15
一瞬、心臓が止まりかけた。
……でもそれは、恐怖じゃなかった。
嬉しかった。
心の底に、じんわりと熱が灯った。
自然と振り返る。
懐中電灯の光の先——そこに立っていたのは、セーラー服姿の少女。
顔は、見えない。光が届かない。
なのに——声だけが完璧だった。
小さくて、守りたくなるような響き。
まるで、何かを思い出させるような。
いや、思い出じゃない。これは本能だ。
「……今、俺のこと……お兄ちゃんって言った?」
思わず、口元が緩む。
自分で気づく前に、もう頬がにやけていた。
「かずくん!?」
拓人の声が聞こえるが、どうでもよかった。
未来の手のぬくもりすら、今は遠くに感じる。
この状況で、お兄ちゃんなんて……!
やばい。落ち着け。いや、落ち着くな俺。
これは、今世紀最大の尊みでは?
口の端が勝手に上がっていく。
笑いじゃない。これは、慈しみの微笑みだ。
「君、名前は? 歳は? 好きな食べ物は? 家族構成は? 学校は行ってる? 友達いる? 男の影とかない? ないよね? ないって言って」
少女は返事をしなかった。
ただ、顔の見えないまま、そこにじっと立っていた。
その沈黙すらも、妹らしいと思ってしまった自分がいた。
「和希……マジきもい」
未来が引き気味だ。
俺は咳払いしながら、慌てて真面目な顔に戻す。
「……落ち着け。これは状況把握のための質問だ。調査だ。必要なプロセスだ」
「どう見ても、目がキラッキラしてたんだけど……」
「してねぇよ!? してたかもだけど違う!!」
しかしその時——
少女の姿が、すっと霧のように消えた。
そこにいたはずなのに。影も、足跡も、残っていない。
「消え? へ?」
思わず、空中に手を伸ばす。
何かを、掴みたかった、消えた妹。
俺のこと……お兄ちゃんって。
言ったんだよぉぉ!
「妹を助けにいかなければ……」
「何妹認定してるの!?」
未来の驚きを背に走り出す俺。
呼び止める声など耳に入らなかったのである。