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平和は追悼とともに

 (おか)へ戻ってきた僕とショコラは歓声とともに迎えられた。

 というか、いろいろ大変だった。


 母さんとカレンは舟を降りる寸前で僕に飛びついてくるし、ドラゴンの夫婦は頭を下げてくるし、子ドラゴンたちはすごいすごいとはしゃぎ回っているし、ラミアたちに至ってはなんかもう神と対面してるみたいに平伏してくるし。正直、感謝されるのは嬉しいけど(あが)められるのはさすがにちょっと……。


 ジ・リズが上手いこと場をまとめてくれてから、へびかめシャークの引き揚げ作業が始まった。死体をあのままにしておくとまた新しい魔物、下手をすると次の変異種が来るかもしれないからだ。


 変異種というのは一般的に、縄張り——自分の生まれた魔力坩堝(場所)を大きく越えて移動しない。だが今回の場合、どうもへびかめシャークが変異種となった魔力坩堝が消えてしまったらしく、あちこちを彷徨った結果、この内湾、しかも里に近い陸側深くまで入り込んできたようだ。


「こんなことはそうそう起きるものではない」


 とはジ・リズの談。なので一応は安心してよさそうだ。——まあ、僕らが生きている間は、もし次があったとしても対処してみせる。


 引き揚げられたへびかめシャークは解体された。シデラの街へ持っていけばまた高値で買い取ってもらえるんじゃないかと思ったが、そもそも全長が——首と尻尾がバカみたいに長いというのを加味しても——ジ・リズの五倍ほどもあるものだから、運搬(うんぱん)手段がない。


 結果、使えそうな部分を使う分だけもらってあとは海に(かえ)そう、ということになった。


 肉はアンモニアくさくて食べられそうになかった。というより、変異種の肉を食うという行為そのものに対し全員が「なんかやばい気がする」という意見で一致した。坩堝水晶(クリスタル)はシデラへ持っていくかということで僕らが回収。もちろん人間社会のお金を得たとしてもここの暮らしには役立たないから、なんらかの物資で代替(だいたい)する予定だ。


 ラミアさんたちは皮と牙を()ぎ取っていた。武器、防具、それに生活用品と用途は多岐にわたるそうだ。特に皮は、鮫肌(さめはだ)の鋭さを活かすにせよなめして革にするにせよ、堅牢で耐久性もありとにかく優秀とのこと。僕も少しだけもらうことにした。


 そんなこんなで、ばかでかい獲物の解体は昼どころか夜を徹して行われ、明けて次の日の朝。

 浅い眠りから目覚めた僕らは、里の北端——海岸を(のぞ)断崖(だんがい)へと呼び出された。



※※※



「変異種を、()()?」

(おう)。我が(ひな)たち……ラミアの風習だ」


 ジ・リズは僕らに、そう説明した。


「本来、季節ごとにやるもんなんだけどな。獲物たちの魂を海に還すための儀式だ。安らかに眠れるように、再び海で生まれ変わり、また次の恵みとなるように。……鮫のような強い敵を討ち果たした時には、臨時で行われる」

「あの、そういえば。ずっと尋きそびれていたんだけど……変異種が出たことで、里の被害は」

「そこは心配するな、幸いなことにこっちに死者は出ちゃおらん。だからこれは純粋に、あの鮫に対して行う儀式だ」


 ラミアさんたちの犠牲者がいなかったことに安堵する。

 だけど——いや、だからこそ。

 これから行われることに、僕らは(おごそ)かな気持ちで立ち会わないといけない。


鎮魂(ちんこん)、か……」


 へびかめシャークのことを思い出す。

 ぞっとするような外観、とにかくでかくて長い身体、そしてこちらを見てくる無機質な瞳と、強烈かつ大規模な氷の魔術。まるで、自然の摂理からはみ出てしまったかのような。


 強かったし、なによりもおぞましかった。

 ギリくまの時にも感じた『こんな化け物がいていいのかよ』という思いがあった。


 だけどそれは、そうした感情はやっぱり、僕の傲慢(ごうまん)ってもんなんだろう。


 断崖の上、海を見渡せる場所にラミアたちが集まっていた。

 ジ・リズをはじめ、僕らはその背後で静かに控える。


 いつもはミネ・アさんにくっついているミネ・オルクちゃんが、母親から離れてしっかりと隣に座っている。

 (せわ)しなくはしゃぎ回るのが仕事だと言わんばかりのジ・ネスくんも同じだ。


 ふたりとも僕の頭に乗っかるほど小さな身体なのに、その凛とした姿勢と美しいシルエットは、いっぱしの——ラミアたちの畏敬(いけい)を集めるに相応(ふさわ)しい、竜族(ドラゴン)のものだった。


 儀式が始まる。


 まずは、歌。

 後方に並んだラミアたちが、人の声では(かな)わないような音色をした、複雑なメロディを高らかに唱いあげる。日本の浪曲とか、モンゴルのホーミーに近いのかもしれない。

 詩はなく、叫びと祈りが混ざったような(さえず)り。独特な節回し、拍の取れないリズム、けれど儚さと物悲しさがじわりと胸に沁みてくるような、そんな。


 続いて前列のラミアたちが、並んで弓を引き、空へ向かって火矢を放つ。

 それは大きな放物線を描きながら、朝の冷たい空気を赤い軌跡で掻き分けながら、海へ向かってゆっくりと落下していく。

 まるで、還れと(こいねが)うように。


 断崖の前には慰霊塔みたいなものが建っていた。

 卒塔婆(そとば)にも似た細長い木板に、鮫の牙を飾ったものだ。生々しさの中にどこか荘厳(そうごん)さがあり、それをラミアたちが取り囲む。


 (ひざまず)き、黙祷し——最後に、慰霊塔に火が点けられる。


 変異種の死体は昨夜のうちに細切れになって、ジ・リズたちの手により空から海のあちこちにばら撒かれていた。たぶん、その肉片たちは海に棲む魚、あるいは魔物が生きる糧にするのだろう。そして牙や皮などの一部はラミアたちが道具として利用し、わずかに遺った残骸も、今こうして海を臨む断崖で、炎によって送られていく。


「……あいつは」


 ラミアたちの歌がいっそう大きくなるのを聴きながら、僕の喉から言葉が()れた。


「別に悪いことをした訳じゃない。ただ生まれて、生きただけなんだよな」

「……そうね」


 隣で母さんが、これも小さな声で返す。


「変異種も、もともとは普通の獣なのよ。それが魔力坩堝(るつぼ)の中で長く過ごしたことによって変わってしまう。坩堝水晶(クリスタル)を身体から生やして、生来の属性から変質した魔力を持ち……身体が混合獣(キメラ)化するにせよしないにせよ、やがて正気を失い、生物としての枠組みを逸脱して、見境なく相手を襲う化け物になる」


「あいつにも、家族とかいたのかな」


 この前、僕らが倒した二角獣(バイコーン)みたいに。


「どうかしら。いたのかもしれないし、いなかったのかもしれない。いたとして、上手く逃げられたのか、それとも自分で食い殺してしまっているかもしれないわね」

「そっか」


 ()()()()は変異種にならない——のだそうだ。


 この『強い』とは意志の強さを指す。

 たとえば文化と文明を持つ、人間や竜族(ドラゴン)、ラミアみたいな種族。

 たとえば強い社会性を備え、群れの中で己の存在意義をきちんと自覚できる、妖精犬(ショコラ)甲亜竜(ポチ)みたいな動物。


 それは魔力坩堝の中にいても自分を保っていられるのと、万が一に危なくなっても他者から助けてもらえるから。


 だけど文化や文明がなくとも、社会性がなくても。

 群れが烏合の衆で誰にも助けてもらえなかったとしても、孤高に生きた結果として変異に気付けなかったとしても。


 熊だって鮫だって、どんな動物も——無からは生まれてこない。


 僕が相対してきたあの化け物たちは、化け物になる前も、化け物になった後も、紛れもなく生きていたんだ。


 その生命を奪ったことに、罪悪感がある訳じゃない。間違ったことをしたとも思わないし後悔もしていない。だって、僕らは相容れなかった。お互いに生命を脅かし合う存在だった。だから、殺したり殺されたり、喰ったり喰われたりするんだ。


 僕はそういう世界に生きている。

 意識してはいなかったけどきっと、地球にいた時も。


 ただ。

 そう——ただ。


 戦いに勝てたことの安堵とか。

 強敵を打ち倒した高揚とか。

 ラミアたちの生活を守れたことへの喜びとか。

 もらった鮫の素材をどう使おうかという楽しみとか。

 そういった想いたちにもうひとつ、別のものを重ねてもいい。



※※※



「おおおおぉぉ——————ン……」


 ラミアたちの歌に合わせるように、ショコラが遠吠えを始める。

 そっか、お前も同じ気持ちなんだな。


 僕は目を閉じて、胸の中にある言葉にできない想いを、歌と遠吠えにひっそりと溶かす。

 生命は巡る。生きることも死ぬことも、そして生まれることも殺すことも、すべてをただ受け入れながら、ありのままに巡る。




 慰霊塔が燃え尽きて崩れ、その灰が風に乗って海へ散っていった。

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