エイミー・キュリーの悩み事
香山の命を受け、キュリーが一番大隊の集まっている場所へたどり着く。
そこには。
「おいもっと後ろ下がって!」
「止まらないんだー!助けてくれー!」
「皮肉屋下がれそのままじゃ!」
「えっ!?」
滲が振り返ると、大路の後頭部が滲の眼前に迫っていた。
「「グハッ!」」
左から来た制御不能の大路と、右から飛んでいた滲の二人が空中でぶつかる。
そのまま頭から落ちた大路を宇野が器用に横抱きに受け止め、滲は榎本の上に真っ逆さまに落ち、衝突した。
「オレ今日こんなのばっか…」
「すみません…。私の不注意です…」
榎本と滲は頭を押さえ、その場でうずくまる。
その傍らで泉はうんうんと唸っていた。
「おかしいな?ヒュー!ずばっ!ドン!のはずなんだけど…」
さっきと言っていることが違う泉と、思ったより元気そうな滲に、キュリーはどう対応していいかわからない。
とりあえず怪我人の手当てが必要だと思い、キュリーは榎本たちのもとへ飛び寄る。
『大丈夫ですか?どこかお怪我は?』
キュリーの突然の母国語に、榎本は意味が分からず目を白黒させている。
すると滲は頭を押さえながらバツが悪そうにこう言った。
『申し訳ありません。お恥ずかしいところを。少々頭を打っただけですので大丈夫です』
『それならいいのですが…』
見知らぬ言語で流暢に会話しだす二人に、一番大隊全員は目を見張った。
「え?何て言ってるんだ…?滲」
泉は二人に近寄り滲とキュリーを交互に指さす。
「お怪我はありませんかと聞いています。榎本は大丈夫ですか?」
「お、おう…」
榎本は頭を押さえていたことも忘れ滲に目を丸くしていた。
一瞬にして言語を入れ替えた滲を泉たちは凝視する。
その皆の視線にキュリーははっと口元を抑えた。
「申し訳ありません…!つい、母国の言葉が…!」
キュリーは気が付いたようにハナヤマト語で話し始める。
しかし。
「ああ、いいですよ別に。私が聞き取れれば問題ありませんので」
滲は立ち上がると、キュリーに「お気になさらず」と柔らかい笑顔を向けた。
今まで多言語を操れることなど知らなかった泉たちは開いた口が塞がらない。
「とてもお上手ですね。ワタシも違和感なく話してしまいました」
「そうですか?長く使っていなかったので自信がなかったのですが…」
「長く?以前はフランソワーズ語を使う環境にいたのですか?」
キュリーの何気ない一言に、滲の笑みは一瞬固くなる。
その機微を泉は見逃さなかった。
「え、ええまあ、そんなところでしょうか…」
「そうなんですか」
キュリーはなぜか瞳を輝かせて話を続ける。
その後ろで泉は心にもやっとした雲が広がった。
何で隠した?
泉にはよくわからないが、明らかに滲は詮索を嫌がった。
褒められるのが恥ずかしかったんだろうか?
泉は楽観的だった。
私ならいっぱい自慢するのになあと、謙虚な滲とは正反対のことを思いながら、泉はキュリーたちに目を向ける。
すると離れたところにいた大路が宇野に横抱きにされたまま戻って来た。
「やあ、エイミー!今日も一段とオルゴール人形のように美しいね!」
「大路中隊長、ご無沙汰しております。今日のアナタも絶好調のようで何よりです」
「ありがとうマイハニー!」
どうやら元から知り合い、否。恋人だったらい(大路が勝手に言ってるだけ)二人は親しげに話す。
腕の中から大路を下ろした宇野は固まったまま震え出していた。
「え?大路中隊長って何人彼女いんの?」
全部隊に彼女がいる大路をさっきまで抱えていた宇野は周りの視線を気にしだす。
そんな宇野に榎本は「考えるな」と首を振った。
すると大路は話の途中で何かを思い出したかのようにピタリと言葉を止めた。
「そうだエイミー、この前言ってた人って彼だよ!」
「…!」
キュリーは大路が指さした人物に振り返る。
その人物とは、滲だった。
「…。はい?」
完全に「何の話?」と蚊帳の外だった滲は数回の瞬きを繰り返す。
「彼ならきっとキミの力になってくれるさ!」
「本当ですか…!」
大路の言葉にキュリーはなぜか瞳を輝かせている。
「えっ…?何がですか?」
距離を詰めてきたキュリーの予想外の反応に滲はわずかにその場からたじろいだ。
人形のように整った顔立ちの西洋美人と、洗練された切れ長の目を持つ、端正な横顔の滲が並ぶと、これ以上ないほどに絵になっている。
泉はそれに嫉妬した。
「私のっ」
泉は滲の腕を引っ張り、キュリーを威嚇するように膨れっ面をした。
「い、泉さんっ…」
滲はなぜか戸惑いながらも嬉しそうである。
キュリーははっとして滲から距離を取った。
「すみません。そういうつもりでは。ただ想像以上に適任者だと思ってしまって…」
「適任者?」
泉が聞き返すと、キュリーは「はい」と頷いた。
「実はですね、今言うことではないと思いますが、私、近々お見合いをすることになっていまして…」
キュリーは恥ずかしそうに頬を染める。
その一言に泉と滲は固まった。
あれ?
「あー!それ香山大隊長も…モガッ!」
まさかと思い滲は泉の口を瞬時に塞ぐ。
すると突然キュリーは滲に頭を下げた。
「お願いです。その腕を見込んで、ワタシを、助けていただけませんか?」
どこかの大隊長と同じような言葉を発し、キュリーは滲に頼み込むのだった。




