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義妹より義姉でしょうが!  作者:
プロローグ
8/9

8

 放課後の風紀室。

窓の外では吹奏楽部の音が遠くに響いている。けれど、この部屋だけは音が吸い込まれていくように静かだった。


冴島菜月は机の端に腰掛け、眼鏡の奥からこちらを見ている。

その瞳は琥珀色。冷たく澄んでいて、何かを見透かすようだった。

俺は椅子に座り、原稿用紙の前でペンを持ったまま、手を動かせずにいた。


「で。まだ書けないの?」

「……いやぁ、その」

「かれこれ一時間経ったけれど」

「時間たつの早いっすねー」

「ふざけてるの?」


 ものすごい睨み付けように、思わず椅子を後退る。


「ら、らいたい見つめられたら書けなくなるんでしゅよ」


 菜月はペンを机に置き、腕を組んだ。

彼女は、視線を落とし、原稿用紙の余白を見つめる。

書けない理由は、言えないでいた。

だが、ふと見せた優しい顔に自然と言葉を漏れてしまった。


「……家、帰りたくないんですよね」

「は?」

「いや、別に虐待とかじゃないです。普通の家です。たぶん」

「たぶん?」

「兄貴は新しい家族はつくるし……」


 菜月は何も言わず、ただじっと見ていた。

俺は、言葉が止まらなくなっていた。


「家族って、なんなんですかね。血が繋がってるだけで、何も共有してない気がする。俺が何を考えてるかなんて、誰も興味ないし。俺も、誰に話していいかわかんなくて……」


「……それで、書けないの?」

「書こうとすると、全部嘘になる気がして。誰かに読まれるって思うと、余計に」


 菜月は少しだけ目を細めた。

その表情は、いつもの冷たさとは違っていた。


「じゃあ、私に読ませなければいい」

「え?」

「誰にも見せないって決めて書けばいい。本当に言いたいことを、誰にも見せない前提で書く。それなら、嘘にならない」


 目を見開いた。

菜月の言葉は、意外だった。

けれど、どこか救いのようにも感じた。


「……それ、風紀委員としてはアウトじゃないですか?」

「形式に意味はないよ」


 初めて少しだけ笑った顔を見ると。少し肩の荷が軽くなった気がした。俺はペンを持ち直す。

原稿用紙の余白が、少しだけ柔らかく見えた。


 ──風紀室を出て、もういないだろうとルンルンと歩道を歩く。問い詰められても呼び出されたと言えばいいのだ。さて、家に帰ったらOVAの続きを見よう。

夜の街は静かで、路地裏は暗く湿っている。雨が降りそうだ。


 暗闇の先が車のハイビームで照らされ、自然と目が追ってしまう。

そこには、髪を束ね、仁王立ちしている詩織義姉さん。

光が彼女の背後に落ち、顔は影に沈む。


詩織義姉は何も言わない。

ただ、そこにいる。


その瞬間、俺の肩から鞄が滑り落ちた。


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