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みんなで食卓を囲もう

 母さんとカレンにも手伝ってもらって、パーティーの準備をする。


 火を通して仕上げたり、冷蔵庫から出したり、そして配膳したり。一時間も経たないうちに、切り株のテーブルには料理がずらりと並べられた。


 焼き系や煮込み系など、出来立ての方が美味しいやつはアウトドアコンロも活用し、その場ですぐ熱々が提供できるようにしていく。


 まずは肉料理。

 メインとなるのは、ギーギー鳥を丸のまま使ったローストチキン。ハーブと丸芋をお腹に詰めて、アウトドアコンロで蒸し焼きにした。

 加えて大角羊(おおつのひつじ)の肩肉を昆布締めしてからレアステーキにしたもの。羊肉に昆布の旨味を加えた自信作だ。


 それから魚介。

 海老と貝の酒蒸しと、カレイのムニエル、それに小アジの南蛮漬け。

 酒蒸しにはバターを、ムニエルにはタルタルソースをふんだんに使った。

 南蛮漬けは僕が個人的にいちばん食べたくて作ったやつだ。日本の味って感じするよね……名前は『南蛮』だけど。

 

 野菜はそれぞれの料理にも付け合わせとして添えているが、それとは別にサラダも。生で食べられるものを盛り合わせて木の実と酸味の効いたベリーを散らし、ドレッシングで味を整えた。


 あとは箸休めとして澄まし汁に、昆布の佃煮。

 澄まし汁は具材にキノコと、それから魚の肝を浮かべてある。ウナギを使った訳じゃないけど、俗に言う肝吸いだ。

 昆布の佃煮には、羊のステーキを昆布締めした際に使ったやつを再利用した。ただし千切りにしてひと目では海藻だとわからなくしてある。母さんもカレンもまだ食べるのに抵抗あるみたいなんだよね。

 くくく……知らずに口に入れるがいい……!


 飲み物は我が家で常備している麦茶(『食糧庫(ストック)』にパックがあるのだ)に加え、縞山羊(しまやぎ)のミルク、ミルクにフルーツ果汁を合わせたもの、それから大人用に、シデラで仕入れた葡萄酒(ワイン)


 ワインはセーラリンデさんを送迎がてら、母さんに買ってきてもらったのだ。一本くらいなら荷物にならないよねと思っていたら三本も持って帰ってきた。母さん?


 そして最後にデザート。

 トマトとベリーのレアチーズケーキ。

 以前、シデラでトモエさんと作ったものと同じやつである。


 ほんのり青く染まった土台に赤く透明なトマトジュレが乗せられたそれは、奇しくも母さんの色と同じで——それを思い出し、せっかくだから今回のデザートとして採用したのだ。


 以上のメニューが所狭しとテーブルに並べられる様子に、セーラリンデさん——おばあさまは目を白黒させていた。


 準備が整い、驚いているおばあさまを囲みながら、みんなで一斉に、


「それじゃあ、召し上がれ」

「いただきます!」


 パーティーが、始まった。



※※※



「この羊のステーキ、すごく美味しい! 肉とは別の味が染みてる気がする」

「ああ、どれもワインに合うわ。特に海老と貝の蒸しものがたまんない」

「ん、私もあとで少しだけ飲みたい……」


「ミント、ジュースいける?」

「うー! これ、おいし! あまいの、すき!」

「ショコラもポチも、いっぱい食べなよ」

「わう! はぐっはぐっ」

「きゅるるる! もしゃぁ……」


 ミントには具を抜いた澄まし汁やフルーツジュース。

 ショコラには縞山羊のミルクにドッグフードを合わせたものや、茹でたお肉。

 ポチにはドレッシングの代わりに塩を振ったサラダをてんこ盛り。

 それぞれに合わせたご馳走も、ちゃんと用意してある。


「おばあさま、どうですか? ギーギー鳥が好きだって聞いていたので、丸焼きをメインにしたんですが……口に合わないやつとかあったら無理はしないでくださいね」


 テーブルの前、いろんな料理を少しずつ取り分けられたお皿を持って、感じ入ったように口へ運んでいるセーラリンデさん。

 この調子だと、美味しくない、ということはなさそうだけど——。


「スイ、ヴィオレから聞いていたのですか? 私の好物のことを」

「はい、でも、調理法とか味付けのお好みまではわからなかったので、不安で」

「……そう、では、偶然なのね」


 おばあさまはローストチキンの中に入っていた丸芋を見詰めながら、目を細めた。

 そうして、ぽつりと。


「息子がね、好きだったのです——ギーギー鳥の丸焼き。でも、お肉ばっかりを食べたがってね……私と夫はいつも、中のお芋を押し付けられて」


「っ……ごめんなさい、知らなくて! つらい思いをさせてしまいましたか」

「いいえ、いいえ。そんなことがあるものですか」


 僕を見るおばあさまの顔は、優しく和らいでいた。

 ああ、知ってる。これは——母さんがたまにするのと同じ顔だ。

 僕やカレンがはしゃいでいるのを眺める時に、見せる表情だ。


 おばあさまは皿を置き、僕の頬に手を添えながら言う。


「私の息子は、病でこの世を去りました。病名は『神の寵愛(ちょうあい)』……スイ、あなたが幼い頃に患った、あの病気ですよ」

「え……」


 神の寵愛。

 魔力の成長に魔導器官の発達が追いつかず、高い魔力が身体を蝕んでしまう不治の病。発症するとほぼ確実に死に至る、しかしとても珍しい病。


 幼少期に僕がかかって、家族を分断させてしまった、忌まわしい病——。


「もう三十年以上も前になります。今もですが、もちろん当時も、どうしようもなかった。私は弱っていく息子の手を、ただ隣で握ることしかできなかった。そこから時を経て、あなたの母からあなたの病のことを聞いた時は、目の前が真っ暗になったわ」


 話を聞くと、疎遠になっていた母さんとおばあさまが再び交流を持つようになったのは、僕が『神の寵愛』にかかったのが切っ掛けだったらしい。なんとかして治療法を見付けようとした母さんが、手がかりを求めておばあさまの元を訪ねてきたそうだ。


「知りませんでした。そんな経緯があったなんて……」

「あなたとカズテルが異世界に行った時、悲しみの一方で安堵もありました。魔術も魔力も存在しない()()()であれば『神の寵愛』も治癒する可能性が高い」


 実際は魔力が存在しないのではなくその逆——あまりに濃度が高すぎて魔力を感知できなくなるのだが、理屈はともかく結果は同じだ。実際に僕は助かった。


「だからヴィオレたちは、十三年間も希望を捨てずに、境界融蝕(ゆうしょく)現象の研究に邁進(まいしん)できたのですよ」


 そして僕の生存を信じて、母さんたちは頑張ってくれたんだ。


「スイ、顔を見せてくださいな」


 おばあさまは僕の頬に添えた手をゆっくりと撫で、涙で目を滲ませる。


「私の息子とあなたを重ねる訳ではありません。そんなことをしたら息子にも、あなたにも失礼ですもんね。ただ……スイ。あなたが助かった。あの忌々しい病に打ち勝ってくれた。それは私にとって、どれほど救いになったか。可愛い姪っ子が私と同じ思いをせずに済んだことが、どれほど嬉しかったか」


 彼女がどんな想いでいるのかは、僕なんかには到底、推し量れない。

 僕はまだガキで、重ねた人生はまだ浅く、結婚もしていなければ子供もいない。だから想像するのも難しいし、『わかる』だなんて簡単に言えるはずもない。


 ただ、少なくとも。


「ありがとうございます、おばあさま。十三年前、僕のために手を尽くしてくれて。母さんと和解してくれて。そうして今、僕らと食卓を囲んでくれて」


 頬に添えられた手を握り返すことで、僕の気持ちが伝わるのなら。


「僕も嬉しいんです、親戚がいたってことが。母さんが、ひとりじゃなかったってことが。あなたのような人が、僕ら家族を陰から支えてくれていたことが」


 セーラリンデさん——おばあさまは。

 僕の言葉に穏やかに微笑み、頷いて言う。


「こちらこそありがとう。お料理、とても美味しいわ」




 まだまだ、始まったばかりだ。

 家族の宴は続いていく。

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