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「……おい」
「ちょっと脛毛また残ってるよ?」
スカートめくりをする千佳義姉に、下卑た目線を送る俺は、桜川探偵事務所の地下訓練室にいる。
メイド服のフリルを両手で摘みながら、和希は鏡に映る自分の姿を見て絶望に打ちひしがれていた。
「なんで、また俺なんだよ!!」
「はいはい、うるさい」
真琴義姉が容赦なく背中をバシンと叩く。
いつもの黒の戦闘スーツではなく、珍しくカジュアルなジャケット姿だ。
「これ、れっきとした潜入捜査だから。正式任務。メイド喫茶イベントに潜り込んで、例の議員の裏資金パーティーの情報を引き出すの。男がそのまま入ったら即アウトでしょ」
「他に女がこんなにいるだろ!」
「私たちは顔が割れてるし、千佳と詩織は他にやることあるからイベント参加不可。美羽は……」
「ワタシ接客向いてない」
顔を一切動かさずタブレットを操作する美羽義姉が即答した。
「亜紀ねぇは……?」
「人妻だし」
全員がそれぞれ自分の役割をこなしている。
なのに俺だけが、何の免疫もない「メイド服」でフロアに立たされるってどういうことだよ!
「無理だって! そもそも、萌え萌えキュン☆とか……俺はご主人様だぞ!」
「お似合いじゃない」
「……やらされるの間違いでしょ?」
美羽と詩織義姉がサラッと言い放った。
「ちょっと待って! 俺のイメージは!?」
「オタク」
全員が即答する。ちょっと待て。それはかりそめの姿であってだな。
「バイトリーダー昇格、時給1,200円。戦闘手当別途支給」
美羽義姉が冷静に条件提示してくる。おっと?
「ぐぅ……」
数字に弱い男、和希。
イベント当日、渋谷の一角にあるメイド喫茶。
普段はオタクたちの聖地だが、今夜は秘密の会員制パーティー仕様に内装が変えられていた。
VIP席には、政治家、芸能関係者、そして──裏社会の人間たちの姿。
和希(通称メイド名:カズにゃん)は、ぎこちなくも注文を取りながら、その様子を観察していた。
(俺……何してんだろ……)
「カズにゃん、萌え注入してー!」
客のひとり、見るからに怪しいスーツの男が手を振って呼んでくる。
「も、萌え注入……?」
背後からピシッと視線を感じる。
(真琴義姉!? モニター越しに見てやがる……!)
「……も、萌え萌えキュンっ……」
ギリギリの精神で可愛いポーズをとった瞬間、
客のひとりがポケットから“違法改造型の記録デバイス”を取り出したのを見逃さなかった。
(アレか──!)
和希は、ドジっ子演技でテーブルに水をぶちまけながら、さりげなくその男の胸ポケットにタオルをかける。
その瞬間、マイクロバグがデバイス内部に侵入。
すかさず詩織義姉がデータ解析を開始する。
『ターゲット確定。議員秘書・三田村の個人アドレスに直接送信してる。暗号化形式はRSA2048、でも解読可能』
数分後。
「警察だ! 全員その場で動くな!!」
店の扉が破られ、公安と合同の特殊部隊が突入してきた。
「うわっ!? こっちはまだ注文取って──ぎゃあっ!」
巻き込まれるメイド服の俺。
手錠かけられる前に、「協力者」の証明書を見せる羽目になった。
「こ、これは……! 桜川探偵事務所SP課の……!」
「えっと……カズにゃん……?」
「そっちの名前で呼ぶな!!」
そして、なんだかんだあって事件は無事解決。
裏金ルートの証拠は完璧に押さえられ、議員秘書含めた関係者は逮捕。
メイド喫茶はしばらく営業停止処分となった。
「……で、次は何の任務?」
帰りの車内、疲れた顔で和希が訊く。
「うーん。次はねぇ、温泉地で起きてる謎の怪談事件。浴衣での潜入捜査になるけど、女将役と若女将役が必要で──」
「やめろ。今、若女将って言いかけただろ……!」
「ご明察~」
絶望の未来が、またひとつ幕を開ける。
「てか……ここ。今度林間学校で行くところじゃねぇか!」
全員、聞こえているのに無視をされた。
これいつものパターンだよね。ワンパターンは飽きるって。