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車内は暗く、揺れだけがはっきりと伝わってくる。床に押しつけられ、汗で髪が額に張りつくのを感じた。制服の袖が腕に巻き付き、足元のスニーカーが床に擦れる。
突然、口元に湿った布が押し当てられた。息が一瞬止まる。タオルの匂いと、車内の油と樹脂の混じった匂いが鼻を突く。声は出せない。目だけで状況を把握するしかなかった。
前方で、男たちの声が気の抜けた調子で交わされる。
「五人は多すぎだろ」
「文句言うな。向こう着いたら分かれるんだからよ」
「それより時間だろ。首都高、今なら空いてるよな」
「あぁ湾岸回りなら」
「あそこなら、夜は誰も来ねぇよ」
湾岸——その一言で、胸の奥が冷えた。
外の街灯が窓に反射し、暗い車内にちらちら光の筋を落とす。
「旧冷凍の方だよな」
「倉庫番号も変わってねぇ」
「管理会社、もう潰れてるって聞いたぞ」
笑い声。まるで、行き慣れた場所に向かうかのような軽さだった。
車は速度を上げ、街灯は後ろに流れ、振動が床から全身に伝わる。
足元に、小さな何かが当たった感触。指が、空を掴む。
(あれ)
もう一度、探る。ポケット。バッグの内側。それでも、無い。
胸の奥が、すっと冷えた。姉からもらった、スマホのキーホルダー。何でもない日に、何でもない顔で渡されたもの。私は唇を噛み、額にかかる髪を払いのけた。外の街灯が窓にちらつき、街の光景がまるで遠くの夢のように揺れる。
——どこで、落とした?
あそこなら……考えようとしたその瞬間、腕をさらに強く掴まれる。
自分勝手なのは分かっているのに、考えてしまう。
助けて。




