6
人生のエピローグが始まろうとしている。
チョークの音が妙に頭に響く。
「では、次の主人公の心理描写、読んでくれる人~」
三島先生の柔らかい言葉でも俺の心臓は痛む。
後ろにいる監視者の視線が突き刺さっていた。
(やばい……名字が呼ばれる……バレる……殺される……)
「はいっ!!」
食い気味に叫んだ俺の声が、教室の空気を切り裂いた。 三島先生が、目を丸くする。
「……あ、ありがとう。じゃあ、お願いね」
俺は立ち上がりながら、震える声で言った。
「先生……俺のこと、今日から下の名前で呼んでください!」
教室がざわつく。未来が「は?」と小声で漏らす。
三島先生は、頬を赤らめる。
「え……えっと……和希くん……?」
(よし、名字回避成功!)
「えっと……人は生まれにして孤独である」
和希の声は震えているくせに、目だけは三島さんから絶対に離れない。ページをめくるたび、視線は本文より彼女の顔や髪、仕草へとスライド。目に思わず血がたぎる。
「和希くん、ちょっと視線そらしてくれない?」
朗読中にもかかわらず、彼女の声には冷たい刃が混ざっていた。
「え、あ、でも、せっかく」
言い訳する和希の声は裏返り、教科書を落としそうになる。
「いいから」
慌ててページに視線を戻すも、ノートの端のハートは消せずじまい。 三島先生は距離をとるようにイスを後ろへ引いた。
「その……集中できないから、少し下向いててもらえるかな?」
集中できない――要は「気持ち悪い」宣言に他ならない。和希は俯きながら再び声を絞り出す。
「人間の感情とは、時に理性を凌駕し、その衝動は言葉を超えて行動へと転化するのである。そして――」
朗読を終えた瞬間、教室の空気が一瞬凍りつく。
三島先生は大きく息を吸いこむ。
「ありがとう……和希くん、読んだところは感情のところじゃないね。不正解」
その声色は、演劇部の台詞のような作り笑い――和希の胸にグサリと刺さった。 読んだ所は俺の心理描写だったのだろうと席につくなり思った。
(やべぇ、完全にドン引かれてるぅ)
後ろに座る未来が小声で囁く。
「ねぇねぇ……高嶺の花だよ」
うるせぇ、分かってんだよ。
そして、視界に入った詩織姉さん。笑顔は無くなり、目の色を真っ黒にそめて、俺のことを見つめていた。
やることやったのに、そんな顔する?