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探偵でSPとか、聞いてない  作者: 岳川渓湖
3章 南のかくれんぼ

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 廊下の蛍光灯が、少しだけ揺れていた。トイレの鏡に映る自分の顔を見つめる。頬が少し赤い。冷たい水をすくって、流す。目を閉じた瞬間、足音が聞こえた。


 ——トン、トン。規則正しい革靴の音。


 耳が勝手に反応した。この響き、覚えてる。

和希の歩き方。しつこいな。

息を殺して、個室のドアの上から覗く。

廊下を、黒いスーツの男がゆっくり通り過ぎていった。スマホで何かを確認している。たぶん、GPSの信号。


(これ……いつのまに)


 ポケットの中の携帯を取り出し、電源を切る。

大丈夫。私なら。鏡に映る自分へ、小さく呟いた。

こういう時は、焦っちゃだめ。昔から得意なんだ、かくれんぼ。


 鬼の視線を避けるコツは三つ。まず、溶け込む。

次に、動かない時間を作る。最後に、音を立てない。

それだけだ。制服の上に、掃除用のジャンパーを羽織り、髪をまとめる。モップとバケツを手にして、職員通路を歩く。誰も、清掃員の顔なんて見ない。

裏口に出ると、ちょうど搬入口のトラックが荷下ろしをしていた。段ボールの影に滑り込み、深呼吸。

携帯の代わりに、胸ポケットのメモを握る。

逃げる場所は決めてある。

書いてあるのは、たった一言。

それでも、心の奥に灯りがともる。


(駅……じゃない。あそこしかない)


 トラックの陰を抜け、雨の匂いが残る風を切って走る。靴音がアスファルトを打つたびに、胸が締めつけられる。


 これでいい。関係ない。遠くで車のエンジン音が響く。誰かが、名前を呼ぶ声も聞こえた気がした。

私ってガキなんだなってつくづく思う。


でも、振り返らない。



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