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これが僕の歩む道

 喫茶店を()したのち、鍛冶屋に軽く立ち寄ってノビィウームさんへ挨拶をした。

 まだ包丁はできあがっていない。鉄の選定がようやく終わりそう、といったところで、そこから僕の魔力を馴染ませて、一本ずつじっくり打っていくとのことだ。


 そうしてシデラでの本日の用事は終わり——僕らは街の外れ、今やすっかりジ・リズの待機場所となってしまった原っぱへと向かう。


「お待たせ。いつもありがとう」

(おう)、まあ気にするな。悠久の時を生きる(わし)みたいなのにとっちゃ、久方ぶりの(せわ)しなさが楽しくさえある」


 原っぱに寝そべっていたジ・リズはぬうっと首をもたげた。それにしてもやっぱり綺麗な造形をしているな。(おごそ)かというか、威風堂々というか。


「じゃあ、帰るか」

「うん、よろしくお願いします」


 カレンとショコラとともに背中に飛び乗ると、ジ・リズは翼をはためかせ空へふわりと舞い上がる。原っぱの向こうで遊ぶ子供達が、飛び立つ僕らをわくわく顔で見ていた。手を振ってくるのに応えながら、街は遠くなっていく。


「そういえば、今日はあの子らに話しかけられたぞ」

「怖がられなくなったの?」

「まあ儂は図体がでかいだけで、なにかするでもないからなあ。どこに住んでいるのかとか、普段なにを食べてるのかとか、他愛ない話をした」


「……父さんと出会った時みたいに、変な質問されても怒らないようにね」

「怒らんわ! というより、この世界で竜族(われら)蜥蜴(とかげ)扱いしてくる奴らなど子でもおらんぞ。カズテル殿が無知すぎただけだ」

「まあ、地球で生まれ育ったらそうなるよ……」


 僕もワイバーンをドラゴンだと思ってたし——という話は、なにか危ない気がしたのでやめておく。


「それにしてもショコラは、ミルク山ほど飲めてよかったな」

「わう……」

「あっ、お腹いっぱいすぎて返事もしたくないやつだ」


 ショコラはジ・リズの背で丸まって目を半分閉じている。耳もだらんとしてるし、これはもうすぐ寝ちゃうな。


「冷蔵庫のミルクも少なくなってきたし、今度来た時に買い足さなきゃ。ごめん、ジ・リズ。また缶を持っていくことになる」


 ミルクは昔の地球みたいに、でかい鉄製の缶に入れて運搬されている。満タンにするとちょっとした重さなので、いくぶん申し訳ない。


 するとジ・リズが意外なことを言った。


「それは構わんのだが、乳なら儂の里でも手に入るぞ?」

「え、まじで」

「言っておらんかったか。そういや、ぬしが最初にあの缶を持ち帰った時、中身がなんだったのかそもそも儂が聞いちゃおらんかったわ。里では牧畜をしている。牛と山羊の乳と肉、それから卵なんかも分けてやれるぞ」

「まじで!?」

「おお、ぐいっと来たな……」


 卵やミルクなどは今のところ、シデラに行くたびにある程度を買い込んでは持ち帰っている。


 恒常的に必要になるものなので、鶏や山羊などの家畜ごと仕入れようかと一度は考えた。だけど家畜であれば、乳や卵をもらうだけでは済まない。いずれ肉にすることもある。


 それを割り切れるのか、きっちり線引きができるのか——僕にはきっと、できないだろう。いずれ『家畜』と『家族』の区別を付けられなくなってしまう。


「というか、ジ・リズのところへ遊びに行くって言ってたのに、伸ばし伸ばしになっちゃってたよね。近いうちにそれも兼ねて一度、是非。ご家族に挨拶もしたいし」

「おお、是非に来てくれ。皆もぬしらと会いたがっておるからな」


「ポチを連れてだと、どれくらいかかりそうかな?」

「そうさな、人の街よりよほど近いぞ。(ふもと)までは三日といったところか」

「往復で一週間くらいならちょいちょいご近所付き合いもできそうだ」


 ポチと一緒に蜥車(せきしゃ)をもらってきたはいいけど、シデラの街までは片道でも十日はかかる。おまけに僕らが森を突っ切ることで獣たちの縄張りが乱れ、回り回ってシデラの冒険者たちにも迷惑をかけてしまうのだ。なのでよほどの大荷物を運ぶ時以外は、こうしてジ・リズに送迎を頼むことになってしまっていた。


 かといってワゴンをあのまま遊ばせておく訳にはいかない——というよりポチ自身がどうも、車を引くのが好きらしい。時折、ねだるようにワゴンへ身体を擦り付けることがあり、その度にごめんなとなだめていた。


「家の周りで()れた獣の肉をわんさか積んでいくよ」

「それは嬉しいぞ。代わりに乳でも卵でも麦でも果実でも、幾らでも持っていくがいい」

「作物もあるの? というか麦作してるの……」


 竜族(ドラゴン)でしょ。どうやって。

 というか畜産すらよく考えたらすごい。


「あ、うちの畑でもそろそろ野菜が採れそうなんだよね。少ないけどそっちもお裾分けできるかも」

「ほお、異世界の食物か。少し興味があるな」

「言ってもそんな極端に変わった奴がある訳じゃないよ。……まあ、僕はこっちの野菜や果物って既に収穫されたやつしか見てないから、ひょっとしたら全然違うのかもしれないけど」


 オレンジが地下に()ってたり芋が樹から生えてたり、そういうのがあるかもしれない。


「ね、スイ」


 ジ・リズとそんな話をしていると、カレンが袖をひいてきた。


「どうしたの?」

「少し、気になってた。スイは家だと、あっちの世界の食材を使って料理をするよね?」

「うん」

「みりんとか醤油とかはわかる。『食糧庫(ストック)』にあるやつだから、こっちの世界で増産できない。でも、いま言ってた……畑に植えてる野菜とかは違う」

「……そうだね」


 そしてカレンは、問う。


「たとえば今日のトマト。私、スイが畑でトマトを育ててるの知ってる。ニホンのトマト……生でも食べられる、甘いやつなんでしょ? それをこっちの世界で育てようとは思わないの? 種をシデラに持っていこうとは、思わない?」


 僕は即答した。


「思わない。僕はあの家のもの……あっちの世界の()()を、こっちの世界に広めたいとは思えないんだ」


 それは僕の中ですごく基準が曖昧だけど、


「品種改良された野菜は確かに美味しいし、こっちの世界で()やすことも可能だよ。冷蔵庫とか洗濯機とかの電子機器も、王都の技術者に見せたらきっと、この世界の文明はとんでもなく進むと思う。でもさ。それは、なんか違うな、って思うんだ」


 線引きは、はっきりとされている。


「ジ・リズにお裾分けするくらいならいいけど、種を渡すのは違う。顆粒(かりゅう)コンソメとか、旨味の存在とか、ケーキ作りの知識とか……そういうのは広めようとしてるのになんでそっちはダメなんだって言われると、上手くは説明できない。ただ……」


 ただ。

『なんか違うな』っていう違和感がどこから来ているのかは、わかる。


「僕の故郷は、地球じゃなくてこっちだ。この世界で生まれて、あっちの世界で育って、そうしてこっちに帰ってきた。そしてこれからもずっと、こっちで生きていく」


 だから、


「僕は……この世界の役に立ちたいんであって、この世界を壊したい訳じゃない。この世界とともに歩んでいきたいんであって、この世界を転がしていきたい訳じゃない。だから……」


 カレンに向き直り、笑いながら言った。


「カレンから見てちょっとおかしいなって思ったら、その時は止めてくれる? それはやりすぎだって感じたら、僕を叱ってくれるかな」



※※※



「ん、わかった。私もヴィオレさまも、スイのこと、ちゃんと見てるから。スイが胸を張っていられるように、地に足を付けて歩いていけるように、私たちが隣で見守ってるから、だいじょぶ」


 ごろん、と。

 カレンは言うなり仰向けになり、僕の膝に頭を乗せてきた。


「お腹いっぱいだから寝る。着いたら起こして」

「はいはい」


 隣で静かに寝ているショコラの背中へ手を回して引き寄せながら、僕の膝を枕に、ショコラの毛並みを湯たんぽに、カレンは寝息をたて始める。


 僕は竜の背中でふたりの安らかな寝息を聞きながら、空を眺めた。

 どこまでも続くこの青を、むかし、きっと父さんも見上げたことがあっただろう。


 選んだ方法も歩む道も違うものになるだろうけど——いまの僕とかつての父さん、きっと同じ想いを抱いてたよね。

 第二章『父さんの足跡、僕の第一歩』でした。


 異世界で父親が成したことを目の当たりにしたスイが、自分のやりたいこと、すべきことを見付けるまでをお送りしました。

 地に足を付け、過去を見据えて未来へ進んでいく——そういう話になっていればいいなと思います。


 次回からは第三章です。

『森の中からにぎやかに』と題して、前人未到の森へ目を向けてみます。そこにはシデラに負けず劣らずの様々な出会いが待っていて——。

 ファンタジー成分多めでお送りします。


 また書籍版も発売中です。そちらも手に取っていただけたらと思います。素敵なイラストに加えて書き下ろしパートもあるので、webで読んでいる方も是非。

 書籍の調子がよければこのお話も心置きなく続けることができるので、どうかよろしくお願いいたします!

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