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面白い男
日没を迎えた夜。
後藤は軍部大臣邸宅で、先ほどまで机の上の小瓶にいなかった蝶を見て、暗い窓の外を眺め重いため息をついた。
「失礼します、大臣」
扉の向こうに、菊が音もなく現れた。
「入れ」
後藤は菊の声に顔すら動かさず、不機嫌そうに窓の外を見ている。
「また魔族が復活したようだな」
「ええ。しかしそんなことよりもこれを」
中に入って来た菊は後藤に気まずそうに一枚の書類を差し出した。
「なんだ?」
「井上滲についての調査資料です。ご覧ください」
後藤は菊から無言で書類を受け取る。そして書面に目を向けると、驚いたように片目を見開いた。
「これはどういうことだ…!?」
後藤にしては珍しく声を荒げた。
「私にもわかりません。こんなことがあるとは…」
隠密と情報収集能力に長けた菊は冷や汗をかいている。
後藤は手の中にある書類を信じられないという風に片目で睨んだ。
「あの男、想像以上に面白いらしいなッ…!」
後藤は口の端を上げながら焦燥の汗を流し、書類を机に叩きつけた。
そこには軍入隊までの井上滲の出生、身元、あらゆる過去のすべてが不明と記されていた。




