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桜川探偵事務所SP課! ~妹推しの俺、五人の義姉に迫られています~  作者:
1章 妹は、幽霊でもかまいませんよ?
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 湿った空気がまとわりつく。懐中電灯の光の輪が、崩れかけた廊下を舐めるように進んでいく。

 床板がギシリと鳴るたびに、未来が小さく身をすくませる。そのすぐ後ろを、拓人が妙にテンション高く「いいねいいねぇ……」と呟きながらついてくる。


そして、ぽつんと立つ廃屋にたどり着いた。黒ずんだ壁にツタが絡みつき、窓はほとんど砕けている。


「……本当に入るの?」


 未来が足を止め、嫌そうに眉をひそめる。


「当たり前だろ。妹の痕跡を追ってきたんだ」


 俺はきっぱりと言った。胸を張って。


「愛だ!」


 拓人が横から彼女の肩を叩く。カメラを片手に。


「まぁまぁ未来ちゃん。芸術的なレベルのキモさだし、貴重な観測対象だよ」

「盗撮のまちがいじゃないの? 触らないでください」

「コンマミリセンチは離してるよ?」


 三人の言い合いは止まらない。だが和希は振り返らず、ギィと扉を押し開けた。

内部は暗く、湿った匂いが漂う。床板がみしりと軋み、窓の隙間から差し込む月光が埃を照らした。


「……出たな」


 廊下の奥で、影が走り抜けた。


「わがきみぃぃぃ!」


 俺は叫ぶなり全力で駆けだす。


「待てバカ! 勝手に行くな!」

 

 未来が追い、拓人も慌てて走り出した。薄暗い廊下を全力疾走。コーナーを曲がった瞬間、ぐしゃっと何かを踏みつけ、派手に転倒した。だが和希はすぐに起き上がり、また走る。天井から垂れ下がったクモの巣に顔を突っ込み、蜘蛛まみれになっても気にしない。


「障害があればあるほど、燃えてくるな……」

「頭打ったの?」

「未来……俺は正気だ」

「なおさら異常だね」


 追いかけっこは続く。階段を駆け下り、和希はバランスを崩して滑り落ちた。


「これが、試練か!」


 転げ落ちた先には大きな鏡が立てかけられていた。

 和希は鏡に映った自分を見て、息を呑む。


「あぁ……妹が見てる……!」

「それあんたの顔! 正気にもどって!」


 未来が全力で突っ込み、拓人が腹を抱えて笑う。だが笑いの直後、背筋が凍るような冷気が流れ込んできた。三人が一斉に振り返ると、廊下の奥に小さな影が立っていた。乱れた髪。少女がこちらを見つめている。


「いた」

 

 未来が小声でつぶやいた。和希の胸が高鳴る。だが声をかけようとした瞬間、少女は踵を返して駆けだした。


「追いかけっこかーい!」


 また全力で追う。断じて、ストーカーに成り下がってはいない。

やがて、屋敷の一番奥──崩れかけた応接間に少女は座り込んでいた。彼女は怯えた目で三人を見つめる。


「ここ……私の家なの」


 震える声でそう告げた。もはや、家じゃない。築何年だ? ボロボロな家だ。


「でも、お父さんとお母さん、ずっと喧嘩ばかりで……家に居場所なくて。だから、ここに逃げてきてただけ」


 空気が静まる。和希も、未来も、拓人も言葉を失った。ようやく未来が口を開く。


「……じゃあ、幽霊とかじゃなくて」

「ただの、近所の子……?」


 拓人が苦笑する。だが和希だけは、少女をじっと見つめ、真顔で言った。


「帰りたくないのか……」


 俺は言葉を探す。少女は窓辺に立ち、夜の森を見やった。


「ごはんも、各自勝手に食べて、部屋に籠もって。家族って、なに?」


 虚ろな声。

 俺の胸に何かが突き刺さる。

 未来が一歩踏み出しかけたが、俺が手で制した。


「……さっき、俺のことお兄ちゃんって呼んだよな」

「呼んでない」

「呼んだ!」

「……呼んだかも」


 少女はわずかに視線を逸らす。

 その仕草が、無性に守りたくなる。

 俺は堪えきれず、微笑んでしまった。


「いいぞ。もっと、お兄ちゃんと呼べ」


 未来の冷たい視線。


「これは保護者的立場を確立して、信頼関係を築くためのプロセスだ!」

「ニヤけながら言わない」


 拓人は腹を抱えて笑っている。

 だが、少女の表情は少しだけ和らいでいた。


「……変なの」

「いいんだよ。変なお兄ちゃんでも」


 その時、腰の通信機が鳴った。『和希、状況報告を』美羽義姉の声だ。


「俺に妹ができたよ」

『は?』


 俺は確信した。この子を、もう一人にはさせない。

たとえ血がつながっていなくても——。

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