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薄明の空を君と見ながら。  作者: 佐野いさ
二章、二番大隊編
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恋愛相談会 ー香山編ー

 帝都、高級料亭にて。


 歴史と格式を感じさせる店内で、泉は香山に勧められるがままパクパクと料理を頬張っていた。


「ここにキュリーさんご一家を招こうと思うんですけど、どうです?」

「いいと思うぞ!料理美味しいし!」


 雅な店の雰囲気に似合わず、大層粗野な食べ方をしているが、泉は誰からも咎められることはない。それは香山の客人だというところが大きいのだろう。


 香山大隊長の実家は華族であり、父は貴族院議員。母は元文部大臣というすごい経歴の持ち主であるからだ。


「あの、聞いてます?有明さん」


 しかし香山はそれを鼻に掛けたりはしない。むしろ分不相応だと己を恥じている。


 香山は目の前の料理を貪り食っている泉を見て少し不安げに眉を下げた。

 そんな香山に泉は屈託のない笑顔を向ける。


「ああ、聞いてるぞ。香山大隊長なら大丈夫だ!」

「どこをどう聞いたらそうなるんですか!?私まだ見合いに十三回失敗したって話しかしてませんよっ!?」


 香山は自分で言っていて悲しくなったのか肩を落とす。


「両親はですね、こんな私を見放さず次々と見合い話を持ってくるんです。でもそのご温情に報いれず年ばかりを重ね、ことごとく失敗しているんですよ…。しかも今回は自分の隊の副隊長!気まずいフラれ方をされたら職場の空気は一巻の終わりっ!私仕事辞めちゃうかもしれません!」

「ええ!?それは困る!」


 泉は夢中だった食事の手を止め慌てて声を上げた。


 普通の隊員ならば泉もここまで引き止めはしない。しかし香山が思っている以上に、彼が抜ける穴は大きい。


「ダメだぞ!ただでさえ魔族が活性化してるとか先生が言ってたんだ!“帝國最速の大隊長”に抜けられたら困るぞ!」


 帝國最速の大隊長。


 泉の対となってつけられたその名は、飛びぬけた飛行技術をもつ香山の異称だった。


 その速さは、およそ音速。


 測定したキュリーの父親たちの度肝を抜いた出来事である。その記録は、高度で泉は追い抜いたことはあるが、速度で追い抜いたことは一度もない。


 正真正銘、魔族討伐部隊の機動力の要なのだ。


 しかし。


「逃げ足の速さだけで大隊長になった私ですよっ!?誰ですかそんな大層な文言をつけたのっ!」


 香山はもう涙声である。


 自己肯定感が低い香山はそれを過大評価だと受け取っている。


「帝國最速と言われる大隊長はどんなものかと蓋を開けてみたら、根暗で卑屈でなんか生気の無い男がそこにいるんですよ!?そんなの嫌じゃないですか!?その文言に当てられて入隊してくれた方のがっかり顔ときたらもう申し訳なさ過ぎて…!」


 香山は惨めさに顔を覆う。


「無能な上司を持った挙句、その男と見合いさせられるキュリーさんが可哀想ですよ!」


 香山は涙ながらに「穴があったら入りたい」と机の中の陰に隠れていく。

 そこで泉はふと疑問を覚え、手を止めた。


「ん?香山大隊長は見合いを成功させたいんだよな?」

「まさか!?私は『どうすればキュリーさんに気を遣わせずにフッていただき、尚且つ職場で気まずくならないように接していただく方法』を考えに来たんですよ!」

「ええええええええええええ!?」


 泉は思っていた目的と真逆のことを言われて驚愕する。


「それ、なんで私に相談したんだ…?」

「私友達が少ないんですよ~っ!その中でも貴女はご結婚されていて、言い寄られる女性の気持ちもわかるでしょう?だから貴女ならキュリーさんの気持ちもわかるかなって…!」


 少ない人脈で最もキュリーの立場に近いと思ったのが泉ということだったらしい。

 悲しいくらいにキュリーから遠い泉は、なんだか香山を可哀想だと思ってきた。


「ん~。でも大丈夫じゃないか?香山大隊長いい人だぞ?お菓子くれるし」

「世の中そう甘くはないんですよっ!」


 スイーツに突入した泉に香山は叫ぶ。


 教養のある香山は頭の回転も速い。

 それこそ滲並みに。

 キュリーの思いを既に知っている泉からしたら、杞憂もいいところだ。


 ふと泉は滲のことを思い出して、食べていたプリンとやらのスプーンを置く。


「なあ、話が変わって悪いが、今日の滲はどう思った…?」


 泉は浮かぬ顔で香山を見る。

 机の陰から出てきた香山は、その神妙な面持ちに息をのんだ。


「そうですね…。どう、というのは…?」


 香山の問いに泉は答えられない。何と言っていいかわからないと口をもごもごしている。

 その動作だけで香山は泉の言わんとしていることを察知した。


「わかりました。率直に話します」


 香山は自分の話を一旦置いて、泉の話に耳を傾けることにした。


「あの方から受けた印象は、大きく分けて三つです」

「三つ?」

「はい。一つは彼の身体的特徴、一つは彼の性格、もう一つは貴女がもっとも懸念する恐怖」


 思っていた以上の情報を香山が感じ取っていて、泉は少々面食らう。だが香山はおそらく滲を心配している。でなければこんな話はしない。

 泉はこの話が滲の根幹にかかわる部分だと心して聞いた。


「まず彼の身体的特徴です。彼、踊りか何かをやっていました?」

「へ?」


 突拍子もない質問に泉は目を丸くする。


「あ、言ってない感じです?ごめんなさい…」

「いいぞ!続けてくれ!」


 香山の目は泉の何倍もの精度で滲を捉えている。それは香山が二番大隊大隊長に就任してから泉の知るところだ。

 泉は前のめりになり話の続きを催促する。


「わかりました…。飛行訓練の時思たんです。足場が不安定だと人間の癖というのは如実に現れますから」


 如実という言葉がわからなかった泉はポカンと口を開ける。


「あ!つまりあの方の動きは踊りっぽかったってことですっ!なんだか軍の訓練は窮屈そうで…」


 両手をあわあわと広げて要約してくれた香山に、泉は「なるほど」と納得した。


「でも私が気になったのは、その踊りが…おそらくハナヤマトのものじゃないんですよね」

「というと?」

「私は家柄的に海外の方と交流することもありますが、そこで見た踊りと随分似ていたんです…」

「それはフランソワーズ?の踊りか?」

「え?」


 泉は滲がフランソワーズ語を話していたことを思い出す。しかし香山は首を振った。


「いいえ。私が見たのは砂漠の国の方のものです。だから気になったんですよ。珍しいなあって」


 香山の言葉に泉は首を傾げる。


 砂漠の国?なんで?


 軍部では魔族が世界から魔術を輸入してくるので一応泉にもその知識がある。しかし人間の間でまだ砂漠の国地域との交流は盛んではない。

 それこそ元大臣級の人物しか会えない人たちだ。


 それがなぜ…?


 泉は謎が謎を呼んだ気がして天井板を見上げる。


「それで二つ目なんですけど…」

「うん」


 天井を見上げたままの泉に香山は話し続ける。


「彼の性格。彼、六番大隊の方に逃亡者と言われていましたが、本当はそんな人じゃないと思うんですよ」

「だよなあ!私もそう思うぞ!」


 突然泉は大きな声を出す。共感してくれる人がいて嬉しかったのだ。

 しかし香山は満足げに頷く泉よりもさらに深いところまで見ていた。


「彼、むしろもっと報恩の気持ちが強い方だと思うんです…。あ!大事な人に恩返ししたいって意味です!だから今は貴女に迷惑をかけるようなことはしたくないはずなんですけど…」


 このことは香山もわかっていないのか彼も首を傾げる。

 それと同じように泉の首を傾げた。香山がわからないのであれば泉もお手上げだ。


「で…?次は?」

「あ、はい!次ですね!」


 理解できなかった事柄を泉は飛ばした。


「最後に恐怖。彼はずっと何かを怖がっているんです。多分、人を。まるで群れからはぐれた渡り鳥、天敵の檻に放り込まれた雛のように」

「ほ、ほう…」


 急に比喩表現が入ってきて泉は戸惑ったが、滲が震えていることだけはわかった。


「過去、何か彼はひどいことをされたんですか?」

「…。わからない」


 泉は暗い顔をする。


「教えてくれないんだ、昔のこと。聞こうとしても言いたくないって言うし…」


 視線を落とした泉はこれが自分の心だと言わんばかりにプリンを揺らす。

 その様子を香山はじっと見ていた。


「そうですね。誰だって話したくない過去の一つや二つありますよ。私だって見合いのためにこんなことしてるなんて、キュリーさんには口が裂けても言えませんし~っ!」


 香山は「ひえええ」とバレた時を考えて悲鳴を上げている。

 その様子に泉は少しほほ笑んだ。すると香山はプリンを揺らしていた泉の手をすっと止める。


「けれど貴女は私とは違います。彼は貴女と、あの中隊長さんたちの前だけはとても楽しそうです。信頼しているのでしょうね。きっと言いたくないことがあっても貴女たちは彼の拠り所なんでしょう。やはり奥さんの力とはすごいんですね~っ!」


 奥さんの、力…!


 香山なりの気遣いと本音に、泉は目の中の輝きを取り戻す。そしてなんだか照れくさくなってはにかんだ。


「ふっふっふーん!そうだろ!」

「はい!」


 得意になった泉に、その年の差十三歳の香山はまるで子分のように付き従っている。

 そんな香山に、心持を取り戻した泉は向き直った。


「香山大隊長、話を戻すが、お前はフラれる気でいるんだな?」

「はい!それがどうかしましたか?」


 自分をあてがわれたキュリーを可哀想だと思っている香山の返事は明快だ。

 しかし泉はぐっと香山に詰め寄った。


「本当にそれでいいのか?」

「え?」


 香山は意表をつかれたように固まった。


「私は人の気持ちがどうとかよりも、まず自分の気持ちを聞くぞ」


 その真剣な泉の瞳と純粋な言葉は、憐れみで凝り固まった香山の心をわずかに揺らし始めた。

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