27
テーブルの上では、南のタオルから滴った水がぽたり、ぽたりと音を立てている。声をかけるタイミングを探していた。怒りが収まったわけじゃない。けれど沈黙の温度が、どこか寂しい。
「あのさ」
ようやく出た声は、予想以上に情けない。
南が、濡れた髪を指でいじりながら顔を上げた。
「なに」
「いや、風邪ひくぞ」
「ふん」
それだけ言って、また黙る。
ああもう。こういうとき、どんな顔すればいいんだよ。謝っても怒られるし、黙ってても気まずいし。
俺の脳内ではすでに謝罪文テンプレートが十通分ループしていた。
「南ちゃん、話聞いてもいい?」
亜紀の優しさに閉ざしていた唇をかすかに震わせながら、彼女は暗く呟く。
「お母さんが再婚したの」
目を合わせないまま、絞り出すように言う。
まるで、湯気の向こうの誰かに話しているみたいだった。
「お父さんとは去年離婚してね。私、どっちの家にも居場所がないの。あの人、新しい家庭を完璧に作りたいみたいで、私がいるとバランス崩れるんだって」
淡々とした口調なのに、声の奥が震えていた。
俺は、胸の奥がずきんと痛んだ。
「……それで、家出?」
「まあ、そんな感じ。逃げたら怒られるのわかってたけど、もういい子やめたくて」
南は自嘲気味に笑った。
けど、その笑いは泣くより苦しかった。
「……そっか」
俺は、湯気の向こうの彼女に言った。
「前のお父さんには会いに行こうとしなかったの?」
詩織は言葉を選ばず、正論を問うと、南は首を横に降ってうつむく。
「住所も連絡先も知らない。失踪したんだ」
蒸発ってやつか。
「明日、警察にいくことになってる。」
「やだ」
「……バカじゃないの」
真琴が冷たい言葉を投げる。
「まぁまぁ、俺も一緒にいって、仲立ちするから」
「……自首」
少し黙ろうか美羽ねぇ。
その隣の南は、ぷいっとそらされる。
でもその横顔が、少しだけやわらかく見えた。
「わかるわけない」
その夜、湯気が消えても、ぽつりとつぶやいた彼女の言葉だけが胸に残った。




