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昼過ぎ。
俺たちは、警察署へ向かっていた。
車内の空気はやけに静かだった。
運転席には斎藤拓人。タイミングのいい気遣いが売りのドM。こんなやつの隣に南を座らせるわけにはいかないので、おれが助手席に座る。ウイルスバスターです。後部座席では、南が窓の外を見ている。反射する街並みを眺めながら、どこか遠い世界にいるような顔。
「緊張してます?」
と拓人。
「……別に」
南は短く答えた。
「塩対応たまらないねぇ」
「アンタも条例違反で警察につき出すわ」
「お互い様じゃない?」
「こりゃ、一本とられた」
「アハハハ」と、高笑いをする男どもにため息を漏らす南。フロントミラーごしに拓人は、あっけらかんと語りかける。
「母親って、思ってるより強いもんですよ」
「強すぎるの。だから、私いらないの」
その言葉が、車内に薄く残った。
——いらないなんて、誰が決めたんだよ。
何も言えないまま、警察署に到着。
拓人がドアを開けてくれる。
俺と南は並んで中へ。
建物の中はひんやりして、書類の匂いとコーヒーの香りが混ざっていた。
「受付してくるね。二人はここで待っててください」
「お願しやっす」
ほんの数分。
受付を済ませて振り返ると、南がそわそわしていた。
「どうした?」
「……トイレ行ってくる」
「場所わかる?」
「うん。大丈夫」
「俺も」
「ついてこないで」
ですよねー。
彼女は廊下の奥へと消えた。
俺はソファに腰を下ろし、腕時計をちらり。
——三分、五分、七分。
時間の流れが妙に長く感じる。
人の出入りは多い。制服姿の警官、記者、住民。
でも、その中に南はいない。
「……遅いな」
立ち上がって、廊下を覗く。
女子トイレの前まで行っても、出てくる気配がない。
背後から、斎藤がやってきた。
「南ちゃん、どうしたんです?」
「トイレって言って、戻ってこない」
「ふむ……」
拓人は腕時計をちらっと見て、ため息をついた。
「和希君。外も見ときましょうよ。こういう場所、裏口が多いんで」
嫌な予感が、喉の奥を掴む。
二人で廊下を抜け、署の裏口へ。
職員用の通路、段ボールが積まれた搬入口。
その隅にぽつんと、南の鞄が落ちていた。空気が、一瞬止まる。
「マジかよ」




