17
数時間後。
光の粒子がゆらゆらと漂っていた。
朝日とも違う、どこか舞台照明のようにきらめく光が、薄暗い寝室の中を染めている。俺は瞬きを繰り返しながら、隣に気配を感じた。
「……ん……お兄ちゃん」
布団の隣、すぐ横顔の位置に妹――紗奈がいた。さらりと落ちた髪先が、俺の肩口をくすぐる。白い頬にかかる髪は汗で少し湿り気を帯び、吐息はほんのり甘い。
「……なんで俺の布団に入ってんだ」
寝ぼけ眼の俺は咄嗟にそう突っ込んだが、彼女はぱちりと目を開き、子猫のように微笑んだ。
「夢を見てたんだよ。……わたしとお兄ちゃんが、女の子同士みたいに恋をしてる夢」
「はあ?」
寝起きの頭がにわかに理解を拒んだ。
けれど紗奈はいたって真剣で、つやめく唇から小さな吐息をこぼした。
「女の子同士って、いいよね。だって、恥ずかしくないもん。可愛いって言えるし、ぎゅってできるし……。だからお兄ちゃんも、女の子になっちゃえばいいのに」
「……いやいやいやいや」
突拍子もないことを言いながら、妹は俺の手をぎゅっと握る。冷たくて細い指先が、朝の布団のぬくもりと混ざり合う。
その指が少しだけ震えていて――俺は、ふと気づいてしまった。
(まさか、本気で言ってる?)
彼女の目は冗談じゃない。透き通る瞳が、俺をまっすぐ映している。
甘い吐息が、唇が、すぐそこに――。
ああ、これが“百合しい世界”の始まり……。
そう思った瞬間、視界が白くとろけ、ノイズが走った。
――バンッ!!
「誰が寝ていいって言った?」
耳をつんざくような音で、俺はハッと目を覚ました。
そこは寝室ではなく、無機質な壁と蛍光灯に照らされた――取調室だった。
「もぅ……深夜の1時ですやん」
トホホとうなだれる。
目の前の机を叩いているのは真琴姉。今日は胸元がチラチラ見えるようなスポーティーな白Tシャツを着ている。その後ろでは美羽姉が、退屈そうにパソコンにメモを打ち込んでいる。あくびまでしてやがる。
「で、女の子を誘拐した理由を聞こうか?」
「だーかーら! なんで俺が誘拐犯になってんだ!」
「アンタが女の子連れて帰ってきたって言うからよ」
「保護だろうが! 夜遅くにあんなところで一人だったんだぞ!」
俺も机をバンと叩くが、真琴の眼光に萎縮してしまう。
「年下の女の子連れて帰ってきたら、アンタなら黒でしょ」
再び机をバンと叩かれ、俺はびくっと震えた。
「なんでこんなことしたの?」
「かくかくしかじかで……」
「また説明しないつもり」
後ろで美羽姉が、眠そうな声でつぶやく。
「容疑者、供述拒否っと……」
「書くな! 勝手に記録するな!」
「だって眠いんだもん」
「言い訳の質が低いな!」
真琴姉は眉間に皺を寄せてため息をついた。
「はぁ……ほんとあんたって、信用できないわ」
「俺のどこが信用できないって言うんだ!」
「全部」
即答だった。美羽姉が顔も上げずに相槌を打つ。
「それにさ……シスコン疑惑、前からあるよね」
「シスコンってなんだよ! 俺はフェミニストだ!」
「どっかで聞いたことある台詞。まったくこれだから、自覚ゼロのオタクは」
「そうね。美羽。和希のお宝本、フリマに出品しときなさい。シス禁させましょ」
俺の絶叫が、取調室の安っぽい壁に木霊した。