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「和希さ……どっかで女装してた?」
開口一番、それだった。スゥゥゥ。
「……なにを根拠に言ってるのか、詳しく」
俺はあくまで冷静を装いながら、机の中に突っ込んだプリント類をかき集める。
夕陽の赤が教室の窓から差し込み、机の影を伸ばしていた。放課後の教室は、まるで別世界のように静かだ。
「いや、根拠っていうか……第六感?」
「それ、証拠じゃないよね?」
俺の問いかけに、ポニーテールがトレードマークの長谷川未来は頬杖をつきながらニヤニヤしている。
「でもさ、日曜の夜。渋谷のメイド喫茶、妙に警察騒ぎになってたらしいじゃん? しかも営業停止になったって噂だし」
「ハハハ。た、たまたまだろ。メイド喫茶なんて行ったこともないし」
「インタブに載せてたの知ってるよ」
俺の裏垢がバレているだとぅ!?
「それに……今。顔そらしたでしょ?」
未来は俺の目をじっと覗き込む。やめてくれ。やめてくれ。心を読むな。
「昔からわかりやすいんだよね。嘘つくとき、耳、ちょっと赤くなるし」
「っセクハラだぞ!」
思わず耳に手を当ててしまった。
──完全に図星じゃねぇか!
「ま、別に言いふらしたりしないけど。カズにゃん☆」
「!?」
「この前、探偵事務所に出入りしている和希を見たんだよね」
思いっきり机をバンと叩いた俺を見て、未来は大笑いしていた。あーもう……本当に油断ならない。
「ここんとこ、よくケガしてるし、時々消えるし。そういうの、見逃してあげてるんだから感謝してよね」
笑いながら言うその言葉の中に、どこか寂しげなトーンが混じっていたのは気のせいじゃなかった。
「金か?」
素直に言うと、未来はちょっと驚いた顔をした。
「だれも脅してないし」
でもすぐ、いつもの調子で笑う。
「でもまぁ。最近、昔みたいに何かに、打ち込んでるみたいだし……」
俺は黙って、うなずいた。彼女はそれ以上、詮索しないようだ。一瞬の間。手を叩いて、閃いた様子の未来は詰め寄ってくる。
「ご褒美に、今度の林間学校でお風呂当番代わってあげようか? 女湯の」
「女湯!?」
「もう慣れてきたでしょ、女装」
「前提がおかしいな!」
◆
その日の夕方、未来と交差点で別れた後、俺は誰もいない路地裏で、珈琲を一杯飲んでいた。
「たく……。バイト減らしてもらおうかな」
釣り銭を制服のポケットに入れた時、任務で使った小型通信機が反応する。うわぁーと端末をにらみつける。
『和希、聞こえる』
イヤホン越しに声が聞こえてきた。どこのアンテナ使ってんだ。この端末。
「──美羽義姉か?」
『うん。林間学校のキャンプ場、幽霊の噂、人の影ありってやつ。和希、偵察してきて。今日』
「課題があります」
なんで? と聞いたら最後。やる気ありと見なされる。
ならば、学業優先でシラを通すのが懸命だ。
「詩織義姉がカバンから抜き取ったって」
「おい、プライバシー」
「関係各所には許可とってるから、行ってきて」
なんて仕事が早いのだろうか。
「ドライバー手配してる。それに乗って」
「は? 誰だよ。そいつ」
すると、黒い車が前方に駐車し、わざとらしくカツンと音を立てて、一人の男が降りてきた。
「ひどいなぁ。桜川探偵事務所の専属ドライバーをそいつ呼ばわりなんて」
俺はガクッと項垂れた。無線でのやりとりを聞いていたようだ。
「忘れてるなんて言わせないよ?」
肩に腕を回してきた王子様風の男に俺は、背負い投げをかます。
「今日もアグレッシブだねぇー。かずくん」
「かずくん呼びするな気持ち悪い……斎藤拓人」
容姿端麗。カジュアルなシャツに黒のチノパン。シンプルな格好ほどイケメンというのは目立つのだ。
「ハァハァ……最高だよ」
だが、筋金入りのドMである。
「男二人で心霊スポットなんて、たぎるじゃないか? そう思わないかい?」
どこに需要あるんだよ。
街灯がちかちかと点滅を始める。揺れる光のリズムに、胸の奥の感情までもが揺さぶられるようだった。
そんなとき、不意に背中越しに声が落ちてくる。
「私も、行こうかな?」
「未来……!?」
帰ったはずの彼女は、どこか面白がるような表情でそこに立っていた。その笑みが、夕暮れよりもずっと鮮やかだった。