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泥まみれの破けたスカート姿。脛毛を剃っているので生足である。だが、男の生足などどこにも需要がない。
警棒を手に息を荒げながら叫ぶ和希。胸元はずり落ちかけ、ウィッグもズレかけ、もはや女装どころではない。だが、姉たちはどこ吹く風。
「まぁまぁ、予想よりは頑張ったじゃない。想定Cだったのに、B+には昇格ってことで」
「わたし、ちゃんと後ろからサポートしてたよー。ほら、あの赤外線センサー、私がオフにしといたんだから」
「和希、カツラずれてる。直してあげよっか?」
「そんなのいいから! 早く助けてくれ!」
和希が全力でツッコむも、真琴が慣れた調子で一撃をお見舞いする。そして、顔面ペイントで視界を潰された男を押さえ込んでいく。全員、防具完備。漆黒に赤のラインがアクセントになっている。動きやすそうな服装。特注だろう。
「こいつ、ナイフ本物だったな」
真琴がナイフを拾い、手袋越しに検分する。
「うん、刃渡り12センチ、鋼製。どう考えても脅し用じゃない。これ、殺しにきてたね」
「やっぱり警備の域、超えてるよ……?」
和希が呆れたようにぼそっと言うと、亜紀義姉がにやりと笑った。
「それじゃ、結果発表だね……」
落ちろ落ちろ落ちろ!
「合格だよ! カズ君。ようこそ、桜川探偵事務所SP課へ」
ドサっと崩れ落ちる俺。
「聞いてねぇよそんな部署!! 求人票と書いてること違うじゃねぇか!?」
俺は食いぎみに否定する。
「特定非公開任務含むってちゃんと書いてありますよ?」
淡々と話す、三女の詩織義姉。
「超小さい字ィ! てか詩織ねぇ、学校は?」
「副業です、あんなもの」
「全国の実習生に謝れよ!」
そのやり取りをしている間にも、五女の美羽義姉は、タブレットをいじりながら、淡々と報告を始める。
「被疑者:小林祐二、35歳。暴行、脅迫、ストーキング複数歴あり。例の議員秘書と裏で繋がってるみたい。端末から非合法な通信ログも検出。完全にマーク案件」
「マーク案件っ!? 俺、バイトなんだけど!? 時給980円なんだけど!?」
「うっさい」
真琴に頭を叩かれ、涙目で睨む。ちょー痛い。
姉たち全員が一斉にこちらを向く。そして。
「昇給してあげるから」
優しく頭を撫でてくれる長女の亜紀義姉。
「日給8000でいいでしょ」
「安すぎぃ」
犯人に手錠をかける次女の真琴義姉。
「でも戦闘手当もつくから結構稼げるよー……っあ、警察ですかー? 警視庁一課の桜川に例の犯……え? 怒ってる?」
恐らく義父に電話してるだろう四女の千佳義姉。
「マジで勘弁してくれよ……」
和希は頭を抱えながら、その場に座り込んだ。アスファルトの冷たさが背中を伝う。
ふと、見上げると星がひとつ、雲の切れ間から顔をのぞかせていた。
疲労、怒り、恐怖。いろんな感情が入り混じる中で──確かに自分は生きていた。
そして、命を張って何かを守ろうとしたことは、事実だった。
「……和希」
提携先である警備会社〈ラプラス・セキュリティ〉の実質的な裏ボス。実兄、桜川昌之。
「兄貴……」
「お前なら、本当にやれるよ。今日の動き、戦える人間の目してた」
「ほめてもなにも出ねぇよ」
和希はぼそっと返すが、その頬がわずかに熱くなるのを感じた。
「──もう二度とスカートは履かねぇからな!!」
強調するように叫ぶと、凛が冷静に追い打ちをかけてくる。
「安心しろ、次の任務、メイド服指定だ」
「話聞いてないよね!?」
夜の路地裏に、和希の絶叫が響いた。
俺の心のオアシスが人質に取られてなければこんなことに参加してない。だが、ストーカー野郎との戦いで分かったことがある。
俺は案外、戦えるということに。幼少期から兄貴と一緒に長谷川道場に通っていたことがここで活きるとは……。
毎日毎日道場で。ストレス発散にアニメでヒーローもの見てさらに影響された中二時代。うずくぜぇ。古傷が。
すると、サイレンが鳴り響く。
「警察きたし……昌之さんにあとは任せて」
亜紀義姉さんはみんなに優しく微笑む。
──こうして。、
和希の最初の任務は、無事に(?)終了したのだった。
ここまでの経緯ははしょるぜ。
お宝にライターの火をちらつかしてきたんだぜ?
この糞姉貴たち。
ほんと、思い出すと涙が止まらない。
美人はオタクに優しいのは幻想でしかない。
「帰るよ!」
項垂れる俺を背に彼女たちは明るい街灯へと溶け込んでいった。眩しすぎる。