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薄明の空を君と見ながら。  作者: 佐野いさ
二章、二番大隊編
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対魔飛行訓練

 泉たち一番大隊と香山はキュリーに急かされ、訓練を始めるべく整列する。

 訓練の内容は合同訓練。別に合同訓練自体は珍しくないが、今回の訓練は特殊だった。

 本日の参加部隊は一番大隊、二番大隊、そして六番大隊の少数の精鋭部隊だ。

 泉はその三部隊の前に慣れた動作で堂々と立つ。


「有明大隊長」

「ん?」


 泉が視線を向けると、キュリーが泉の装置を差し出した。


「こちらをお使いください」

「おお~!直ったのか!ありがとう!」


 泉は先ほどまでの大隊長の顔も忘れ、満面の笑みで受け取る。


 対魔飛行装置。元お雇い外国人のキュリーの父が開発し、泉が以前ぶっ壊して滲に大目玉を食らった代物だ。


 一か月ぶりの再会。やはり自分のは馴染みますなぁ。


 泉はニコニコと帰って来た相棒を足腰に身に着ける。

 そして素早く隊員たちに方へ向き直った。

 皆もう準備を整え整列している。


 上出来だ。


 泉はふと口の端を上げる。

 一応号令は年齢や体裁を考えて香山大隊長が行った方がよいのだが、本人がおよび腰なので泉が代わりを務める。


「これより対魔飛行訓練を開始する!全部隊、飛べ!」


 泉の号令に、皆は一斉に装置に力を込める。

 力を込めると泉の体はふわりと宙に浮き、空を縦横無尽に舞う。


「うっはっは!久しぶりの感覚だ!ひゃっほーい!」


 泉は一か月ぶりの空が楽しくて少々はしゃぐ。


 対飛行魔族用に作られたこの装置は、捕らえた魔族のエネルギーを利用することにより人間の飛行を可能にしている。

 泉にはよくわからなかったが、完成時は先生が柄にもなくはしゃいでいたほどすごかったらしい。


 雲と隣り合わせになるほど泉は高くまで来たが、楽しみはそう長くは続かない。

 泉は後続がいないことを確認し、演習場へと急降下する。


「よっと!」


 泉は元居た地面へとつき浮遊すると、その惨状に目を見張った。


 対魔飛行装置。その優れた性能は先生ですらはしゃいだものだが、一つの大きな欠点があった。


「どいてー!どいてどいてー!」


 宇野がどういう訳か焦った顔で列を横切っていく。

 その後ろでは大路が榎本を追いかけていた。


「おいこっち来んな大路ッ!止まれ!」

「止まらないんだ!ボクこのままじゃ流れ星になっちゃう!祈るなら今だよ?」

「言ってる場合か!」


 空中を暴走する大路から榎本は走って逃げる。もはや装置を使っていない。

 他の隊も同じだ。皆産まれたての小鹿のように震えている。


 そんな中。


「見てください大隊長!ちょっと浮きましたよ!」


 朗報顔の滲はつかまり立ちを卒業した赤子のように拙く浮いた足で泉のもとへ近寄ろうとする。

 しかしそれを演習場を一周した宇野の頭突きで妨げられた。


「ゲホッ!」

「ごめん!ほんとごめん!」


 滲を犠牲に宇野はやっと地面に着地すると、泡を吹いて倒れた滲の肩を揺らす。


「副隊長~ッ!」


 まるで親友を失ったかのような慟哭を宇野は上げる。

 これが対魔飛行の欠点。扱えるものが非常に少ないのだ。

 

泉は思わずため息を吐く。

 

泉にとっては簡単なこと。現に泉は試作品当初からこれを使いこなしていた。


 しかし。


 流星から隕石へと変わり果てた大路は榎本の背へと墜落する。


「ぐへッ!」

「あ、やっと止まれた」

「そこどきやがれ色ボケ女!重いんだよ!」

「え!それは装置がということでいいんだよね?さすがにボクも傷つくよ?」

「どっちでもいい!早くどけ!」


 数々の不可能を可能にしてきた最強の一番大隊でもこのありさまだ。やはり扱うのは相当難しいらしい。


 そんな中、泉の隣に危なげなく浮遊する影がもう一人。


「ああ、皆さんお怪我しなければよいのですがね…」


 地獄絵図の隊員たちを憂い気に見つめる香山は、軽やかに泉のもとへやって来る。

 この中で対魔飛行装置を扱えるのは二人だけ。香山と泉だ。

 しかし現状はもっとひどい。なにせ、このハナヤマト帝國全魔族討伐部隊をもってしても、これを扱える人間は泉たち二人を入れて、たったの三人しかいない。


 どうしたものか。


 泉は小さな頭を抱えた。


「教えたはずなんだけどなあ…。グっ!えい!バビューン!って」

「ええ!?本当にそれで教えたんですか!?」

「うん」


 擬音しか使っていない感覚的な泉に香山はわなわなと震えている。


「も、もう少し寄り添って教えてあげましょう?ほら、隣で見て指導してあげるとか…」

「おお!そうだな!」


 香山の名案に泉は即隊員たちの中に飛び込んでいく。


「諸君!わからないことがあったら私が教えてやるぞ!遠慮なく頼れ!」


 小さな体で泉はドーンと胸を張る。

 その姿を香山は羨望のまなざしで見ていた。


「かっこいいですね…。私も見習わなくては…!」


 香山は人前が苦手な体を押し、泉に倣って隊員たちに飛びよる。


「そこはもっと姿勢よく、そう。水の中で立つ感覚に近いかもしれません。そうです!安定してきましたよ」


 擬音まみれの泉の指導とは違い、香山の指導はわかりやすい。臆病な分観察眼が鋭い香山は、人に何かを教えるには持ってこいの性格をしていた。


 つまり自然と皆は香山に教えてもらおうと集まる。

 がら空きとなった泉陣営は少々膨れていた。


「ふん!いいもん!私一人でやるもん!」


 泉はずけずけと空へ拗ねに飛び去ろうとする。

 本来ならいつもこのあたりで滲が止めに来るはずだ。


 けれど、待てど滲は止めに来ない。


「?」


 どこにいるのかと泉が空中からあたりを見回すと、滲は地に足着けたまま誰かと話していた。

 あいつらサボっているのかと泉は滲たちのもとへと降下する。


 すると彼らの会話が聞こえてきた。


「お前さ、よく俺たちの前に面出せたもんだな」


 その一言に泉は空中で静止する。

 滲は押し黙っていて、何も言わない。

 相手は複数人。おそらく気質からして六番大隊の者たちだ。


「まただんまりか?」

「…。その節は、申し訳ありませんでした」

「何がだ?あの時お前が逃げたことか?俺たちを危険にさらしたことか?それとも、最後まで理由を言わぬお前をかばってくれた浜大隊長の顔に泥を塗ったことかッ!」


 六番大隊の男は有無を言わさず滲の胸ぐらをつかみ、そして壁へと押し付けた。


「悪いと思っているのなら理由を言えッ!」


 それでも滲は黙ったままだ。


「ごめんなさい。それだけは…言えません」

「…ッ!」


 カッとなった男が滲に拳を振り下ろそうとする。


「待て!それはッ…!」


 泉は急いで滲のもとへ駆けつけようとする。だが、この距離では届かない。


 やられるッ!


 泉が届かぬ手を滲に伸ばした瞬間。


「暴力は、いけませんねぇ」


 珊瑚の死骸のように活気のない人影が、一瞬にして滲と男のもとへ割って入った。


「「…!」」


 二人はあまりのことに息をのむ。

 先程まで泉よりも遠く離れたところで指導していた人間が、突如目の前に現れたのだ。

 その速さには泉も目を見張る。


 見えなかった。


 泉ですら目で追えないその速さに六番大隊の精鋭たちにどよめきが生じる。


「隊内での揉め事はご法度。それは規律を重んじる六番大隊のあなた方が重々承知していることでしょう?」

「香山大隊長、これはッ…!」

「わかっています。色々訳はあるのでしょう?でなければ貴方たちが意味もなく規律違反をするはずがありませんもの。けれどルールを破るというのなら、その行為は貴方たちが今責めている方と同じ、ここに不在の浜大隊長の顔に泥を塗る行為に等しいんじゃないですか?」


 香山の口調はあくまで静かで諭すようだ。しかしその瞳には有無を言わさぬ迫力を備えていた。

 六番大隊の男はしぶしぶ滲から手を放す。

 泉もその隙に滲のもとへ着地した。


「よかった!どこも怪我してないな!」

「大、隊長…」


 泉は滲の無事を確認し大いに喜ぶ。そして一刻も早くここから離れなければと思った。


「あっちで訓練しよう副隊長。宇野たちは今頃大惨事だぞ!」


 呆然としている滲の手を泉は強引に引っ張っていく。


「逃げるなよ」


 香山になだめられていた男の声が滲たちに降りかかった。


「逃げるなよ井上。敵から逃げ、責任から逃げ、さらには我々六番大隊からも逃げる気かッ!」


 男の語気は強い。滲が足を止めてしまうほどに。

 滲は怯えている。明らかに顔色が悪い。

 それでも泉はグッと滲を引っ張った。


「言わなくていいと言ったのは私だ。その責任なら私にある。今回のことはそれで収めてくれ」


「はあ?そんなのッ…!」

「行くぞ滲」


 泉は振り返らずに一番大隊が固まっている方を目指す。


「あいつ何なんだよ」

「一番大隊に行ってもおんぶにだっこって…」

「あんな小さな大隊長に…」


 六番大隊の連中は腑に落ちず腹の虫がおさまらないでいる。


「あ、あの皆さんっ、小さなとは言いますけど、彼女に私たちは束になっても勝てませんし…!きっと彼もそんなに悪い人じゃ…」

「はぁ゛?」


 円満に収めようとした香山に六番大隊の視線が突き刺さる。


「ひぃ!」


 完全にとばっちりの香山は逃げるように後方へ揺蕩う。


 香山とて滲にも非があると思う。

 しかし人より観察眼の優れた香山には、彼がそのようないわれを持つ人間には見えなかった。


 むしろもっと…。


 香山が滲に視線を向けようとした時、六番大隊の皆は後方に飛び上がった香山に敬礼をする。


「失礼、香山大隊長にそのようなことをするつもりは…」

「あ、いえいえ私は大丈夫ですっ!」


 規律を重んじる、集団行動第一の六番大隊の皆は揃ってキッチリと頭を下げる。


「訓練に戻ります。ご教授いただけますか?」

「は、はいっ!喜んで!」


 最早どちらが上司かわからないほど香山は下手に出て教えを垂れる。

 それでも六番大隊の精鋭は香山大隊長に尊敬の念を忘れない。

 皆真面目に香山の指導に耳を傾けている。

 その隙に香山は一人の隊員を呼びつけた。


『副隊長』


 急に香山が聞き取れぬ音を発し、六番大隊の男は戸惑う。


「今何と…?」

『いかがいたしましたか、大隊長』


 六番大隊の男が困惑していると、二番大隊の副隊長、エイミー・キュリーが現れた。

 どうやら香山が発したのは男への助言ではなく、キュリーの母国語だったらしい。


『キュリーさん、一番大隊のあのお二人を見てきてあげてくれませんか?特に、彼の方を』

『かしこまりました』


 キュリーは香山から二、三言葉を受け取ると、地面から五センチ浮いた両足でスイスイと滲たちのもとへ飛び去る。


 言葉少なでも香山の言うことをキュリーにきちんと汲み取れる。

 それが二人の信頼であり、今の二人の関係性であった。

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