーの物真似の完成度が思った以上だったのもそうだが、その内容に滲は飲んでいたコーヒーを吹き出しそうになった。


「すいません、本当にその内容で大路は全部隊を駆け回っていたのですか?」

「はい。一言一句間違っておりません」


 自信をもってキュリーは頷く。

 せめて間違っていてほしかったと滲は額を片手で覆い、大きめのため息をついた。


 しかしキュリーはなぜか瞳を輝かせている。


「ワタシその時思ったんです。なんて勇敢で素晴らしい行動なのだろうと」

「は?」


 滲はキュリーの予想外の反応に思った以上に素の声が出る。

 けれどキュリーは滲の反応などに構わず話を続けた。


「ワタシと同じような境遇なのに、何にも甘えず自分の力だけで思いを伝え成就させたその精神と行動力。ワタシは大いに感動しました…!」


 言葉を発するごとに前のめりになってきているキュリーに、滲は上半身をのけぞらせた。

 しかしキュリーはさらに続ける。


「そして今回アナタがフランソワーズ語にも理解があるということで、これ以上の適任者はいないと存じ上げます…!」

「そ、そうですか…。まずはいったん落ち着いて」


 滲はイスから落ちそうなほどのけぞった体でなんとかキュリーをなだめきかせる。


「申し訳ありません。取り乱してしまって」

「いえ、お気になさらず…」

「今日はどうすればアナタのような勇気を持つことができるのか教えてえていただきたく相談いたしました。具体的にはどうすればよいでしょうか?」

「どう…?」

「はい。井上副隊長は有明大隊長に告白、あるいはそれ以前にどのような下準備をしましたか?また、その心構えなど教えていただけると大変ありがたいです」

「えッ」


 キュリーの瞳は至って真剣だ。そんな恥ずかしいこと言えるかと口の端が痙攣している滲に、碧の瞳の真っ直ぐな視線が突き刺さる。


 香山のような優柔不断な人と普段一緒にいるからか、キュリーは物事をはっきりと言う。それが例え相手が赤面必至の質問でも。


 さすがは二番大隊の副隊長にまで登り詰めた人だ。


 滲はその精神の図太さだけは教えることは何もないと思った。


「そうですね…。下準備…」


 滲はコーヒーを飲みながら言葉を濁す。

 しかしキュリーの瞳は揺るがない。


「是非お願いします」


 キュリーは丁寧に頭を下げる。


 しっかりとした礼儀作法。軍人ではなく、まるでどこかの令嬢のようだ。

 滲は深いため息をついて呼吸を整える。

 たとえ自分の行いを話さなかったがために、キュリーが見合いを失敗することになればしのびないと思ったからだ。


「わかりました。話しましょう。…だいぶん気持ち悪いと思いますが」

「大丈夫です。なにせアナタは成功していますから」


 キュリーの真っ直ぐな視線が滲には痛い。

 だが、滲はそれをぐっと飲みこんで話し始めた。自身が泉を堕とすためにしたことを。


「まずは泉さんのリサーチです。趣味、嗜好、好き嫌い、交友関係、親類関係などを徹底的に洗い出しました。私はその時ただの平隊員でしたから信頼を勝ち得るために副隊長の座をもぎ取るようなこともしましたが…まあそれはいいでしょう」


 しれっと泉を堕とすために副隊長になったと明かした滲にキュリーは目を丸くする。


 しかしそんなキュリーにお構いなしに滲は顎に手を当ててなお話し続ける。


「ですが一番大変だったのはご両親への根回しでしょうか?私は先にご両親からの許可を取って告白しましたが、泉さんのご両親はだいぶ辺境にお住まいで赴くのに一苦労でした。最初は突然来た私を怪しんでおいででしたが、一番大隊の副隊長であることを明かすと喜んで家に上げていただけました。そこから何日か通い詰めてようやく気に入っていただけたのか、結婚を了承していただけましたが、やはり告白の時は緊張しますね。どう考えても恋愛経験の乏しい泉さんにどうやったら勘違いされずに好意を伝えられるかが鍵でした。もしかしたらその点は香山大隊長も似ているかもしれません」


 徹底的に泉の外堀を埋めていた滲はさらに続ける。


「しかしどれだけ下準備を積んでも想定外のことは起こります。家から一撃で追い返されたり、そもそも交友関係が軍事機密だったり…。香山大隊長の御家柄ならなおさらでしょう。このことより私が学んだのは、あまり自分を偽らず素でいった方がいいということです」

「素で?」

「はい。予定外のことが起きた時に対応するのはどうしても素の自分です。偽らず誠実に、相手のことを思っていると伝えることが大切かと」


 自分で言ってて恥ずかしさで死にそうな滲を、キュリーは拍手で讃える。


「素晴らしいです。アナタは有明大隊長をそこまで思っていただなんて」

「やめてください、恥ずかしいですから。あと自分で言ってて惨めさが際立ちます」

「なぜですか?外堀を埋め城を落とす。完璧な作戦だと思いますが?」


 まるで戦国時代のような例え方をするキュリーに滲は視線を逸らした。


「いや、実は肝心の泉さんとの交流をないがしろにしていたんですよね…」


 滲の言葉にキュリーは固まった。


「隊内では気恥ずかしくて他との差が付けられず、さらに告白時には彼女は私に怒られると思っていた始末ですよ?よくこの人間関係で告白を受けてくれたなと今でも思いますよ…」

「フフフ」


 滲の後悔を聞き、キュリーは初めて微笑んだ。

 その声は鈴の音が鳴るように可憐なものだった。


「ハ…ッ!すみません」

「いえ、本当に笑いごとのなので。にしてもキュリー副隊長は随分上品に笑われるのですね。お辞儀の時もそうでしたが、キュリー家も相当良い御家柄なのですか?」

「いいえ。これは香山大隊長に教えていただいた作法です。あの方は最初、ハナヤマト語がわからないワタシのために、わざわざフランソワーズ語を勉強して、色々なことを教えてくださったのですから」


 そう言ったキュリーの瞳は、真に恋する乙女のように揺れた。

 滲はキュリーがあのへっぴり腰に惚れた理由が少しだけわかった気がした。


「ふふふ、いい方だったんですね」

「はい。とても」


 あったかい気持ちが広がったように、キュリーはそっと胸を抑える。


「井上副隊長は有明大隊長のどこに好感を持ったのですか?」

「え?」


 そして唐突に滲に視線を向けてきた。それは探るような瞳ではなく、ただ恋バナ仲間を見つけたような瞳だった。

 滲はそれにそっと微笑む。


「そうですね。明るく純粋で、子どもっぽいのに誰より懐が深いところでしょうか」


 誰にも話したことがないことを滲は吐露し、少しはにかんだ。


「キュリー副隊長は?」

「ワタシは、臆病なのに誠実で優しく、部隊を最前線で引っ張っているところが、大好きです」

「ふふふ」


 本人たちには言えない心の内を共有し、二人は小さな喫茶店で、密かに微笑み合うのだった。

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